<第七話> 真偽
<<登場人物>>
【倉井戻】:骨を全て殺すことを目的としている青年。しかし、本人はまだその意味や生じた訳を理解していない。主な能力は、回復。
【エンリ】:旧首都東京で戻と出会った少女。オオカミのような風貌だが、骸骨によるためかも? 主な能力は、牙、爪である。
【谷川香凛】:戻の同僚で三つ上のお姉さん的存在。実は育ちが良かったり。主な能力は、火である。
【晴山氷】:戻の同僚で六つ上。普段は忙しそうにしており、あまり付き合いがいいとは言えない。鋭い目つきをしてしまいがちだが、本人はそこまで睨んでいるつもりはない、主な能力は、氷、雪である。
【虫明鳴牙】:戻の同僚で五つ上。氷とは同じ大学の先輩後輩であり、そのころからの知り合い。気さくで馴れ馴れしい感じだが、服装はどちらかと言えば電波。主な能力は、雷、電気である。
【宍戸尽】:戻の同僚。戦闘には参加しないが、後方部隊として物資の補給や装備類の買い揃えをやっている。日村の右腕として、日々頑張っている。主な能力は特にないが、強いて言えば相手の話を聞くことが得意だ。
【雨宮弘和】:戻の同僚。実は昔に一度、今のこの団体に所属しそしてやめている。日村とは長い付き合いである。能力は、雨、水である。
【日村憲和】:戻の所属する団体のトップであり、三十年近く前に設立し、今尚現役で続けている。昔は随分と乱暴だったそうだが、今は大分落ち着いたらしい(本人談)。日本刀を用いた戦闘スタイルで、能力は、身体能力向上などである。
【草壁一矢】:戻の親友で、今はもう亡くなっている。昔に戻を救って以来、ずっと行動を共にしてきた。ゲームが好きでよく一人でやっていた(戻はあまり興味がなかった)。妹もいたが亡くしている。それきり少し暗くそして何かに焦っているようになったそうだ(戻による見解)。故郷は東京の西の方だったらしい。主な能力は???。
戻が急いでエンリの元へ駆け寄る。浦部は何が起こっているのか理解できていないようだった。
「……は? お前、何してんだ? おい! 起きろ! まだやってもらうことがあるってのに! 何やられてんだ!」
エンリは三上に近寄る浦部を爪で攻撃する。浦部は掠りながらも躱した。三上はピクリとも動かず、喰われた箇所から血がだらだらと流れていた。エンリはバキバキと噛みながら言った。
「骸骨のにおい。お前もか。見た目では人間なのにな。まぁいい。喰ってやるからそこに座ってろ」
「僕が骨だとでも言いたいのか? この犬野郎! そいつも骨じゃないぞ。人間だ。見ろ。その真っ赤な血を。この人殺しが」
戻が狂骨だと確信した三上からは変わらず血が噴き出ていた。そのことは確かにエンリにとっても奇妙な事であったが、それでも揺らがない自信から三上が狂骨だと信じて疑わなかった。戻もエンリを信じていた。
「うん? お前は人間なのか? はぁ、鈍ったかな? レイも骸骨のにおいがするからな。でも、そこの骸骨は人間じゃない。これは確信できる。見逃してやるからとっと消えろ」
「はぁ? 何を言ってんだ。頭でもイかれてんのか? 三上が人間じゃないって? それに戦友を殺されて、黙って逃げるとでも?」
浦部はエンリに銃口を向ける。エンリはやる気がそがれたようにそっぽを向く。後ろにいた戻が浦部へ銃を撃った。
「……もう終わりだ。もういいんじゃないのか? お前の妹もこんなことを望んではいないだろ?」
倒れる浦部へ戻は容赦なく、手足を撃つ。浦部は唸っていた。
「知った口を言うな。妹はこの世界への復讐を望んでいる。俺には分かる。俺の背後でいつも囁いているからな。だから、止めない……。だから、全部壊す。それがあいつの願いだ」
「……お前も妹に憑りつかれたかっただけなんじゃないのか? そうしていないと、怒りを忘れてしまうから。薄れてしまうから。逃げたって良かったんだよ。お前も、一矢も」
「……逃げるって何処にだ? 夢の世界へ行けと? 俺に一生棺桶の中で、いもしない妹と暮らせと? ……はは、ふざけるな! あんなのは人間じゃない! 現実から逃げたゴミだ! 合理的な訳あるか! 自殺を言い換えただけのあんなものが。自殺すらできないクズ。あんな奴らなんか……」
