<第六話> 殲滅
<<登場人物>>
【倉井戻】:骨を全て殺すことを目的としている青年。しかし、本人はまだその意味や生じた訳を理解していない。主な能力は、回復。
【エンリ】:旧首都東京で戻と出会った少女。オオカミのような風貌だが、骸骨によるためかも? 主な能力は、牙、爪である。
【谷川香凛】:戻の同僚で三つ上のお姉さん的存在。実は育ちが良かったり。主な能力は、火である。
【晴山氷】:戻の同僚で六つ上。普段は忙しそうにしており、あまり付き合いがいいとは言えない。鋭い目つきをしてしまいがちだが、本人はそこまで睨んでいるつもりはない、主な能力は、氷、雪である。
【虫明鳴牙】:戻の同僚で五つ上。氷とは同じ大学の先輩後輩であり、そのころからの知り合い。気さくで馴れ馴れしい感じだが、服装はどちらかと言えば電波。主な能力は、雷、電気である。
【宍戸尽】:戻の同僚。戦闘には参加しないが、後方部隊として物資の補給や装備類の買い揃えをやっている。日村の右腕として、日々頑張っている。主な能力は特にないが、強いて言えば相手の話を聞くことが得意だ。
【雨宮弘和】:戻の同僚。実は昔に一度、今のこの団体に所属しそしてやめている。日村とは長い付き合いである。能力は、雨、水である。
【日村憲和】:戻の所属する団体のトップであり、三十年近く前に設立し、今尚現役で続けている。昔は随分と乱暴だったそうだが、今は大分落ち着いたらしい(本人談)。日本刀を用いた戦闘スタイルで、能力は、身体能力向上などである。
【草壁一矢】:戻の親友で、今はもう亡くなっている。昔に戻を救って以来、ずっと行動を共にしてきた。ゲームが好きでよく一人でやっていた(戻はあまり興味がなかった)。妹もいたが亡くしている。それきり少し暗くそして何かに焦っているようになったそうだ(戻による見解)。故郷は東京の西の方だったらしい。主な能力は???。
次の日、緊急の会議が開かれた。
「さて、昨日はご苦労様。上からの対処命令だったわけだが、これである程度の借りも作れた。他の団体も出動したらしいが、損害も大きかったそうだ。それでは緊急会議を始める」
全員がタブレットを見る。そこには山梨都の六つの区画が表示されていた。
「さて、まずは南区を担当した氷君。見事だった。敵勢力のみの制圧に加え、警官共を助けたのはこちらとしても有難かった」
「いえ、当然です。ですが、負傷の仕方としては防衛による結果のようには思えませんでした。むしろ狙ってやらないとあそこまでの傷にはならないかと」
日村は手を摩る。
「ならばむしろこちらではなく向こうが囮だった、と。ふむ。では、次に西区の鳴牙君。同じく見事な活躍だった。東区の弘和君も」
鳴牙と雨宮はそれぞれ小さく頷いた。
「そして北区の戻君、香凛君、エンリちゃん。実を言うとだ、第一北区、第二北区の被害が思っていたよりも大きかった。特に第二北区、あそこは流通含め農業区画でもあるため、人の被害は少ないがしばらく滑走路も使えそうにない。そして第一北区。ここでの他団体の被害が一番大きかった。そこの辺り説明を頼む。上もまだ状況を掴めていなくてね」
まず香凛が話し始めた。
「はい。まず私達は中央区で骨を発見して、対処しました。その後に、エンリちゃんの判断によって、第一北区に入り、そこで日村さんからの指示を得ました。そこからは、ええと、邪魔が入ったので二手に分かれて、行動しました。それで、私が戦った、じゃなくて対処したのが、骨一体と、暴徒たちですね。骨と人が混じっていたので、市民を逃がす時間稼ぎくらいしかできなかったです。以上です」
日村は軽く咳ばらいをしてから、戻に尋ねた。
「はい。二手に分かれるところまでは同じです。それで、その、その後、エンリとはぐれまして、建物の屋上から探していました」
氷が何か言おうとしたところを遮って日村が言った。
「戻君。一応はエンリちゃんと誰かしらが行動してくれないといけないよ? まだ報告の仕方だとかを教えていないのもそうだが、重要な戦力でもあるんだから。それはそうと、どうしてこうも一人行動が好きな三人なのかね。勿論、強さは保証できるが……。それでエンリちゃんは何をしたのかな?」
