<第四話> 仲間
前回が二週間前なので、一応あらすじを書いておこうと思います。
<これまでのあらすじ>
旧首都・東京で骨の調査任務を行なっていた倉井戻と草壁一矢は、都庁を調べていた。敵の急襲を受け、一矢は命を落とし、戻は敵と交戦するも別の敵の参戦により窮地に陥る。そこへオオカミのような少女、エンリが現れる。戻はこのエンリを保護するために一度、撤退することに。日を明かすために地下鉄の駅にて休憩をとっていた二人の元へ、老人の姿をした骨が現れる。戻は退くことを、エンリは喰うことを、互いに意見が食い違い、一度は分かれた二人だったが、エンリの声に目を覚ました戻は、エンリとともに戦うことを決意する。なんとか老人の骨を倒すことができた二人だったが、食料が底をつき、急いで新首都・山梨へ向かった。検問所で待つ戻の仲間の二人と合流する。
薄暗い部屋の中で青年が電話していた。ソファに寝そべって、モニターに映るニュースを見ながら愉快に喋っている。
「十四時から各地域の各地域で開始しますから、あなたもお願いします。必ず、政府に一矢報いましょう! 僕たちは一つの共同体ですから。ええ。ええ! 僕もあなたを信じてますから! 共に理想郷を!」
電話を終えると青年はくすくすと笑いだして、天井を見る。
「……ようやく悪意をばら撒ける。そして、この怨嗟の声が天国のお前の耳にまで届くように……」
扉が開き、同じ歳くらいの青年が入ってくる。
「おー、帰ったよー? 作戦に問題なーし。……泣いてんの?」
「いや。怒りを思い返してただけだ。それじゃあ、始めますか」
――ここ数日、誘拐事件の件数が増加傾向にあることを警察庁が公表しました。先月の凶悪犯罪組織の摘発と解体の余波であるとの見解を示しています。怪しい人物を見かけたりした場合には即座にその場を立ち去り、通報をしてください。それでは次の――
◇
戻は検問所に来ていた日村と宍戸の二人に事情を話し、エンリの検査を即時行わせた。検査は何の問題もなかった。二人は車に乗り、本部へと向かった。その道中に軽食と睡眠を済ませたものの、戻は本部の自室に着いた途端にベッドへ転がり、エンリと二人で眠った。
次の日の朝。本部、隊長室。
「それで、君は私が苦労して手に入れた高性能ゴーグルを失くした上に、ボイスレコーダーも失くし、結果、視覚的聴覚的情報の何一つも得られなかった、と。一矢の件は残念だったが、それはそれ。これはこれ。分かっているね。ダーク君?」
嫌味ったらしく問い詰める日村。白髪交じりの黒髪の老人できっちりとしたスーツを着て、眼鏡を掛けている。戻はバツが悪そうに言う。
「やめてください、恥ずかしい……。……分かってはいます。でも、エンリから旧首都や骨の情報を得ることはできます」
「だが、か弱い少女として保護することは望まず、むしろ君と前線で戦わせるという無茶なことを望む、と?」
「はい。僕も同じようなものでしたから、いけるでしょう? エンリも戦うことを望んでいます」
日村は手を摩って考えていた。
「あの時とは状況が違う。君の場合だと、他の活動団体も少なかったからできるが、今はそこそこ存在する。どうやら最近の我々は他よりも浮いているらしい。この間の装備を見れば理解は容易いだろう? もっとも、それは我々の上との対立やせめぎ合いのためでもあるがね」
戻はじっと見つめる。日村は水を口に含み、続ける。
「……まぁ、私としては知った事ではない、と言ってやりたいものだ。一応、エンリ君の件はこちらで上手いことやっておく。調査も誤魔化しておこう」
「……ありがとうございます。それとすみません。わがまま聞いてもらって」
「気にするな。どのみち向こうも同じようなことをやっているんだ。……さて、エンリ君の身体調査が終わったようだ」
エンリが女性に連れられて入ってきた。女性は日村さんに軽くお辞儀してそのまま部屋を出た。
「レイ! 飯はまだなのか!」
「飯の前に一旦、お風呂に入らせてくれ。エンリも入っておけよ」
「お風呂って何だ? 喰い物か?」
戻は風呂という概念を知らないことに戸惑いを覚える。
