<第二話> 少女
大男は両手で叩きつけるも、するりと躱され、少女は左腕を振るう。すると大男の首がまるで大きな爪で切られたようにぽとりと切れ落ちた。少女は大男の首をその断面側に齧りつき喉仏をバリバリと喰い、あっさりと殺した。
その様子を見て、震えるガリ骨は金切り声を上げて威嚇する。少女はガリ骨が知覚できない速さで喉元を具現化した牙で噛みつき、殺した。
少女は骨たちが塵となって消えていく前に、腕や足の骨をバキバキと噛み砕きながら喰らっていた。
戻はこの異様な事態に戸惑いながらも逃げる絶好のチャンスだと思い、切られたふくらはぎを治し、その場を去ろうとした。が、少女に感づかれそのまま地面に抑えられてしまった。首元へ生ぬるい吐息がかかり、喰われる、そう思った時だった。
「お前。変なにおいがする。混じったにおい。骸骨のにおいだけじゃない。人間か?」
少女は目を合わせてきた。もっとも戻にとっては目が合ったときにようやく、その正体が人間のそれも少女だと理解できた。茶色の中に黄色が混じった瞳。口元には大きな傷跡がある。髪はやや灰色がかっていて、耳の上で天へと向けて跳ね上がっている。まさしくそれがオオカミのようであった。パーカーなのかわからないほどにボロボロで穴が開き、所々千切れている服。ズボンも短パンなのか、千切れただけなのかわからない。だが、肌は綺麗だった。靴もしっかり履いていた。戻はジロジロと服装を確認し、人間なのかと疑問に思っていた。
「お前、何をジロジロと見ている? 骸骨か? なら喰うぞ」
「いや、人間だよ。……よかった、助かったよ。君、どこの部隊かな? こちらは一人やられてしまって、それで……。とにかく、助かった。ありがとう」
「うん? ブタイ? よくわからんが、お前、人間か。……私以外にもいたんだな。それにしてもお前、弱っちいな。よく生き残れたもんだ」
「はは……。ところで、さっき骨を食べていたけど、あれは許可を取って食べたのかい?」
「許可? なぜ? 生きるには必要なことだろ?」
調査隊において骨の捕食許可を知らない者はいない。それほどまでに骨とは諸刃の剣なのである。そのことを戻は尋ねたのだが、知らないとあっては骨の可能性を疑うほかなかった。
「(この少女はここに住んでるのか? まさかな。何十年と放置されてるここで人間が突然生まれることなんてない。骨の可能性もあるな)とりあえず、ここにいてくれないか? 荷物を取ってくるから」
戻は一先ず銃を探しに広場へ出た。が、話を聞いていなかったのか少女もついてきた。
「その筒はなんだ? 武器か?」
「あぁ、そうだよ……」
荷物は瓦礫に潰されることなく無事だった。が、たった今、少女に漁られている。勝手に中身を出して、携帯食料の袋のにおいを嗅いでいる。まるで犬のように。
「お前、これはなんだ? なんかうまそうな匂いがするぞ!」
「あの、お前じゃなくて、倉井戻っていう名前があるんだけど。あとそれは携帯食料ね。君の名前は何だい?」
「名前? そんなものはない。私は私だ。倉井戻、それよりもこれ喰っていいか? 我慢できない」
「ああ、別に構わないが、全部は食うなよ?」
少女は聞くよりも早くすでに口に入れていた。そのあまりの速さに戻は何袋か自分のポケットにしまった。
「(名前がない、か。骨だとしても、ここまでの知能があるものなのか。というか、骨は袋ごと飯を食べるのか? まじか。食べれる素材らしいが、食べるものだとは思えないだろ、普通。……名前か。せっかくだしつけてあげよう。…………エンリ。エンリとでも呼ぼうか)」
戻は軽く咳ばらいをして、エンリに話しかけた。
「名前が無いのも呼びにくいから、エンリって名前で呼ぶね。それで、エンリ。君はここで暮らしていたのかい? 家族はいなさそうだけど」
「んあ? 私は昔からずっとここで暮らしていたぞ。骸骨たちを喰らって生きてきた。でも、今日これを喰って思ったんだが、骸骨たちよりもうまいものがあったとは……。私は感激しているぞ。倉氏たい、もっとこれを喰わせろ!」
「倉井戻ね。レイでいいよ。はら、カバンの中にまだあるから、食っていいぞ」
戻はエンリの生存能力に感心しつつも、別の期待感を持っていた。それはここ東京についての情報を持ち、かつ骨の発生原因を究明に役立つ可能性である。戻としては一矢の願いである、東京をもう一度人の住める街にすること、それを叶えるためにもエンリを保護することにした。無理に笑顔を作って戻はエンリに話しかける。