「骸骨を喰ったぞ。二十体くらいか、それくらい喰ったら退き始めた。それで一番強いにおいを追っていったら、戻の所に着いた」
日村は少し考えた。そして戻の方をじっと見て言う。
「戻君。君の報告は少し時間が空きすぎているようだが? まさかずっと屋上で突っ立っていたわけではあるまい? 隠さずに言うんだ」
戻は日村の視線に押され口を開いた。
「はい、隠すつもりはなかったのですが、ええとですね。屋上で奇妙な行動をしている青年を見つけまして、それと日村さんからの電話ですね。『主犯格は青年だ』との言葉があったので、その青年を調べていました」
「ん? 私からの連絡? ……いや、気にしないでくれ。それで?」
「その青年はどうやら今回の事件を起こした犯人でした。名前は分かりませんが、写真は共有しておきます。それで止めようとしました。骨かどうかはわからなかったのですが、話すことができて、恨みや絶望からくる感情によるものなのか理想を求める奴でした。勧誘を受けたのは正直驚きました。……はい」
氷は鋭くそして静かに言った。
「戻。それに惑わされてはいけない。だけど、間違いなく言えるのは、私たちは何も正義の味方ではないよ。ただ信じたいものを信じているだけのただの人間だ。そして彼も。戻。認められないものは認めなくてもいい。認めるべきところは認める。妥当なところを探していかなくちゃね」
戻はその言葉に少し心が軽くなった。
「そうですね。やっぱり、全員じゃなきゃだめですよね。でも、ううん……」
エンリが戻の袖を引っ張る。
「何を聞いたんだ?」
「……理想郷とやらの話です。特に既得権益を持つ老人含めそれに与する人間を全て殺し、更には何も動かなかった市民も殺すようです。害虫も駆除するそうです。若者だけの自由で平等な世界を造ると、そう強く意気込んでいました」
戻は青年から聞いたことを言う。皆は静かに聞いていた。日村は眼鏡を置いて、ため息交じりに言った。
「はぁ、どうしてこうも二項対立が好きなのかね。若いが故なのかね。……理想郷か……」
鈍く地響きがした。皆の携帯からアラームが鳴り響いた。
日村の携帯には緊急の要請が届き、状況を聞く。聞き終えた時に、日村が皆に言う。
「まただ。氷君と鳴牙君は中央区を。南区は弘和君。そして第一北区を戻君、香凛君、エンリちゃんに担当してもらう。暴徒の退治だが、極力骸骨の対応を。それでは――」
日村は一度勢いよく会議室を出たが、すぐに帰ってきた。
「『狂骨』という骸骨が主犯の可能性がある。見つけても交戦するな。これは絶対だ。特に戻君。奴を見ても不用意に近づくな」
「えっ、あ、はい!」
名指しで言われて咄嗟に返事をする。全員が急ぎ足で会議室から出ていく。戻は須臾の当惑に頭が追いつかずにいた。エンリがそんな戻に頭突きする。
「レイ、単純な話だ。喰うんだ。そいつも、そいつの壊したいものも。全部」
「(喰うってなんなんだよ……。喰うって)」
そう思いつつも銃や手斧を持ち、黒いコートを羽織って現地向かう。
外は騒然としていた。どこかしらでサイレンの音が鳴り響き、警察や消防、救急車が出動しているのが分かる。戻は香凛とエンリを連れて、第一北区へ入った。
大通りで別の警備団体による戦闘が行われていた。重装備な姿で骨と対峙しながら市民の避難誘導をしていた。
「そこの三人も早く逃げて! 暴徒は我々が抑えていますから!」
香凛はどうにもやる気なさそうにしていた。
「あー、ああ言ってるし、任せちゃおーよ。どうせ勝てるでしょ?」
「まぁ、そう言うなよ。エンリ、骨はいるか?」
「五人だな」
三十人ほどの暴徒が暴れていた。香凛としては面倒くさそうにしつつも、一応警備団体であることを明かし参戦することにした。戻はエンリの援護と思ったが、エンリはというと素早く骨たちを次々と喰い殺していった。器用に人間は攻撃せずに。そんな様子を黙って見ている訳もなく暴徒たちはエンリへと攻撃対象を切り替える。が、エンリはそれこそ心底面倒くさそうにして、攻撃を躱しつつ致命傷にならないように爪で切り付けていた。そして、その飛び散った血を体中で浴びていた。
