毒姫。
「ロージイ。お客様だ。お供の三人を連れて占いの仕事を頼むよ。」
「どちらですか?」
「中央にあるグレイデンホテルだ。」
「ホテルに出張は気が進まないのですが。」
「大丈夫、女性客だよ。」
二月のある日、ダン様から出張占いを頼まれた。
基本的にはこのマナカ国の端にある、占いの館でお願いをしている。
私の美貌によからぬ事を考える男性客がいるからだ。
ホテルのスイートなんかに行くのはごめんなのだ。
「ですが、厄介な連れの男性たちがいるかもしれませんね。」
ジャックが顔をしかめる。女客を囮にしてと、いう事か。
「そこそこ身分が高いお方なんだ。こちらに呼び付ける訳は行かないんだよ。失礼があっては行けないので私も同行する。
それに今回は特別に、もう1人用心棒を付けるよ。」
「……そうですか。」
「宜しく、真紅の占い師様。」
セピア色の髪をした若い男性がすっと影から出てきた。
「王家の影みたいね?貴方。」
「ロージイ様。確かにそう言う家に生まれましたよ。でもね、嫌気がさして飛び出して用心棒として食って行ってます。御贔屓に。」
ニッと笑ってその青年は消えた。
「彼は、ジンジャー。腕が立つんだ。」
「そうなのですか。」
仕方ない、腹を括った。
次の日。
仰々しいメイクと衣装。紅き美魔女の出立ちでホテルの門をくぐる。
女性客か。恋の悩みだろうか。
私は顧客の悩みを聞くことをモットーにしている。
そして最もらしくカード占いをして、彼女たちが望む答えを告げてやるのだ。
――大丈夫、貴女は素晴らしい人。少し誤解されやすいけど、ウチに秘めている才能は今にも溢れそう。
そのうち貴女を理解してくれる人が現れるかも知れません。そのサインを見逃さないで……
だいたいはこれで済む。彼女達は肯定して欲しいのだ。自分を。
才能だって、溢れてオモテに出てくるとは限らない。
だから、本当は何もなくても構わない。
理解してくれる人は現れるかも知れないが、現れないかも知れない。
(サインを見逃してしまったなら自己責任でお願いします。)
彼女達は求めている。つかの間の安らぎと希望を。
愚痴を聞いてくれる人を。
「わかりますわ。」と同意してくれる人を。
「占い師様、そのカードはタロットで?トランプでもありませんね。」
ジンジャーが私がカバンに入れたカードに付いて聞いてくる。
「ええ、私が開発したもの。それにこれは特注品の一点ものなの。私にしか真の意味は読み取れないわ。」
「違いねえ。うちの姐さんは頭がまわる。」
「どんなアドバイスも取ってつけられるって寸法さね。」
「それに、特別におわけしますわ?って言って廉価版を売ってるでしょ。」
ギシシ、とヤッキーたちが笑う。
ふん、良いじゃないの。カウンセリングに行くのよ、私は。
さて、戦場に行くか。
部屋に着いたとき、しまった。と思った。
この護衛は。この物々しさは。
依頼人は王家の女性か。
王妃のアアシュラ様ならまだ、良い。
気性の激しいところはあるが、ちゃんと話は通じる御方だと聞く。
百歩譲って、長女のマキ姫さまでも良い。
皮肉屋で冷たい笑みをいつも浮かべてらっしゃるが、理不尽な事はなさらないらしい。
もし彼女なら、胡散臭い占い師の化けの皮を剥がそうとやって来たってところか。
議論をふっかけて打ちまかそうとされるのか。
――問題は。
第三王女の毒姫だ。
ジョセフィンという名前の側妃の姫のことである。
王が甘やかして、元々の難ありの性格が、毒を煮詰めたようになったと聞く。
どんないちゃもんをつけらるかわからない。
次女のアキ姫さまは彼女にいびられてブルーウォーターに逃げ込んだらしい。
あの国は神獣が守っている。悪意を持つものは入れない。
もちろん、神獣様たちの怒りを買ったものも。
……下を向いて唇をかむ。私は入れない。
神龍様はメリイさんの守護神だ。
私は彼女の婚約者を寝取ったのだから。
中に通された。
ずっと頭を下げて平伏している。
「ダイシ商会のダンでございます。お呼びにより参上いたしました。
麗しきジョセフィン様。」
――毒姫か!毒姫に呼ばれてしまったか。
汗が額からしたたり落ちる。
「顔をあげよ。……ふん。この女が例の占い師なのか?
お付きの男ども、そろってむくつけき奴らよ。
おお、この男なぞ傷ものではないか。
そんなものしか仕えてくれぬとはのう。
美女だと言うても、ほほ。ざまあないのう。」
外側だけは絶世の美少女である、ジョセフィン姫。
口から早速毒を吐いてきた。
手を口にあててカラカラと笑う。
まわりは美丈夫で固められている。美男たちは姫の言葉に愛想笑いを浮かべる。
騎士か、護衛の為か。見かけで選んだな。
「そなた、グランディでは男達を手玉に取る毒婦であったそうじゃな。ふふ、それがこの様に占い師に身を落としてのう。貴族の娘がなあ。
男など、よりどりみどりだったろうに、このていたらくとはな。」
「ははっ。」
いたぶる為に呼んだのか。
とりあえず嵐が過ぎるのを待つ。
金を溶かしたような髪。まっすぐに長く艶やかで。
肌はどこまでも白く。
青みがかったグリーンの瞳は星を散りばめたように光る。
唇は赤くみずみずしい。
こんなに美しいのだが。
気まぐれに使用人を打ったり怪我をさせたり、毒の効き具合を試したりとやりたい放題らしい。
ダン様からここのものは何ひとつ口に入れるな、と言い含められている。
王族の前で粗相をするなと言う事か、と思っていたら命の危機に直結だったのか。
「ふん、まあ良いわ。今日は呼んだのはな、ある女を呪って欲しいのよ。」
毒姫は舌なめずりをして、嫌な顔で笑った。