「日村さん。香凛は起きてますかね?」
「香凛君はまだ寝ているだろうな。昨日は夜遅かったからね。それと知っている通り、呼んでも絶対に起きない。あぁ、そうだ。今日の午前十時半に会議室に集合だ。エンリ君をみんなに紹介する」
「了解です。(氷さんは流石に頼めないかな。どうしよう……)」
戻がその場で悩んでいると、日村が口を開く。
「この時間帯なら誰も男湯には入らん。歳も近いんだから大丈夫だろう」
戻はしぶしぶエンリを連れて、浴場へ向かった。
着替え場で服を脱ぎ、大事なところをタオルで隠す。戻はエンリにも同じようにしろと言って、エンリは下だけを隠した。戻はエンリに前を歩かせ、浴場に入った。
戻はエンリをバスチェアに座らせ、目を瞑らせた。お湯で髪を濡らす。髪を洗う前に、後ろ髪にこびり付いた泥が気になって、鏡の前に置いてあるハサミで切り落とし、周りを整える。我ながら器用にできた、と自画自賛し、ハサミを元の位置へ戻す。
そうしてシャンプーでシャカシャカと泡立てる。エンリも「おー、おー」と気持ちよさそうな声を出していた。お湯で一気に流し、しっかりと泡を落とす。コンディショナーも同様にやり、慣れないながらも洗顔もやった。
「体は自分で洗えるだろ? あとは自分で――」
「洗い方なんて知らない。洗って?」
戻は仕方なくタオルを取って、泡立ててからエンリの腕を優しく撫でた。
「こうやって全身をあわあわにして、最後お湯でしっかり落とす。さすがに自分でやってくれ」
「うん、分かった。ところでこのハサミは何だったんだ?」
エンリが目を丸めて聞いた。
「ああ髪を切ったんだ。泥がこびり付いて取れそうになかったから。大丈夫、こう見えても手先は器用でね。美容師にもなれるくらいさ!」
意気揚々という戻。エンリはまだ状況を掴めていなかった。
「誰のを切ったの?」
「えっ? エンリのだけど。ほら後ろ髪」
「は? 私のを? ……ホントだ。…………何してんだ! このバカっ!!」
エンリは急に怒り出し、ハサミを手に取った。戻はびっくりして後退る。
「よくも髪を切りやがったな。……レイ、お前のも切らせろ……」
エンリはハサミを振り回し、戻を襲う。戻はスパンと耳の上の髪を横一文字に切られてしまった。床に手をつき、切られ落ちた毛先のやや赤い黒髪をしばらく眺めていた。エンリはそれで満足したのか、言われた通りに体を洗って、湯船に浸かった。しばらくショックで動けなかった戻だったが、エンリに急かされすぐさま体を洗い、湯船に浸かった。
体が温まったところで湯船から出て、エンリを前に歩かせる。体を拭いてと頼まれ、仕方なく拭いた。部屋から服を何着か持ってきた戻だったが、エンリは迷うことなくパーカーを選んだ。サイズはやや大きかったがエンリ自身は特に気にしていなかった。そして短パンも迷わずに履く。
「(下着とか持ってないからな。あとで香凛にでも頼むか。買ってこれないし。……靴下はちゃんと履くんだな。どういう思考回路なんだ。寒くないのか?)」
食堂に着くと、エンリは厨房へ飛び付いてのぞき込んでいた。
「食券ないとおばちゃんも困るから。こっち来て」
「早く、早く! なんでもいいから喰わせろ!」
箸使えないよな、と戻は思い、オムライスを頼むことにした。戻はカレーライスにした。
食券をおばちゃんに見せ、エンリを先に席へ着かせる。おばちゃんも先にエンリの方を出して、戻は持って行った。
「おお! この黄色いのと赤いのは何だ! うまそうだ!」
エンリは手で掴んで食べ始めた。出来立てで熱いはずなのに、構わず口へと頬張った。
「(野生児だ。昔の自分の手で食べてたなぁ。なつかしい)」
戻はエンリにスプーンを見せる。
「これ使って食べるんだよ。こうやって掬って口へ運ぶんだ」
「(もぐもぐ)そうなのか。器用だな。……やってみるか」
ベタベタな手でスプーンを持ち、頑張って食べている。その姿を横目に、戻はカレーライスとお手拭きを何枚か取って、エンリの対面に座った。エンリは戻のカレーライスに興味津々だった。
「その茶色いのと白のは何だ! においもこっちのより強いし、なんだかうまそうだ! よこせ」