一先ずこの通りの制圧は完了した。そんな時、タイミングよく日村から戻の携帯に電話がかかってきた。
「あー、戻くん。犯人の居場所が分かった。場所は第一北区八号線通りの喫茶店ミササギだ。今すぐに向かってくれ。では――」
「日村さ、またぶつ切り。そんなに急いでんのかな。あそこの喫茶店にか?」
エンリがボリボリと何かを咀嚼しながら戻のそばに寄ってきた。香凛は別の団体の人間と話していた。
「レイ。なんかわかったのか?」
「ああ、主犯の位置がわかったそうだ。この近くだから行くぞ」
戻は香凛に話をつけて、三人で向かった。真っ直ぐ通りを進んで、左に曲がると、すぐ先に喫茶店ミササギがあった。そしてその周りを取り囲むように大量のパトカーもあった。遠目から見ていると、入口から数人の警官に取り押さえられながら出てくる、あの青年らしき姿が見えた。戻は顔を顰める。
「もう終わったみたいだな。エンリ。あれから骨のにおいはするか?」
「ううん。特にしない。なんだ、人間の仕業だったのか」
「まぁ、これで良かったじゃん。一件落着ってことだよね。どうせ、大したこともできないだろうから、これで他の所も鎮圧してくれればいいね」
香凛の弛んだ顔を見て、戻も少しばかり安堵を覚えていた。ただ、青年の方を見る勇気はなかった。
青年は運ばれていった。TF隊たちがぞろぞろと店から出てくる。全員が最新鋭の重装備であり、その手には小銃が見えた。
「ああ、『お人形さん』たちが制圧したのか。あれに囲まれたら生きた心地しないだろうな」
「ねー。最近あんなの増えたよねー。なんでそこまでするんだろうね」
戻と香凛はTF隊が次々と車に乗る姿を見ていた。エンリも不思議そうに見ていた。
「なにが違うんだ? 人間と。あいつらも生きてんだろ?」
「うん、そうだよ。でも、体の一部を機械化してるんだよ」
エンリはよくわかっていなさそうだった。戻は日村に電話をかける。
「日村さん、今度はつながりましたね。今回の暴動も終わったみたいです。今、主犯の青年が捕まるのを見ました。それとさっきの電話も用件だけ言ってたんで、忙しそうな感じですか?」
「さっきの電話と、言ったね。私は一度もかけていない。先に言い忘れていたが、私からの電話は今回の事件に限って無視してほしかったのだがね。やはり敵側に狂骨がいるとなると、こういった情報戦を仕掛けてくる。それとこれから私と尽君は上との会議で忙しくなる。報告については後日、いや明後日かに聞くことにする。では」
戻は日村との会話をエンリと香凛に話し、一度本部へ帰ることにした。
本部にある休憩室のテレビを三人で見ていた。テレビの報道はどの局でも同じく「主犯格と思われる犯人の逮捕」と大きな見出しと同じようなスタジオから報道していた。冴えないコメンテーターらが各々の心情を視聴者にあたかも寄り添っているかのように、心配と安堵感を代弁していっていますよと言わんばかりに語っていた。そんな中で、本名の公表を行い、ネットではここから容赦なく過去や家族関係、友人関係、押し付けた思想を洗いざらい調べ始めていた。
犯人の名前は、浦部誠。二十歳の男性。家族関係は四人家族で、父、母、彼、妹。大学は通っておらず、中学校以来不登校だった。ネットのアカウントは国を憂うことを主に呟いていて、これといった過激な思想というのは見られない。――これらが倏忽としてネットの情報として出回っていた。
◇
薄暗い部屋でテレビを見ている青年二人。青年自身が大々的に取り上げられているのを見て、ニヤリと笑っていた。
「おーおー、出てるねぇ。メジャーデビューってやつ? いい感じに悪そうな雰囲気じゃん。それにこのバカたちもおもろいね。必要ないのにでしゃばって、正義面してやんの。ウケる」
「そういってやるな。彼らの無駄な仕事も一種の洗脳装置なんだ。彼ら自身とこれを見ている人間たちのね。おかげで『ああ、こいつは俺の意見とあってるな』とか『私の気持ちを代弁してくれた』と、考えなくてもいいように仕向けられるんだから」