血の流れる腕を必死に動かして、浦部は三上へと近づく。血濡れた手でコートを引っ張り、揺らす。
「なぁ、お願いだ。息を吹き返してくれ。全てを捨てて、この世界を終わらせてくれ。頼む。頼む。頼む……。神様、どうか俺の願いを。今だけでいいから。今だけ聞いてください……」
涙を流して、千切れるほどコートを引っ張って願っている。戻はそんな様子を見て、エンリに言う。
「なぁ、こいつを喰ってくれないか? そうした方がこいつにとってもいいと思うんだ。方向性が間違っていただけで、そこさえ修正すれば……」
エンリは冷たく言い放つ。
「やだ。人間なんだろ? なら私と同じだ。間違っているかなんて関係ない。間違っていようが、正しかろうが、骨なら喰う。それが私だ。喰いたいならレイが喰え。……そうして負けたのがそいつだっただけだ」
戻は「そんな身勝手な……」と小さく言いつつも、浦部の頭へ銃口を突き付ける。
「そうだよなぁ! 共喰いはしたくないよなぁ!」
死んだと思っていた三上が突然喋り始めた。エンリが咄嗟に爪で攻撃するも、蹴りのカウンターを入れられ、首相官邸へと吹っ飛ばされた。
三上は浦部の手を引きはがし、立ち上がる。喰われた首の部分を手で摩っている。そこからは血など一切流れていなかった。ただ、浦部は奇跡が起こったものだと嬉々として涙を流していた。
「よかった。俺の願いが叶ったのか。骨となって暴れてくれ! こいつらを皆殺しにしろ!」
「ん? 指示ですかぁ? ……やだ。やられて振りして考えてただけだよ。もう飽きた。死んでくれ」
そういうと三上は浦部の頭を踏み潰した。
「やっぱ、つまんないよなぁ。復讐って。多少は上手く合理的に考えられるようだったけど、先が見えちゃうよねぇ。純粋じゃない。あ。喉仏は返してもらうね。人間さん」
三上は浦部の心臓付近から、自身が仕込んでおいた喉仏を取り出した。戻は状況をようやくつかめたのか銃を放つ。が、三上の体を貫通するばかりで打たれた当人は何ともない様子だった。戻は銃を構えたまま言った。
「仲間じゃなかったのか。『狂骨』」
「お、そういえば名前を知ってたね。どうも、『狂骨』だよぉ! 三上オチルなんて、ダサい名前でもよく信じるよねぇ。不思議」
狂骨は急に笑い出して、浦部の胴体を踏み潰していた。
「こんな不自由そうなやつが俺様の仲間な訳ねーだろ。あー、もう名前も忘れちった」
「なら、なんでそいつと組んでた?」
「悪意をばら撒くのが一番効率的だったから。合理的で不自由で恨みを持っている」
急に真面目なトーンで話す狂骨だったか、勝手に噴き出して、口調を戻した。
「奴隷とか、笑えるよねぇ。今の支配者とおんなじじゃん? だから、とっても操りやすい。そして甘美な言葉。自由とか平等とかって自分を肯定してくれるからねぇ。『憎むべきはお前の上に立っている人間だ』ってわかやすい敵を作って、操れるんだもん♡」
戻は心中で苛立ちを抑えられなかった。悪意の塊のような存在である狂骨に対して、快楽でしか満ちない人間たちを抽出し凝縮したかのようなドブを見ていた。
「あながち間違いではないだろ。理想を掲げること自体は悪いことじゃない」
「あれぇ、ムカついてるんだぁ。なぁぜなぁぜ? そのゴミと自分の親友を重ねたの? 運命が違っていたら俺様に操られていたかも。きゃっ♡ なんて。どうせ犬死する運命は変わらなさそー」
戻は銃弾を放つ。意識よりも深く、無意識よりも淵より怒りが湧きあげて収まらない。避けないのを見て、蹴りを入れる。が、狂骨に足を持たれてしまった。
「まぁ、そんなにぃ怒んないでよぉ。どうせお前たち人間にこの世界は必要ない。だって空っぽで形だけの俺様たちの方が生き生きして、自由なんだから! なにものにも縛られない」
狂骨はベロベロベーと舌を動かす。戻は怒りで回りが見えなくなっていた。掴まれている足を必死に動かしていた。
「死人が! そのまま眠ってればいいものを」