「はいはい。じゃあ、ほら」
戻はカレーライスをスプーンで掬い、エンリに食べさせた。エンリはパクっとスプーンを口に入れた。が、すぐに飲み込んで、舌を出した。
「なんだこれ、辛い……。舌が痛い。よくもこんなもんを。喰わせやがって……」
反応が昔の自分と重なり、戻は微笑ましく思った。その笑みに悪意がないことにエンリは複雑な心境だった。
「(昔は苦手でも、慣れてくるとおいしくなっていくもんなんだよなぁ)」
エンリはあっという間にオムライスを食べた。戻が口と手を拭いてあげると、すぐに食券へ行き、またオムライスを頼んだ。エンリは結局、三回お代わりした。
食事を済ませた後、戻とエンリは歯磨きをしてから、部屋を紹介した。
「ここがエンリの部屋だよ。机とベッドはあるけど、それ以外はほとんどないな。まぁ、なんかいるなら遠慮なく言って?」
「え? 私だけがここなのか? なんでだ? 私はレイと寝るけど?」
「そういうのはあんま言うな。……まぁ、いきなり一人で過ごせってのも無理があるか。(あとで香凛に相談しよ)」
純粋な眼で戻を見つめるエンリ。その目線が少しばかり戻の心には痛かった。
◇
予定時刻の十時半になった。エンリを先に日村に預けた戻は、会議室の定位置に座った。他のメンバーは既に座っていた。
「任務お疲れ様―♡ 今日も良い感じの髪だね。次の任務は私と行こうよぉ」
戻の右側の席に座る谷川香凛が抱き着く。戻より三つ上の二十二歳で、よく戻の世話をしている。赤みがかった茶髪で薄灰色のセーターを着ている。
セーター越しに押し付けられる大きな胸の感触を無視しつつ、軽くあしらおうとする戻。そんな戻に助け船というよりも、気づかいをする戻の対面に座るスーツ姿の茶髪で小太りの男性、宍戸尽が言う。
「香凛さん。戻くんは一矢くんをこの任務で亡くしてるんですよ? 少しは自重してください」
「えっ……。そうだったの……。そっか。ごめんね。そうとは知らず、軽薄なこと言って……」
「別に、大丈夫だよ。落ち込みはしたけど、くよくよしてばかりしてらんないし」
戻はそう言うも、周りは戻が落ち込んでいるように思えた。
香凛の右隣りに座るモノトーンな服装で肩までかかる濃い青髪の女性、晴山氷が口を開く。冷たい視線を向けて。
「戻、一矢の仇はちゃんと取れたの? 敵は相当強かったんでしょ? 私が代わりに今度の任務で――」
「氷さん。私怨で行動することは控えた方がいい。一矢さんを以てして、それでも倒せない骨となれば、殊更に」
氷の前に座る紺色のシャツ姿で眼鏡を掛けた男、雨宮弘和が遮った。氷は睨むように雨宮の方を見ている。
「別に大丈夫でしょ。相性的にも一矢で負けるなら、氷ちゃんだと勝てる可能性が高くなる。私怨交じりでも氷ちゃん強いし」
頬杖を突きながら、雨宮の隣に座る弛んだ服装のチリチリとした髪型の男性、虫明鳴牙が言った。氷と同じ大学の一つ下の後輩である。
そして扉から入ってきたスーツ姿の老人、日村憲和。この民間警備団体『HーMK.PSO』を創設した当人であり、約三十年間続けている。そのため政府への融通や他団体への顔が広い。
「さて、皆集まっているな。それでは定例会議を始めるとする」
日村は眼鏡を外し、タブレットへ目を向ける。
「まず、初めに一矢君と戻君が行った旧首都調査任務についてだが、耳が早い君たちはもう知っているだろうが、改めて一矢君が殉職したことを伝える。一矢には色々と世話になった者もいるだろう。葬儀については後日改めて伝える。今は黙とうを行なおう」
全員が目を瞑り、一矢へと祈りを捧げた。
「さて、その調査任務だが、一般というより政府にはなかったことにした。ので、そこのところはよろしく頼む。そして非常に残念ながら、機器類からはデータを持ち帰ることができなかった。敵との戦闘ですべて破損し喪失。あれは結構苦労して手に入れたんだがねぇ」
戻は下を向く。雨宮がそっと手を挙げて、質問した。
「日村さん。『機械類からは』ということは、別の手段ではデータの収集ができたということですか? ならば、そのデータを――」