青年は心底見下しながら見ていた。そして、もう一人の青年はというとスマホを見ている。
「おーほら、こっちでもさ、みんな誠ちゃんのこと、調べ上げてんじゃん。このために作ってんのにね。ご苦労な事だねぇ」
「このなかで俺の同調する奴だけが、この先、生きていける。そのための自己紹介だ」
「あー、そういや誠ちゃんの気になってたやつはどしたの?」
「……きっとわかってくれるさ。きっと」
青年たちは暗闇の中で小さく笑った。
◇
次の日。テレビはずっと暴動の犯人の話だった。昼下がりになっても、暴徒たちが現れることもなく、町には平和が戻っていた。
戻と香凛はエンリを連れてショッピングモールに出かけていた。昨日の緊急事態が嘘のように人で混み合っていた。エンリは嫌そうな顔をしながら、二人の跡をついていた。
香凛が色々とエンリに服を着せては、「かわいい!」とキャーキャー声を上げていた。戻とエンリはどれも同じだろ、と思いながらも付き合っていた。
荷物を持つ戻はエスカレーターの付近にある椅子で休憩していた。エンリと香凛はトイレに行っていた。ふと下の階の広場を見ると、何やらフードを被った六人がその中央に集まっていた。そしてメガホンを取り出した。
「えー、ショッピングモールにお集りの皆さま。どうも始めまして。浦部誠です」
そういってフードを脱ぎ、茶髪の青年、浦部誠が姿を現した。隣の者も同じく脱ぎ捨てる。端正な顔付きに耳には痛々しいほどのピアス、白っぽい髪の前髪の方は青色のメッシュを施してある。ひらひらとお洒落なコートを靡かせていた。
辺りが騒然とし始めた。そんな様子でも浦部は続ける。
「皆さんの思うことはわかります。けれど、僕は間違いなく浦部誠です。どうぞ、近くで見てください。昨日、捕まった顔と全く同じでしょう?」
ざわめきが最高潮に達した。戻は荷物を置き、エスカレーターを降り、人に紛れて観察していた。戻の目から見ても間違いなくあの青年だった。
「さて、今日、僕が皆さんの前に姿を現したのは、たった一つ言いたいことがあるからです。そのこととは、皆さんに国会含め議会、首相官邸、各省庁、警察、国家機関へと進行してほしいのです!」
ざわめきの中で「ふざけんなー」「意味わかんねーよ」「犯罪者!」と叫ぶ声が聞こえていた。
「僕の考えは皆さんならもう知っているはずです。僕たちはただ変えたい! この歪な世の中を。なぜ、自殺者がこの国から減らないのか。なぜ、人体把握検査なる強制的な個人情報の取得を行うのか。なぜ、行方不明者が後を絶たないのか。なぜ、政府は情報を制限するのか。その理由はたった一つです。それは、あなたたちのことを心の底から人間でないと思っているからです。奴隷だと思っているからです。そして、一つ確かなのは今まさにこうして声を上げ、戦おうとしても現在の状況を変えようとしないあなたたちの洗脳具合です!」
皆が黙って聞き入り、涙ぐむ浦部を見ていた。そして隣に立つ青年も話し始めた。
「ですので、僕たちが今の政府を打倒するために行うのが、懸賞金システムです!」
他のフードを被った男たちがホログラムを出した。
「僕たちは警官に対しての懸賞金を行ないます。また警備団体、政府の役人、外国人に対しても行います。賞金金額は最低でも一千万。情報提供でも最低十万から取引させてもらっています。なお、その際に犯す罪については僕たちが政府から保証し、政府を打倒した暁には要職につけるようにしましょう!」
ホログラムには氏名や住所、顔写真、金額などが次々と流れていた。ただ、戻の所属する『HーMK.PSO』の名前やメンバーは乗っていなかった。
「勿論、良心が痛む方もいるでしょう。でも大丈夫です。これは我々市民への弾圧の報いです。またこの活動に参加しないからと言って、僕たちはあなたがたを差別したりなどしません。同じ市民なのですから!」
そこへ駆けつけた警官二名が来る。浦部の姿を見て、すぐさま本部へ連絡していた。そして銃口を向けている。