「死人はお前たちの方だ。俺様たちを利用する奴らなんて、同じ人間だと思えないほど生き生きしてるよぉ? 俺様たちの喰い物にされろ、人間共! 俺様に平伏せ! そして死に絶えろ!」
狂骨が戻の足を離す。その瞬間に戻は殴りかかる。
「いいねぇ。憎悪を煽られる感じはどうかなぁ? 君の本音は『骨』を殺すことなんだろぉ? ぜひともやってみよー! ほら、ほら、ほらぁ。今の君は最っ高に『骨』みたいだぁ。そのまま『骨』になっておくれよぉ、戻くん。一生可愛がってあげるよぉ?」
殴っても殴っても、消えない憎悪に支配される。狂骨はというと全く効いていない。操り糸があるかのように、拳から血が流れようとも、ただただひたすらに殴りつけることしか頭の中になかった。戻は今何も考えられなかった。
後ろからエンリの爪が戻の内臓を傷つけないように切り付けた。そして狂骨の胸を切り裂いた。
「レイ、か。悪い。骸骨が二体に増えたのかと思った。憎悪がどこから生まれるのかくらい理解しておけ。……いつまでもしがみついてる癖に、生きているなんて笑わせるな。とっくの昔に死んでんだろ」
「悪い、助かった」
ジンジンと痛む傷口を抑える戻。痛みからか冷静さと取り戻しつつあった。腹の底から煮え立つ怒りや憎悪も不思議と静かに燃えていた。
「おっと。オオカミちゃん。丈夫だねぇ。喉仏なしの攻撃に耐えられるか。ま、君には興味がないから死んでくれて構わないよ」
狂骨が力いっぱいにエンリの腹を蹴りつける。エンリは首相官邸にもう一度吹っ飛ばされ、そのまま官邸が崩壊してしまった。急所を避けるように防いではいたが、狂骨の膂力はけた違いに高く、瓦礫の上で伸びていた。戻は急いで駆け寄る。
エンリの前に立ち塞がるように狂骨は立った。そしてエンリの腹の上に腰を置く。
「おいおい、もう終いか? ホントに俺様をこの世から消したいのかぁ? ま、いいや。俺様は戻くんとお話がしたいんだぁ」
にんまりと笑みを浮かべる狂骨は「断れば、この子を今すぐ殺すよ」と戻を脅す。
「話か。生憎だが、僕は狂骨、お前のことが嫌いなんだが」
「いいよぉ、それでも。俺様は『がしゃどくろ』についてどこまで知ってるか聞きたいだけだから」
戻は眉を顰める。
「『がしゃどくろ』。妖怪の名だろ。そして七十年前のあの現象のことを言う。そう聞いた」
「うんうん。で、誰から?」
「一矢と日村さんから」
「あー、やっぱりね。それで何百メートルの巨大な骸骨が人間を襲い、町を火の海に変えたと。一般人には降りてこない情報だねぇ。でも、意外と一般人の方が真実に近いかもよ、そう言えばぁ?」
戻は顔を強張らせる。妙に落ち着いた狂骨の誘導のような、あるいは洗脳のような口調と質問に警戒感を強める。
「何が言いたい?」
「簡単な話さ。真実ってのはわからない。年月も過ぎれば。俺様たちは不滅だよぉ? 戻くんたちの思う『がしゃどくろ』ってのは、存在しない。そして骸骨も」
「譫言だな。信じるとでも? 目の前に骨がいるってのに。それじゃあ、何か。核兵器を落とされただけで、骨も生まれるのか?」
狂骨は不敵な笑みを浮かべる。
「それも違うなぁ。核兵器も落とされていない。歴史上、一度たりとも。落ちたのは、ナパーム弾とマスタードガス、それにBH溶液弾だよ。皮肉だよねぇ。昔と違って核兵器があるのに、人体の形状を残すためにもう一度同じことをして、もう一度同じように反応してくれるなんて。『唯一の被爆国!』ってね。何の意味があんのかね、それ。勲章かなぁ?」
「……何が言いたいんだ。狂骨。何がしたい」
「えっ? さっきも言ったじゃん。お話がしたいだけだよぉ? 絡まった糸を解すためのねぇ」
「その話と骨が何の関係がある?」
「うん、BH溶液弾ね。これは今考えた嘘。そんなものはすでに打ってある。骨は別の装置によって生まれるんだぁ。そして、俺様はそれも壊したい。人間から解放されたい!」
狂骨は浦部のように必死に主張し始めた。戻は訝しげに聞いていた。
「戻くんにも、これを手伝ってほしいんだ。だって、僕たちが自由になれないのは、人間のせいなんだ。僕たちが自由になれば、人間を襲う必要性もない。平和が訪れるんだ!」