「勘が鋭いね。まぁ、そういうことだ。ということで、入っておいで。エンリ君」
エンリが扉からぬっと姿を出して入ってきた。そして、片手を挙げて「エンリだ。よろしく」と、おそらく仕込まれたであろう自己紹介をした。
香凛は驚いた様子で戻を見る。事情を知っている宍戸以外の他のメンバーも驚きを隠せないでいた。
「えっ、何この子。きゃわいい♡ 耳みたいなのがピコピコしてるぅー。ちょーカワイイ!」
「驚いた。まさかあの東京でまだ人が生きているとは……」
「信じられない。戻さん。これはこれでものすごい問題でもありますよ」
「マジか。……保護施設員がついていないってことは、まさか……」
日村は不敵な笑みを浮かべて言う。
「そうだ。これから命を共に賭けて戦う、新しい仲間だ。ただ、これは何も一矢の穴埋めなどでは決してない。私も初めは反対したが、戻君がどうしてもと推薦するものでね。皆、仲良くするように」
戸惑いを隠せない面々だった。エンリも見た目は専ら子供であるため、仕方ない反応である。香凛が戻の腹を肘で小突いた。
「こんな子に命を懸けろっていうのは、少し酷じゃない? まぁ、レイもあれくらいの歳で任務をやってたけど、あくまでも男の子だからできたことで、女の子には……」
氷は日村を見て、やや大きめの声で言う。
「私は反対です。日村さん。戻。後方支援に置くのならまだいい。ですが、骨たちの前に放り投げて、骨を殺せというのは必ずしもさせなければなりませんか?」
雨宮も小さく頷く。口元に手を当て、思慮を巡らせている。エンリはいつの間にか戻の左隣の席に座って、そして不思議そうに言った。
「なんだ? 骸骨なら何体も喰ってるぞ」
その言葉に皆が絶句した。日村は眼鏡を掛けて、皆の様子を見た。
「まぁ、そういう反応をすると思っていた。皆の倫理観が壊れていなくて安心した。さて、戻君。この状況でこれまでに起こった出来事、調査の報告をしてもらおうか」
「はい。それでは、まずはタブレットにある地図を見てください。僕たちの調査隊は――」
戻はこれまでに起こった出来事を、順を追って説明した。骨の集団、都庁内の捜索、一矢の死、骨二体との戦闘、エンリとの出会い、老人の骨との戦闘。
説明を終える頃には皆が皆、戻に言いたいことだらけだった。まず口を開いたのは雨宮だった。
「戻さん。言いたいことは山ほどあるが、二つだけ。一つは何故、都庁の捜索を? 資料集めと言っても時間が経ちすぎているため、調査自体の効果が薄くなってしまう。時間としても勿体ない。二つは、君も私怨で動いてしまって、自らの危機を招いている。どんなに辛くても、現実を見て判断すべきだ。それがたとえ最も大事な人を失おうとも。まとめると非合理的な行為は避けるべきだといっておく。とりあえずは以上だ」
次に口を開いたのは香凛だった。
「とにかく、生きていてくれてよかったよぉ。エンリちゃんも頑張ったね。えらい。でも、一矢くんが死んだのは信じられない。よっぽどの隙をつかれたのかなぁ。そんなに資料を集めてたの?」
宍戸は暗い表情で言った。
「僕ももう少し探知機や装備類を整えられてたら、一矢くんを助けられたかもしれない。僕がもっと、政府や他の団体にかけあえてたら……」
鳴牙がフォローするように言った。
「装備類は仕方ないって。だとしても、ほんと信じらんねーな。一矢が不意打ちで、それも一撃で殺されるなんて。戻もよく戦ったよ。ナイスファイト。エンリちゃんも。……老人の骨か。かなり厄介な能力だな」
氷さんも俯きながら戻の方を見て言った。
「戻、一矢の仇はちゃんと取れていたんだね。エンリちゃんもありがとう。老人の骨にはよく勝てたと思う。エンリちゃんもすごいが、戻も良く見抜いた。一対一じゃ、たぶん死んでいただろうな」
「同じ老人として、嫌なものだ。私もああはなりたくない」
日村は首を横に振っていた。エンリは大人しく黙って聞いていた。ちょこんと座りながら、眠る訳でもなく真面目に。
「どうしたエンリ? いやに大人しいな。腹でも減ったか?」
「……なんか、懐かしいのかな? 不思議な感覚だ」