「大人しく捕まるんだ!」
そういった矢先、後ろにいた至って普通のおっさんが持っていたバットで警官二名を殴りつけた。悲鳴が上がり、ショッピングモール内は慌ただしくなった。浦部たちは拍手していた。そして、浦部はそのおっさんへ優しく語り掛けた。もう一人の青年は笑っていた。
「勇気ある市民よ、あなたのその勇敢なる行為はこの国の夜明けの一歩となりました。その警官は本来ならば一千万ですが、特別に三千万、計六千万を送りましょう」
「いいえ、二千万で構いません。現金を持っているんでしょう? その二人が」
「おお! これはなんと、謙虚で、立派なのでしょう! この国のためにありがとうございます!」
後ろに立っていた二人は現金二千万円をケースに入れて、おっさんに渡した。おっさんはすたすたとその場を去った。
「見ていただけましたか! 僕たちは本気で変えようと思っています! ですから、皆さんも共に頑張りましょう!」
そういうと浦部と青年は謎の光に包まれてその場を去った。そこへエンリが突っ込んできた。また別の悲鳴が上がる。
「ちっ。逃したか。トイレから出てきたら骸骨のにおいがしたんがけどな。お前らじゃない奴のな」
エンリはそういうと爪で突っ立っていた骨たち四人を瞬殺した。エンリも大勢の前だったためか、直接喰わずに喉ぼとけだけを綺麗に取り出して、ポケットに仕舞った。
香凛は状況を掴めずにいた。
「エンリちゃん、どこ? 戻もどこ行ったの? あれ?」
戻はショッピングモールの出口から二人の青年を探した。そして偶然にも二人の青年を見つけ、後ろから銃口を向ける。
「動くな!」
白髪青メッシュの方が振り返る。
「あー、この子? 誠ちゃんが言ってたやつって。初めまして、三上オチルだよぉー。……骨をこの世から消すって聞いたたけど、本気?」
ジトっとした目つきで戻を睨みつける。
話し方は物腰が柔らかで、落ち着く声だった。だが、戻には蛆虫が畝ってヘドロをまき散らすような得体の知れなさを五感の全てで感じ取れた。そして確信した。こいつが『狂骨』であると。
「『狂骨』ってのは、お前か?」
三上は舌をべぇっと見せて、「こいつ話通じねー」といった表情をした。そして呆れた感じで浦部に話しかける。
「質問を質問で返してきた。無駄だねぇ。俺とは話したくない感じぃ? 悲しいなぁ。あー、ていうかこれからどうすんの? 逃げる? 死ぬまで戦う?」
浦部は振り返り、戻に目を合わせる。
「骨を出せ。たくさんだ。それで進攻しよう。上の連中は逃げてるかな。でも空っぽの城くらいは落とせるだろ」
「そういうと思って、実はいっぱい待機させておきました! ほらおいで」
ぞろぞろと人らしき骨が周りに集まってきた。意思もなく、抜け殻のような骨たちに囲まれる。浦部は骨の上から戻を見る。
「……いつでも待っているよ。お前たちの団体の人間はどれも意志が固いけれど、それでも強さは一流だ。だが今は放置する。日村と雨宮、晴山がいないうちに中央区を占拠する!」
「待て! くそっ。待て!」
戻の声は歩く骨たちの音に掻き消えた。浦部と三上はそのまま骨の上に乗ったまま進んでいった。
「これで妹ちゃんの仇もとれるね。上流階級の『エサ』になって可哀そうだったもんねぇ。さてと、ワープしますか」
「ああ、頼む。それにしてもお前のネクロマンサーのような能力も骨を食べて獲たものなんだろう? いくつも持てるのはやはり便利だな」
浦部と三上は能力を使って、骨の集団と共に中央区の省庁が並ぶ一宮町へワープしたのだった。
取り残された戻はすぐに日村に電話を掛けるも出なかった。他にも電話をかけてみるも一向につながらない。
「電話がつながらない。これもあいつらの工作か。くそ」
「レイ。何してんの?」
音もなくぬっとエンリが後ろに立っていた。
「びっくりするなぁ。それよりも、今すぐ行くぞ。香凛は、あの人混みで探すのが難しいな。狂骨をエンリに喰ってほしい。行き先は分かってる」
エンリはポケットから喉仏を取り出して、バキバキと食べた。そして、ペロッと舌を動かして言う。