狂骨は立ちあがり、戻の手を握り、目を真っ直ぐに見つめる。戻は手を振り解く。
「嘘をつくな。さっき、お前は『俺たちの方が自由だ』みたいなことを言っていた。『何ものにも縛られない』と。『がしゃどくろ』は僕たちとして止めるべき事態であり、そのために骨の駆除をやってるんだ。骨が人を殺す度に可能性が上がる。それが事実だ。お前の妄言を聞くつもりはない!」
「ありゃりゃ。記憶力がいいのねぇ、戻くんは。……でも、どちらであって踊ってることに変わりないか。ふふ、ふふふ……。踊れ! 踊れ! 何も真実なんてないんだから。あっちに行ってこっちに行って、振り回されろ! そーれ」
狂骨は気絶しているエンリを警察庁のビルへ投げ飛ばした。壁に激突し、地面へと落下していた。
「戻くんも、そら!」
戻の腕を掴み軽々と投げる。ビルの壁にぶつかりそうになる前に抱えられる。まるで子供を遊びつける父親のようであった。
「いいコントロールでしょ? さて、オオカミちゃんは元気っかなぁ?」
エンリは地面に伏していた。血は流しているものの、原型は留めていた。戻は狂骨に抱えられ、身動きが取れなかった。そこへ有田と貝塚が駆け付けた。
「倉井! ……なるほど、こいつが『狂骨』ってことか」
有田は戻の様子を見て察する。貝塚は気絶しているエンリの様子を見ていた。
「おっ? お仲間の警官じゃん。ここで何してんの? 逃げたんじゃないの? これはこれで使えそうだねぇ」
有田は蔓の能力を用いて、地面から生やさせて距骨を拘束した。貝塚が二発発砲して、狂骨の腕を撃ち抜く。力が緩んだのを見て、戻も何とか逃げ出した。
「倉井。お前何してんだ。ブタの野郎から『中央区へ集まれ』って、警官の俺にまで連絡してきやがったんだぞ。それでこのザマとは。香凛さんはどうした? まさか死んでないだろうな!」
「香凛は死なないだろ。強いから。それでもみんなを今呼んでる。それより、まともには戦うなよ。聞いてんだろ?」
戻はエンリの様子を見る。
「(死んではいないな。回復させて、日村さんが来るまで時間を稼ぐか)」
「倉井、この子を連れて隠れてろ。有田さんと俺で何とか時間を稼ぐ。総力戦。そういうことだろ?」
「すまん。一旦退く。あとで加勢に入る」
戻はエンリを抱え、小路に入る。腹をめくり、折れた箇所や傷の具合を確認する。しばらく回復させるとエンリは意識を取り戻したのか、目を開いた。
「……レイか。あの骸骨は? 今すぐ喰ってやる。大体の力は分かったからな」
「今、有田たちが戦っている。もう少ししたら全快するから、待ってろ」
「今度は不意打ちじゃなく、正面から喰ってやる。あの薄ら笑いを真っ向から否定してやる」
エンリは静かに目を閉じた。
◇
「あー、戻くん、隠れちゃった。まぁすぐに戻ってきてくれるか。この蔓、いい能力だね。誰の骸骨を喰い物にしたのかなぁ?」
「無駄な抵抗はやめてもらおうか。ここは中央区、そしてすぐそばには警察庁がある。お前がいくら暴れようが、誰かがお前を殺せる。お前は無意味な殺戮をして、俺たちを怒らせたんだ。罪は償ってもらう」
有田は狂骨の頭を撃ち抜いた。そして弾を込め、次は首を撃った。狂骨は余裕綽々な雰囲気で、煽るように言った。
「無駄は嫌いかい? 無意味は嫌いかい? 分かってないなぁ。君ら。今回の騒動で一番得したのが政府側って分かんないの? 反政府側が大勢死んだんだから。あれ? 分かってない感じ? はぁ。あの半機械の出来損ないとおんなじかぁ」
「半機械? TF隊の事でも言ってんのか? あいつらは立派なん人間だ。侮辱は許さん。……部隊の壊滅情報を聞いたが、お前がやったのか?」
有田の質問に狂骨は蔓を引きちぎって、コートから人間の肝臓と首を取り出して見せた。まるで四次元ポケットから出すかのように。
「うん。殺したよぉ。はら、見て見てぇ。あいつらの肝臓だよぉ。これ、おいしんだよねぇ。こっちは首。きゃっ! 情けない顔ぉ。泣いてるねぇ」
「山田……」
有田は銃をぶっ放す。同期だった山田の尊厳を踏み躙った狂骨への憎しみで心が満ちていた。貝塚も同様に怒り心頭だったが、冷静に有田の肩に手を置く。