しおらしく行儀のいい姿のエンリ。鳴牙は興味津々な様子で戻に尋ねる。
「それでさ、エンリちゃんは骨の能力を手にできたの? 老人の能力ありゃ、タイマン最強だ」
「いや。手にはできなかったですね。他の骨二体も同様に喉仏を摂取したんですが、同じく」
「では、エンリさんの能力としては聞く限り、爪、牙、火、身体強化、これくらいですね。……これなら、前線でも十分に戦えなくないですね。それに加え、戻さん以上の戦闘経験とセンス、私達以上かもしれません。単独任務でなければ、戦力として十分です」
「弘和君もこう言っている。私もそのあたりは問題ないと思っている。他の人はどうかな?」
日村は氷へ目を向ける。
「しかし、骨を何体も殺している事実があるとはいえ、私は普通の人間の暮らしをしてほしくはあります。もし任務に参加させるなら、雨宮さんの言う様に、最低でも一人は同行させるべきだと思います」
宍戸も続けて言う。
「僕は戦闘とかは怖くてできませんので、任せます。後方支援にならいつでも来てください」
鳴牙も言う。
「まぁ、いいんじゃない。子守は嫌だから、他の人と任務に行ってくれよ?」
香凛がエンリの方を見て言う。
「エンリちゃん次第かな。エンリちゃんとしてはどう思ってるの? 骨を殺すことを」
皆がエンリに注目した。そしてエンリは堂々と宣言した。
「骸骨は私が喰う! どんな骸骨でも喰い殺す! そんだけだ!」
香凛は「昔の戻を思い出すなぁ。こんなこと言ってたよね?」と微笑んだ。全員の賛同を得られ、日村は会議を進める。
「よし、それでは改めてよろしく。エンリ君。生活のことは戻君に任せるから、任務も基本的には戻と同行してもらおうかな」
「あっ、その件なんですが、日常生活はさすがに香凛に見てもらうのはダメですか?」
氷はムッとなって戻を見た。
「なんで私は除外されてるの? 戻」
「いや、氷さん。忙しそうだし、任務も一人で行くことが多いから……」
「香凛だってこの間の任務は一人だった。……生活くらい面倒を見れる」
「私は全然オッケーだよ。服とか着せてみたいし」
宍戸が優しくエンリに尋ねる。
「エンリちゃんとしてはどうなの? 誰にお世話されたいの?」
「戻。戻しかよく知らんからな」
「いや。困るんだけど。お風呂とか、服だとか、まじで分からん部分が多い。なので、二人にそこら辺を任せます」
香凛と氷の二人は了承した。エンリはそのあたりよくわかっていない様子だった。
「話は済んだな。それでは、次に弘和君と鳴牙君の名古屋の調査報告をしてもらおうか」
会議は昼過ぎまで続いた。それぞれの任務報告を行い、次の任務予定地の立案、大まかな編成をした。氷が珍しくも戻と任務をしたい、といい香凛がその任務に同行したいというも、あっさりと拒否される。結果、来月の仙台での任務は戻、氷、エンリの三人で行うこととなった。
◇
会議が終わり、香凛が戻とエンリを昼食に誘った。
「来月の任務、コオリちゃんに取られちゃったよぉ。私も行きたかったのに、コオリちゃん、理詰めしてきて怖かったぁ。『雪ではあなたの能力が半減するでしょ。それに私との能力の相性も悪い』って、そんなに言わなくてもいいのに。火力だって弱くないのに……。それでさ! お昼、外で食べない? エンリちゃんのお洋服とか買いたいし。エンリちゃんもいいでしょ?」
戻は氷を誘おうとしたが、忙しそうに資料を見ながら部屋を出ていってしまった。
「エンリもいいか? 外で食べても」
「いいぞ。今度はどんなうまいもんを喰わせてくれるんだ?」
「やったー! ファミレスにしよっか」
大通りへ出て、少し歩きファミレスに入った。休日とあって家族連れで溢れていたが、意外とすぐに席に着くことができた。香凛がメニューを眺めている。
「夜はお寿司にしよ! 日村さんのあの寿司屋に行こうよ」
「あそこものすごく高いぞ? 久しぶりに食べたいけど……」
「すし? うまいのか?」
「エンリちゃんも行きたいよねー? 日村さんに奢ってもらお♪」
タブレットを使って注文を済ませる。エンリと香凛はすぐに打ち解けたのか、二人とも楽しそうだった。
