お守り。
「ちょっと失礼。ディックの旦那。荷物は残してますか?」
セピアさんが固まってるダン様をスルーして、ディックの方に寄る。
「あ、ああ。」
「じゃあ、行きましょう。ロージイさん。事務所に入っていいですか?鍵、貸してくださいよ。」
「あ、はい。確か荷物はこちらに移したの。改修工事があるから。」
「どこです?」
セピアさんが私を促す。
三人で廊下に出る。
「ふうっ。これからあの古株さん達とダン様。揉めるんでしょうねえ。付き合いたくねえや。」
「…こっちに荷物があるわ。」
倉庫に案内する。
「大体のものは捨てて貰っても構わないのだが。」
「では分別して。」
「ねえ、ロージイさん。言いたいことは言っといた方が良いよ。」
セピアさんがポツリと言う。
この人はいつも思わせ振りだ。
……今さら何を言えと。アキ姫さまと出会ったディックに。
ディックは無言で荷物を分けていく。
「……この辺のものは、ヤッキー達が欲しがったらあげて下さい。後は…ああ、あった。」
ディックはふわりと笑った。
「これを探してたんです。ロージイ姐さん。
貴女が昔私にくれたものです。魔除けになると言って。……貴女の目の色と同じ石だ。」
その手には、トパーズのペンダントがあった。
……それは。去年私がディックじゃなくてジャックに助けて貰った時。
古戦場で何かにまとわりつかれて動けなくなった時。
抱き上げて長い距離を運んでくれた彼にお礼にあげたものだ。
少しずつ、呪われた場所から離れたら楽になったから。
「俺には霊障は良くわかりませんが。物理的に離れたら良くなるもんですね。」
そして重くないですよ、気にしないでと笑った。
ああ、太陽のような人だと思った。
だからペンダントに祈りを込めた。全身全霊で。
【ジャックが怪我をしませんように。
古傷が痛んだりしませんように。
夜悪い夢を見ませんように。
幸せになりますように。】
……………。
わかっていた。ジャックはシンゴ様とは違う。
つい重ねて、距離を取ったり突っぱねたりしたけれど。
私を完璧に拒絶したあの人とは違うんだ。
ほら、私を抱くジャックの手はこんなに暖かい。
だから祈った。私にチカラがあるのなら。
ジャックにしあわせを、と。
「ああ、少しラクになった。」
首にネックレスをつけて肩をまわしている。
今はディックだ。ジャックではない。
「これを付けると、以前から体調が良くなったんですよ。貴女、本物だ。」
「え。」
その時、彼にまとわりつく黒いもやが人の形を取ったように見えた。
首を絞めようとして、トパーズのペンダントに弾かれている。
「何なの!この黒いもや?貴方に襲い掛かろうとしてるわよ!」
「……あ、見えるんですか。」
ディックはニヤリと笑った。
「それはきっと毒姫ですよ。」
「何ですって?」
「毒姫は私の父を殺した。下手人はミイル王子ですけどね。その原因を作った。そして私を殺そうとした。
恨みを晴らしただけですよ。」
「……貴方、毒姫を手にかけたの?」
「そうです。紅の魔女様。」
ディックの顔から表情が抜け落ちた。
「あの女は私を恨んで。付き纏ってるんでしょうね。」
彼にまとわりつく黒いもやは一層、黒くなった。
……人殺し…私の足が震えてきた。
「……やめておきなよ、悪人ぶるのはさ。」
セピアさんがため息をつく。
「毒姫はね、自分で胸を突いたんだ。ディックの旦那の剣を奪ってね。」
そして倉庫の中の箱に腰を下ろした。
「あんまり楽しい話じゃねえんですよ。」
「ああ。あの女はな、最初私が誰かわからなかった。
アレだけ執着していたのに。」
ディックも古いトランクに腰を下ろす。
「えーと、まずね。アアシュラ様がいなくなって、あの王と馬鹿息子が毒姫を取り合った。
毒姫は自分が王族じゃないと信じられなくてね。
それにキモいでしょ。親とも兄とも思っていた男共が。妾になれとせまってくるなんて。」
「妾……。」
「お互い秘密の愛人として囲うつもりだった。王はあれでアアシュラ様と別れるつもりはなかった。
馬鹿息子もいずれ返り咲いた時のために、血筋の良い正妻を娶るつもりだった。」
「馬鹿にしてる。女を何だと。」
私の手が怒りで震える。
「そうですね。それに毒姫は、自分が王女じゃ無いと信じなかった。
それで王が証人を連れてきた。」
セピアさんの話は続く。
「証人?誰なんですか?」
「あの女の父親です。側妃の元婚約者でアーリンと言うんですがね。
王はね、昔、側妃に自分の物にならないのなら、コイツを殺す、と言ったらしい。」
「生かされていたの?」
「ええ。ディックさんの父上、ルーデンベンク氏が助けていた。」
え。そうなんだ。
「私は領地の奥に隠れる様に住んでるものがいるのは知ってました。でもまさか。」
ディックもため息をつく。
「まあ、側妃にも、そいつにも同情はします。」
「では、その男は。毒姫にそっくりなのね?」
「察しがいいですね。ロージイさん。恐ろしいくらいそっくりでした。
金を溶かした様な髪も。森の湖のような煌めく青緑色の目も。白い肌も。」
ディックは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「王に目をつけられたと知った二人。十七歳の少年と少女でした。駆け落ちしたのはいいけれどすぐに連れ戻されましたね。二ヶ月だけいっしょに暮らしたそうです。」
セピア君は淡々と語る。
「それで毒姫は彼を父だと信じたの。」
「半信半疑でしたよ。だけどね、もう1人いたから。」
「もう1人って?」
「毒姫の異母弟です。アーリンは側妃ジル様から引き離されて、森の中に隠れ住みました。そして近くの村の娘と三年後に結婚した。何しろアーリンは美しい。
恋焦がれた女性は多かったらしい。
そして息子が生まれたのですよ。」
セピアさんの言葉に、
「毒姫そっくりの美しい少年でした。本人の男装といっても通るくらいに。」
ディックは薄く笑った。