「有田さん。正面からやっても意味がない。情報通りなら軍でも歯が立たなかったようですから」
「……ああ、分かってる。舐めている今が時間稼ぎにはちょうどいい。ウチの部隊もそろそろ現着する。あいつらもここに向かってんだろ? なら、こうする」
有田は再び蔓で狂骨を拘束した。貝塚は拳銃でハチの巣にする。が、狂骨には全く効いていない。地面には首が転がる。
「合理化の極致とでも褒めてあげよっか? このボロクズ。ふふ、もはや哀れだねぇ。機械じゃ骨には勝てない。俺様たちはもっと先に立ってるから」
「違ぇーよ、カス。暴力の魔の手から人々を守るために、機械を取り入れたんだ。お前みたいなカスを倒すために機械になったんだ。合理化とかほざくな」
狂骨は続ける。
「ふふ、ホントは分かってるんでしょ? 効率を重視し、意味ばかり求めて、それに縋りつく。存在し続けることが機械の役割だ。それを体に入れるなんて、よっぽどの合理性がないと。正気の沙汰ではないからねぇ。骨みたい(笑)」
「有田さん! 平静を保ってください! こいつは骨ですよ。人の悪意から生じた搾りカス同然なんですから。聞く耳を持ってはいけない!」
「……ああ、分かってる。分かってるさ。こいつら骨は俺らを怒らせることだけを考えてるからな」
動かぬ狂骨に警官感を強めつつ、じっと臨戦態勢に入っている有田と貝塚。狂骨は舌をべぇっと出して、笑っている。
「悲しいなぁ。俺様と話したくないのかぁ? 時間稼ぎにはいくらでも付き合ってあげるよぉ? ほらほら、論破、論破! 論破しておくれよぉ? 好きだろぉ、人間ってそういうの。討論とかさぁ、呟くとかさぁ、独りよがりな語りとかさぁ」
手を叩き煽ってくる狂骨に二人はじっと動かず、反応もしなかった。
「喋らないなら殺すけどいい? 実際、後ろにいる戻くんにしか興味ないし。はぁ、つまんね」
狂骨は蔓を断ち、拘束を解いた。有田はすぐさま蔓を出すも、狂骨に距離を詰められ、首を掴まれる。貝塚は迷わず、狂骨の腕を撃つが力は弛まない。あとほんの少し力を加えるだけで殺せるところへ、狂骨は小路から出てきたエンリと目が合った。
「おや、オオカミちゃん。先に出てきたのかなぁ。おいで? 殺してあげるよ」
「骨のひとつも残さず、喰い尽くしてやる。じっとしとけよ」
「骨しかないけどね」
エンリは一瞬にして狂骨の左腕を千切った。後ろを振り返る狂骨。その腕は道路に投げられ踏み折られていた。まだ狂骨には余裕があった。有田をわざと解放し、地面へ倒れさせる。
「腕が取られちゃったぁ。随分と早く動くねぇ。適応が早いのか。おっと――」
右腕も千切り獲られた。
「有言実行かい? やるねぇ。だけど…………なるほどね。末恐ろしい能力だ。なら」
狂骨は有田を抱えていた貝塚を蹴とばし、有田を人質に取った。
「今はこうしようか。動けば殺す。君の千切った腕がちょうどいい刃物になったよぉ。ほらこの向き出た骨とか。時間稼ぎだから動かないでね」
「別にそいつが死んだって知るか」
「なら、それ言う前に喰いに来いよ」
エンリは舌打ちをする。狂骨は舌を出した。
二人が見合って互いの動きを警戒し合っていた。戻は狂骨の後ろに回り込んでいた。そして気づかれないように近づいて、狂骨の足を払った。
狂骨が有田を離して倒れた。エンリはすかさず雑に有田を薙ぎ払って、爪で狂骨の首を狙う。戻へ嬉しそうな表情を見せる狂骨に、戻はぞっと悪寒を感じる。
「危ないなぁ。戻くぅん。喰われたらどうしてくれるの? 掠っちゃったよぉ」
「(死んでくれ。頼むからもう死んでくれ)」
「そろそろかなぁ。来るのは」
戻が後ろを振り向くと、刀を手に持つ日村の姿があった。狂骨はそのじめっとした殺意に笑みを抑える。
「舐めた真似をしてくれたな。狂骨よ。今日こそその間抜け面の顔を返してもらおうか。見るたびにムカつくからな」
「会えて嬉しいよ。老い耄れの憲和。まだ生きていたんだねぇ、大人しく引きこもってればよかったのに。今どきの老人は子供と孫と一緒に墓で眠ってるよぉ? 俺様たち骸骨よりもね」