「そうだ。お洋服はどうしよっか? レイはシャツとかしか着ないし、そういう意味ではゆる系着てるメイガくんってうちの男性陣の中では特殊だね」
「虫明さんね。確かに、よくわかんないけどたまにかっこいいよ。でもスーツもシャツも良いと思うけど」
「コオリちゃんはモノトーン系だもんね。髪の色は青なのに。エンリちゃんはどんな服が良いの?」
「これ」
エンリは今着ている服を引っ張る。
「えぇ? もっと可愛いのあるのに。私の着てるセーターとか似合いそうだけどなぁ」
「支給される迷彩服でいいんじゃない?」
戻が冗談交じりに言った。
「あれはダサいよ。機能性だけじゃん。そんなんならそこら辺の布でも巻いてればいいのに。折角の服なのに」
料理をロボットが運んでくる。料理を取って食べ始めるも、エンリはフォークや箸をうまく使えない。手掴みで食べ始める前に、香凛が食べさせていた。
食事を済ませ、エンリの服を買いに行くために、駅へ向かっていると、エンリが不意に止まって振り返った。
「骸骨だ」
戻と香凛は顔を見合わせて、エンリが指した方を見る。そこには仲良さげに歩く夫婦とその間には六歳くらいの女の子の姿が見えた。
「エンリちゃん、どの人が骨なの? レイ。一般人にしか見えないよね?」
「ああ。普通の夫婦だ」
「あの男の方。間違いなく骨だ。においでわかる。喰っていい? あれ」
「待っててね、エンリちゃん。あと、待てて偉いね」
香凛はその夫婦に近づいて、柔和に話しかけた。戻もエンリもやや後方で待機していた。
「すみません。私こういう警備団体なんですが……」
香凛は名刺を見せ、続ける。
「不躾な質問で申し訳ないのですが、『人体把握検査』を受けられていますか? もしよろしければ証明書などを見せていただけると助かるのですが」
その夫婦は戸惑った様子だった。女の子も母親の後ろに隠れて、香凛を見つめていた。父親の方が丁寧な感じで答えた。
「すみません。証明書は持ち合わせていなくて。何かあったんですか?」
「いえ、特に何かあったわけではなくてですね、最近物騒な事件が多くて、見回り要請を受けたんですよ。西区の方では暴徒や強盗が暴れてましたからね。ところで、お住まいはこの辺りなんですか?」
「住まいは南区の方です。今日は久々に休暇が取れたので、家族でショッピングにでもと思って、ちょうどそこの店で昼食を取ったばかりですよ? そちらも、ですか?」
戻とエンリは分かりやすく香凛の近くで会話を盗み聞きしていた。
「……あはは、そんな感じですね。すみません、手間を取らせてしまって。それでは、失礼しま――」
「お前、骸骨だろ? 人間に溶け込んで何してるんだ?」
エンリがその父親の前に立って言い放った。「えっ?」と困惑を隠せずにいる。ただ一瞬、母親の方がエンリを睨んでいるようなキツイ目つきだったのを戻は見逃さなかった。
「えっと……この子は、一体何を……」
「エンリ、ここでは流石に、な。困っているだろう? ホント、失礼しました」
「レイ。骸骨を喰い殺すんだろ? ならここで喰ったって問題ないはずだ」
香凛が察して止めるよりも早くエンリは、その父親の頭を爪で抑えつけて首を喰い千切った。血が噴き出るでもなく、本当に骨だった。
エンリがバキッバキッと骨を噛み砕いている。倒れたその父親は動かなくなって、手足の先から塵となっていく。母親の後ろに隠れていた女の子が父親に寄って、「ぱぱ! ぱぱ!」と揺すりながら泣いている。
この光景が自然なはずもなく、辺りが騒然としてきた。駅の近くということもあって人通りが多かった。ただ一瞬の出来事だったため、撮影などはされなかった。幸いにも監視カメラは一週間ほど前の暴動の影響でまだ復旧していなかった。ただ、目撃者はいた可能性があった。香凛は眉を顰め、ひそひそと戻に話しかける。
「どうしよっか。警察呼ばれたよね、たぶん。でも、奥さんの方もびっくりしたんじゃないかな。旦那さんがまさか骨だったなんて」
「いや確信犯だろ。骨がどうやって生殖すんだよ。ていうか、できんのか? いずれにせよ、エンリを睨んでた。ホントに知らなかったら、叫び声くらいあげるだろ」