「すぐ行こう。その狂骨とやらを喰ってやる」
◇
「この距離までしか使えないのか。改良が必要だな。お前の配下の骨たちの中にいないのか?」
「いやいや、こいつの能力は数十万分の一だよ? どんな確立だっての」
舌を出す三上に対し、浦部は見向きもしなかった。
TF隊が偶然にも出動していたため、浦部と三上を連れた骨の大集団のその前に立ちふさがった。パトカーから降りて、半機械の部隊が隊形を展開する。弧の字で迎え撃つ形だった。
「そこの暴徒たち。無駄な抵抗はやめて投降しなさい。主犯格はすでに捕まっている。これ以上暴れても意味ないぞ」
浦部が三上に目配せする。
「骨たちで対処可能か? もう一回ワープはできるか?」
「インターバルがあるからワープはもう無理。つーか、今日はもう使えない。この雑魚骨たちじゃやられちゃうかなぁー」
「仕方ない。殺してから行くか」
TF隊の警官たちが銃を構えている。二人の前方にいた骨たちが一斉に動き出して、襲い掛かる。小銃の連射音と骨たちが倒れる音が響く。次々とへ根たちは砕け散り、倒れ、消えてゆく。血しぶき一つとして飛ばない光景に隊員たちも得体の知れない不安感が擡げる。絶え間なく骨たちは人海戦術を敢行する。
一人の隊員が銃創を装填するときに、目の前に伏す骨に気づかず、足を掴まれてしまう。慌てて装填するも、引っ張られ態勢を崩されるが、隣の隊員が撃ち殺した。すると、その隙を狙って二人へ骨たちが特攻していく。
持ち堪えられなくなった二人の隊員は、蹴られ、殴られ、と機械化した腕や足だけでなく、生身の肉体諸共、その頑丈な装備の上からぐちゃぐちゃにされた。
一つが崩れてからは部隊全体の壊滅も早かった。恐怖心が隊員の顔に浮かんだ時には既に半数近くが死んでいた。逃げ出す者もいた。が、それを三上は狩っていく。少年も身体強化だけで隊員たちを圧倒していく。
戦闘開始から五分と経たないうちにTF隊は全滅した。三上はTF隊の死体を確認して回っている。そして何やら死体を弄っていた。
「おーい、誠ちゃん。おいてかないでよぉ。まだ来ないって。視てるんでしょ?」
「視てるから早くするんだ。先手を打っておかないと厳しい状況になる。こちらの損害も大きい。それと血生臭い」
「あはは、いーじゃん。ほら、新鮮な肝臓だよぉ?」
「…………当てつけか? 殺すぞ」
「焼いて食べるわけじゃないんだからいいじゃん。薬にして売るんだよ」
浦部は酷く嫌そうな顔をしながら、首相官邸へと足を進めた。
「……もういい。行くぞ。日村の動きが予想より早い。あの囮の骨と人間が逆上を買っているようだが、あれで良かったのか?」
「ふふふ。あのじいさんはあれでいいんだよ。いつまでも昔の幻影を追っかけてる哀れな男だもの」
首相官邸へと続く道路へ差し掛かる。軍隊がこれまた重厚な盾の隙間から銃を構えている。警告することなく、ロケットランチャーを放った。前方にいた骨たちは全て消し炭となる。
「あー、ほとんど焼かれちゃったかぁ。スナイパーもいるかもね。あっ、ヘリも来たねぇ」
余裕綽々な三上はヘリやドローンを指す。そして、骨を召喚して前に立たせる。そうしてアスファルトへと手を当てさせ、道路を白線に沿って五メートルほど隆起させ、更には軍隊の後ろ側も同じく隆起させ退路を断たせた。そうして、先と同じく人海戦術で特攻させる。
浦部の方は胸のポケットから小さな拳銃を取り出して、空へと弾丸を放った。弾はちょうどヘリコプターが滞空する高度で弾け、花火のように広がる。散らばった弾がまた弾け、爆発が縮小することなく連鎖する。あっという間に空は光と熱で覆われ、空にいた蠅を焼き殺した。
地上の軍隊は善戦していた。新型のレーザー銃や高貫通の小銃が骨たちを次々に貫いていく。統率力もTF隊以上であり、骨を自分たちの領域に一切近づかせない。
一発の銃弾が三上の首を掠める。血が垂れる。
「痛っ! やっぱいんな。追尾狙撃弾だな。完全な死角なんだけど。後ろから飛んできやがった」
「位置は分からないのか? 骨を向かわせてすぐに制圧させろ」