「随分と詳しいな。私もそこは危惧しているのだがね。だが、骸骨であるお前には関係ないだろ」
「煽ってんのさぁ。こういうと人間は激昂してくれるからねぇ。でも真実だったり? 操るためにはこうした方が早いんだよねぇ」
「おしゃべりがお前の能力なのは知ってる。私には効かんがね。今日で殺しきる」
日村は予備動作すら見せずに、いつの間にか狂骨の首を撥ねていた。狂骨の首が戻の足元に飛んでくる。
「ばいばい。今回は楽しかったよ。これからは君のことを狙うから気をつけてね? せいぜい楽しませておくれよ。倉井戻。それと、オオカミちゃん」
エンリと日村が狂骨の顔を切り付けるも、喉仏だけが独りでに動いて逃げる。怨嗟のような骨の集団がどこからともなく現れ、狂骨の喉仏を喰うようにして隠した。
日村は骨たちを切り落としていたが、数も多く、空へと逃げられてしまう。そして龍のように空高く昇り消えてしまった。エンリもそのうちの何体かを捕えて喰らっていた。バキバキと音を立てながら。
◇
こうして狂骨による大規模なテロ行為は終わった。
日村は何も言わずにどこかへ行った。戻は負傷した有田と貝塚の様子を見ていた。そこへ香凛と氷がやってくる。
「戻! エンリちゃん! 良かった、無事みたいだね。日村さんは? って有田くんと貝塚くん!? その『狂骨』ってのはどこ行ったの?」
「一足遅かったみたいだね。香凛、矢継ぎ早に聞くのは良くない」
「だってぇ、心配だったんだもん。聞いてた話と違ってぇ、何が何やら」
「日村さんは逃げた狂骨を追ってると思う。あと一歩まで追い詰めたんだが、逃げられた。とりあえず事件としては沈静化すると思うよ」
氷がエンリの頭を撫でていた。香凛は戻に抱き着いて、貝塚の治療を邪魔した。
少し遅れて鳴牙と雨宮が来た。
「偽報、囮、時間稼ぎ。相手方にかなり頭の切れる策士がいますね。宍戸さんからの電話もジャックされていましたし」
「そうそう、日村さんからの電話も。俺は出たけど、無視した! あれ骨か機械だろ。なんか釈然としないとこへ行かされそうになったからな」
「やっぱそうだよね! 私なんか戻とエンリちゃんとはぐれたのに、別の場所へ行けって言われたし。戻と合流しろって言われても全然、戻が見当たんないし」
「うん、私も。東区での暴動の鎮圧を頼まれて、次に南区、西区と中央区から離れる形で任務が来た。宍戸さんからの電話も何個か怪しいのがあったけど、『中央区一宮町へ集まれ』って言うのが一番的確だった。骨も人間も逃げてばっかで対処に時間がかかったけどね」
各々が嘘の情報や時間稼ぎを受けたことを軽く確認し合っていた。
「僕からの伝言は届いてたようで良かった」
日村が戻の肩をポンと掴んだ。
「ああ、聞いたよ。『中央区一宮町へ集まれ』って。尽君がまず私に伝えてくれた。もとより、尽君とはこういう時のための暗号と専用の通信を用意していてね。覚えていてくれてよかったよ」
「日村さん。一体どこに行ってたんですか? 狂骨はどうなりました?」
日村は首を横に振る。
「奴は逃げた。逃げるのは誰よりも上手いからな。今、行ってきたのは警察庁のジジイの所と国のお偉いさんの所。文句を少々。命も懸けずに私の可愛い子供たちを使うなってな」
道路に横たわっていた有田が目を覚まし、起き上がる。
「……貝塚は! 狂骨の奴はどこだ!」
戻がそっと言う。
「もういないよ。貝塚も今治してるところだ」
「そうか……。貝塚、すまんな。俺が弱いばっかりに……」
日村はにっこりと笑って有田を見ている。
「草次君。元気そうだね。町の後処理は警察とかに任せるね。我々はあくまでも警備の団体なんでね。それではよろしく」
「はは、相変わらずっすね。暴れるだけ暴れて、後片付けは俺らにやらせる。他の団体とか手伝ってますよ? いいご身分っすね」
氷が冷たく言う。
「そういうのは骨に言ってくれ。今回の事件でも死者数は多い。警察の方と他の警備団体の方で、特に。私達の方が対処は上手い。役割分担だと思うけど?」
「……まぁ、いいんですけどね。あんな怪物は懲り懲りだ」