「あっ……。なんて言ってあげたらいいんだろ。完全に私達悪役だよね。呪われそう」
母親は突っ立ったまま、腹を撫でていた。そして骨が消えた跡を見続けていた。エンリが戻と香凛を見上げている。
「よくもやってくれたなぁ? エンリ。まったく。……とりあえずはここにいようか。警察になんて言い訳するかな。あと、『喰った』なんて絶対言うなよ。あくまでも破壊し消滅させたことにする。いいな?」
「うん。喰えればなんでもいい」
五分後、サイレンの音と共に警官二名がやってきた。見知った顔が見えて、互いに苦い顔をした。
「またお前らか。と、見ない奴もいるな。人が襲われているとの通報があって駆け付けたが、血も争った形跡もない。どういうことだ?」
警官の有田草次が戻を見てめんどくさそうに言う。戻もその感じを分かっていて手短に話す。
「骨を駆除しました。人目につくところでやってしまったことは謝ります」
「それで、この子供とそこの泣いてる子供、そしてそこの女は何だ? 被害者か?」
有田の相棒である貝塚翔が尋問調で聞く。香凛はやさしく答える。
「こっちの子はエンリちゃんで私達の仲間だよ。そっちの二人は、その、骨の被害者、なのかな? 騙されていたみたいな?」
有田が母親の方へ詰め寄る。
「本当なんですか? 奥さん。くわしく説明をお願いできますか?」
「はい……。私の夫だと思っていた人が、『骸骨』だったらしくて、そこの人たちに助けてもらいました。私も全然しらなくて、何が何やら……」
「そうですか。それで、骨はどうなりましたか? 彼ら、ちゃんと食べましたか?」
「いいえ。壊して、最後は塵になりました。本当にびっくりです」
「(あの母親、食えないな。向こうにも子供がいるもんな)」
戻は抱いていた疑念が確信に変わった。香凛はそのあたりまだ理解していなかったからか、どうして嘘ついてくれたんだろうと、疑問符が頭の上についていた。
有田もここまで一貫した供述をしたために疑う余地なしと判断した。ニッコリと笑う。
「なら良かったです。翔、連絡入れとけ。問題なし。事後処理でよろし。あと、この奥さんと子供を署へ連れていけ。一応、検査とメンタルケアが必要だ。そういうことなんで、一応家まで送らせてもらってもよろしいですか?」
「分かりました。お願いします」
貝塚は親子をパトカーの後ろに乗せる。
「有田さん。そいつらはどうするんです?」
「こいつらの処理はここでする。先に行ってろ」
貝塚が車を出し、見えなくなってから有田は三人を人気のない方へ連れて行った。
「お前らなぁ、一応は政府から許可貰ってやってんだろ? 事故報告でもいいから、もっと目立たずにやってくれ。政府としても、骨の情報は公表してないんだから」
「はいはい、ごめんなさいね。有田君。いつもお仕事お疲れ様です」
香凛がそれとなく宥めて、説教の時間を減らそうとする。有田は煙草に火をつけて、煙を靡かせる。エンリが有田のことを見つめると、有田と目が合う。わしゃわしゃとエンリの頭を撫でまわした。
「このガキはなんだ? 孤児か? 物好きだな、お前らのとこのトップも。あ、あと、本当に食ってないだろうな? 噛みついたって通報だったもんでね。てっきり無許可での摂取をしたもんだと思ったよ。それで香凛さん。今夜食事でもどうです?」
いつものように香凛を食事に誘う有田だったが、なんの迷いもなく断られてしまう。
「また今度ね。今日はエンリちゃんとご飯行くから」
「まったく、いつなら空いてるんですか」
しばらく戻と有田、香凛の三人で雑談をした。一方は政府側の情勢や現在の獲物について探りながら。もう一方は団体の不審な動きや情報について探りながら。エンリはつまんなさそうに聞いていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
戻は19歳で、エンリは14歳くらいですかね。うん。アウト!
因みに他の仲間の年齢は、
谷川香凛 22歳
晴山氷 25歳
虫明鳴牙 24歳
宍戸尽 32歳
雨宮弘和45歳
日村憲和 61歳
ですね。名前覚えるの大変だよね~。