「やってんよ。もうじき、周辺のビルは制圧できるよ。そっちは?」
もう一発の銃弾が浦部の右ふくらはぎを貫通する。
「くっ! ……日村は西区の外れまで誘導した。晴山が虫明と合流した。予定通りだな。雨宮も苦戦している。谷川は……位置が分からない。ショッピングモールで骨と交戦していたはずなんだがな」
「さっきの子は? あれは今何してんの?」
「さぁな。見当たらない。監視用の骨もいたはずなんだが、何体か殺されている。勘のいい警察にでもやられたか、例の新入りにでもやられたか」
「とりま、あいつら殺っちゃおう! そんで、全部壊そ! 俺らが通った道にはなんも残らない」
三上は軍隊の方へ手をかざし、軍隊の立っているその場から骨を召喚させた。必死の抵抗も空しく為すすべなく、全員が死亡した。顔は潰れ、腕はあらぬ方へ曲がり、足は切り刻まれ、胴には大きな穴が開いていた。隊員たちの屍が首相官邸前に転がる。隆起させた道路の一部を戻し、浦部は正門前に立った。相変わらず、三上は死体を漁っていた。周りの骨たちは塵となって消えていた。
「誠ちゃん。まだいいじゃんね。死体漁ってても俺たちに敵はいないんだからさぁ。核兵器でも殺せないかもよ? あん時の」
「……二度、いや四度目の厄災。俺の知ってる教科書ではそうだが、事実は違うんだろ? そこまでの興味はないが……」
三上はニィっと笑って、そのまま死体から内臓を抜き取っている。浦部は目を瞑り、他の骨の視覚を見ていた。
二人の青年の後ろの壁、その歪に隆起したアスファルトの上にオオカミの影が一つ伸びている。
◇
戻は日村以外にも電話をかけてみたが、誰にもつながらない。ネットも通信障害が起き、使い物にならなかったとき、宍戸から電話がかかってきた。
「戻くん、今、大丈夫――」
「宍戸さん! 各人に伝えてほしいことがあります! 『中央区一宮町へ集まれ』。特に日村さんへ早くお願いします。じゃあ!」
「戻く――」
戻はすぐに電話を切る。周りには惨殺されたTF隊の手足のない死体が転がっていた。腹が千切れて二つになっている者、首がない者、内臓が抉れて飛び出ている者、どれもこれもがあの二人の青年がやったのだと表情を険しくしていた。
「なぁ、なんでこいつら腕とか足が無いんだ? 内臓も抜かれてあるし。盗られたのか?」
「いや、自分で取った奴がほとんどさ。機械の方が人間を抑え込めるって、そう信じて疑わないように教育されてきた奴らだからな。実際、そこらにいる人間じゃ手も足もでないんだけど」
「……なんだそれ。骸骨とあんまり変わんないな」
「彼らなりの生き方なんだろ」
エンリは捥げた金属の腕をそっと腕に合わさるように置いた。
「喰いに行くか。この世にいちゃいけない骨を」
エンリは走り出した。戻も後を追う。
「エンリ。行先がわかるのか」
「何となく。においは利きづらいが、戦闘音の聞こえる方だろ」
凄まじい閃光が空を覆い、気づけばヘリコプターが墜落していた。
「レイ。曲がった先に大量の骨がいる。ていうか、そこら中から骨のにおいがして、ホント最悪だ。どれが一番においが濃いかわからん」
「軍か警察が対応してるんだと思う。……戦っている奴らには悪いが、狂骨らが勝って、油断しているときに奇襲しよう」
「なら、先に回り込む」
「隠密にな」
「誰に言ってる。私の動きは静かだぞ?」
エンリは隆起した道路の裏側に回った。戻も気づかれないように壁の裏で待ち伏せる。銃声が行き交う中、十五分ほどすると悲鳴に変わる。そして誰も声を上げなくなり、二人の青年の声だけがするようになった。戻はそっと中の様子をのぞき込む。一人は死体を漁り、もう一人は向こう側を向いていた。エンリはその隙を逃さず、梟のように音もなく噛みついた。死体を漁っていた狂骨らしき者がばたりと倒れ、ようやくもう一人が気づいた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
本来は今日もう一話を投稿する予定でしたが、用事ができまして少々遅れます。次の話で狂骨編はおしまいです。次は骨女編ですね。