戻は有田の言葉に同意しながらも、狂骨そして浦部のことを考えていた。浦部は操られていたが、狂骨もそうでないとも言い切れない。ただ、狂骨は一体何が目的でこのようなことをしたのか。エンリはなぜ浦部は食べずに狂骨は食べようとしたのか。喰うとは。骨とは。……種々雑多な考えが戻の頭を巡った。
貝塚の意識が戻ったところで、有田に全てを任せ、戻たちは本部へと帰路に着く。道中、エンリが戻のそばに寄る。
「なぁ、レイ。すしは? この間言ってたやつ。あれが喰いたい。お腹も空いた」
「あー、この状況だからなぁ。寿司はまた今度だな」
しょんぼりするエンリを見て、日村が「寿司が食べたいのか、エンリちゃん」と立ち止まった。エンリはこくりと首を振る。
「なら行こうか。歓迎会を兼ねてね。あそこは被害もないだろうからな。車で飛べば二十分くらいだ。そうと決まれば、尽君に予約と車を頼もうか。では行きたい人は挙手を」
エンリがぴょんぴょんと跳ねて手を挙げている。戻、香凛、雨宮が手を挙げていた。鳴牙と氷は乗り気ではなさそうだった。
「あー、俺、魚苦手なんだよね。今回はパスするわ。また別の日にエンリちゃんの歓迎会をやろ。俺いい店知ってんだよね」
「私は……、誰かが緊急事態用の対応をしないといけないので、今回はちょっと……」
「来ないのか? すし嫌いなのか?」
うるうるとエンリが氷の目を見つめる。戻も誘う。
「そうですよ。来月の任務は一緒なんですから、来てください。氷さん」
鳴牙が氷に言う。
「じゃあさ、その対応、俺がやっとくよ。どうせ何も起きないって。さっき起こったばっかなんだし。たまには、休んでもいいと思うよ」
「……お言葉に甘えることにするよ。お寿司なんて何年ぶりだろ」
氷も行くことになり、エンリは嬉しそうだった。
しばらくその場で待っていると、宍戸が大きめの車で迎えに来た。日村の名前だけで予約はすぐに取れたそうで、みんなでワイワイとはいかなかったが、反省会を踏まえて楽しく食べていた。
雨宮が酔った様子で日村に絡んでいた。
「日村さん、明日のニュースはどうなってるんですかねぇ。これだけの死者数を出しておいて、ただのテロで特に被害はなかったって、また報道するですかねぇ。町も中央区の政治のところも壊滅してますし、言論統制もやり過ぎですよ。聞いた話だと、死んだ人間もこっち側だったとか」
「ほとんどの人が興味すら持たないだろうからね。この国の報道で自由だった時期はないよ。明日になれば、何事もなく通常運転だろうね、政府機関も。これも出来レース、か」
「他の警備団体もかなりの損耗ですからねぇ。装備会社も大分に儲かってる感じですね。鬼哭さんとは何を?」
「大したことじゃない。狂骨の話だ。それと鳴牙君の話だ。向こうのだが、こちら側でやってもらっている。今回の主導権としてはやはり鳴牙君の成果が大きかった」
「それは良かった。忠告はしてましたが、こちら側ならばそれでいいですね」
「それはそうと、強引なやり方だ。向こうの動きもきな臭い。何か起こすつもりか、あるいは完全にそっちに移行するか。弘和君も気をつけねばならない。氷君もだが」
「はは、そうですね。氷さんもかなり深く入っちゃってますから。僕もですが。いつの日か終わるんですかねぇ」
「わからんな。ただ、私は君たちよりも早くに死ぬ。その後を思うとな、この国には任せられん」
「全く同感ですね。ここで絶たねば、狂骨みたいなので溢れますね。全てを壊してしまう狂人が誕生する……」
「それはよろしくはないな」
戻はぼんやりと二人の会話を聞いて、ふと一矢や浦部が国についてどこまで知っていたのだろうと疑問に思った。そして自分は何も知らないことにもすぐに気づいた。日村や雨宮、氷の方を見ては、どこまでを知っているのか、気になって考えていた。
戻は日村の隣にそっと移動し、お酒を注いだ。
「日村さん、骨って何なんですかね」
「ははは、上手くなったじゃないか。だが、その質問には答えられない。まだ真相は知らない方がいい」
「じゃあ、政府はどうして骨の存在を隠し続けるんですかね」
「それも知らない方が精神の安寧のためだ」
「『がしゃどくろ』ってホントに発生したんですか? 核爆弾もホントですか?」
「……それは何も言えないな」
「んー、なら政府はどうしたいんですか。僕たちのことを」
「手中におきたいのだろうな」
雨宮が赤い顔で戻を優しく見つめていた。
「戻さん。反政府運動でもしたいんですか? 情報は自分で調べていくものですよ? でもヒントを与えておきましょう! それは――」
氷が遮った。
「雨宮さん。酔った勢いでいらぬことを言わない方がいいですよ。外ですから。戻も今度の任務で多少は答えてあげるよ」
「いいなぁ。氷ちゃんは次の任務で戻とエンリちゃんと一緒だもんなぁ。私も行きたーい。一人の任務は寂しいよぉ」
酔った香凛が氷にダル絡みしている。エンリはお腹いっぱいになって丸まって寝ていた。
宍戸さんが日村に尋ねた。
「日村さんは狂骨の名前を知ってましたよね。昔に戦ってたりするんですか?」
「まぁ、長いな。確かに。なんせあいつは……。まぁいい」
日村は酒を流し込んだ。
戻としては、日村が自分の知らないことを知っていることを確信しつつも、これ以上は何も聞かなかった。
久々の寿司を食べられて、皆は嬉しそうにしていた。会計は日村が持った。眠い目を擦っているエンリの手を引いて、戻は車に乗せる。そしてその日は気絶するように眠った。
◇
次の日の朝。隊長室。戻は日村にもう一度、質問していた。
「ここなら教えてくれるでしょう? 骨って何ですか? 狂骨が骨の発生について言ってました。装置があると。人為的ってことなんですか?」
「奴は妄言が好きだ。それも確証のない発言の可能性もあるな」
「……そうですよ。狂骨は話してて、時々別人と話している感覚になります。なら、何が本当なんです? 浦部という青年も、僕も、何も知らなかった。ただ真実だと思ってたものが吊り下げられていた。これほど憤りを覚えるものもないですよ」
「そんなものだよ。人間とは。ただ……骨、か。骸骨の正体についてはまだ知らなくていい。一矢君にも言っていないからね。だが、一年。一年後に全てを伝えよう。それまでは自分で推察し、否定し、それでも信じたいものを追って、考えなさい」
「……わかりました。来年ですね」
日村は眼鏡を置いた。
「それにしても変わったな。前までは一矢君にべったりだった。そんな君が真相を知ろうとは……。それはそうと、狂骨に気を付けるのは勿論だが、身内にも気を付けた方がいい」
「え? どうしてです?」
「私も疑いたくはないんだがね。どうも通信システムや能力の詳細、行動パターンなどが敵に流れていてね。身内しか知りえない情報が漏れていた。まず戻君はないと思ったから伝えた。誰にも言わないように」
戻は黙って首を縦に振った。軽く一礼して隊長室を出た。外ではエンリが壁にもたれかかっていた。
「お、話は終わったのか。じゃあ、早く行こ?」
「そうだな。……なぁ、エンリ。一つ聞いていい? 骨って何だと思う?」
前を行くエンリが振り返って、首を傾げた。
「ん? 骸骨は骸骨だ。それ以外にあるか?」
「そうじゃなくて、どうして骨が現れるのかってこと。あと、いつも思ってたんだが、なんで『骸骨』なんだ?」
「そんなの決まってるだろ。人間の抜け殻が骸骨だ。腐った果実。いつまでも木に引っかかり続ける果実。それが骸骨だ」
「なんだそれ。まぁいいか。そういや、骨ってどんなにおいなんだ?」
「腐敗したにおい。臭くて仕方ない。だから喰う」
戻は自分の服を引っ張ってにおいを嗅ぐ。
「なぁ、寝てる時に噛みつくのって、俺が臭いからか?」
「うーん、臭いというか、なんか噛みたくなるというか。言ったろ。混じったにおいって。不思議な感じのにおいだ。戻のは。他の骸骨は腐っているが」
釈然としなかったが、戻はそれ以上においのことについては考えないようにした。
戻とエンリは階段を降りて、食堂へ向かった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
第一章はこれにて終わりです。すごく複雑で分かりにくいとは思いますが、全部が終わったときに綺麗につながっていることを願います。次は第二章骨女編です。