「それより僕についてくれば、おいしいご飯がもっと食べられるよ? だから僕と一緒に来てくれないかな?」
まるで誘拐犯のような言い回しだった。エンリは夢中で喰っているためか、戻の言葉を無視した。戻としても聞こえていないことに安堵して、さっきよりもはきはきとした声で話しかける。
「ところで、言葉は誰から教えてもらったの?」
「知らない。記憶にない。気付いた時から喋ってた。骸骨たちも喋るし。意外とあいつらも命乞いとかするから。それより、私、決めた! レイについていくぞ!」
「そっか。わかったよ。こっちには美味いもんがいっぱいあるからね」
「そうなのか! 他の人間はうまい飯を作るのが得意なんだな!」
テンションが上がっているのか、オオカミの耳のような部分の髪がピコピコと上下している。戻は無性に撫でたくなるのを抑えて、荷物を背負った。
「(飯に釣られてだが、ついてきてくれるようだ。これで、任務としても収獲があったよ、一矢)」
安心からか戻はどっと体が重たくなるのを覚えた。
◇
都庁を広場から見上げ、戻は静かに手を合わせる。
「何やってんの? 手なんか合わせて。もしかしてここが住処じゃないだろうな」
エンリは怪訝な表情で黙祷をする戻を見る。戻は気にせず、祈りを捧げる。
「(今までありがとう。一矢。身体を持って帰れないことをどうか許してほしい。でも、お前の仇はとれたよ。いつか絶対、またこの東京で人が暮らせるように、一矢の描いた夢を叶えるよ。だから安らかに妹とお爺さんと一緒に眠ってくれ。……もっといっぱい話したかったなぁ。今まで本当にありがとう。あの日救ってくれてありがとう。友達になってくれてありがとう。……僕はもう行くよ。必ず帰ってくるから)」
戻は目を開けてエンリの様子を見る。エンリはじっと戻を見ていた。不思議そうに、もの言いたげに。
「泣いてるのか?」
「いや、怒ってる」
「ふーん。で、何してたの?」
「……友達が死んだのさ。唯一の友達。だからその弔い。――あぁ、安らかに眠ってねと祈ることだよ」
「ん? それで喰ったのか? そいつを。弔うならしっかり喰ってやれよ?」
「僕に食人趣味はないよ。……よし。それじゃあ行こうか。エンリ」
戻には一矢の死体を見るほどの精神的余裕はなかった。かといって、白骨化した未来の一矢を見ることも今は考えていない。エンリをつれて帰ること。これだけが今の戻を支えていた。
崩れた都庁を横目に戻とエンリの二人は歩き出した。曇天だった空は少しばかり隙間が生じていた。
日が暮れ、辺りは真っ暗になった。戻は元来た道を歩かず、別ルートを選択した。補給位置を考えた結果であり、それもエンリが携帯食料を大方喰ったためであった。東高円寺駅に二人は入る。階段を降りてすぐに携帯食料の入った段ボール箱が置かれてあった。前の調査隊が置いたものである。
「このまま進むのは危なさそうだから、今夜はこの辺りで休むことにするけど、いいよね?」
「いいぞ! こんなところに飯があったのか! はやく来るべきだったな」
エンリが段ボール箱を漁り始め、袋を開けずに食べ始める。戻はもう一つ階段を降り、広い場所で荷物を広げた。斜め向きにある改札口の前で火を起こし、暖を取る。エンリも携帯食料を大量に手に持って戻の対面に座った。
戻も携帯食料を取り出し、袋を開けて食べる。匂いも味もあまりしないクラッカーがそんなにおいしいのかと、疑問に思いながら咀嚼する。
「エンリ、火とか怖くないんだ」
「別に。私も火を使えるからな」
「さっきの骨たちの能力は継承したのかい? 見た感じだと剛力とか爪とかだったと思うけど。……ていうか、火使えるんだ」
「ん? 継承? 骸骨から? 毎日喰ってるが、この爪とか牙とかしか使えないぞ? それと思ったんだが、どうしてエンリなんだ? 私は私だ」
「私って呼ぶとなんか悲しいじゃん。全員に当てはまる一人称なんだから。名前はあった方がいい。名前の理由はなんとなくだよ。嫌なら変えるけど……」
「まぁ、いい。エンリ。私はエンリだ!」
エンリは立ち上がり両手を上げて宣言した。ボロボロの服の下には晒しのような布がまかれていた。橙色に照らされながらも、隙間から見えるその肌には傷がなかった。
しばらく二人は食事をしていた。
コツコツと入ってきた階段を降りてくる音が響く。戻はそっと火を消し円柱の柱へ身を隠す。ゴーグルの暗視機能でエンリを見るも、不思議そうに戻を見ていた。
「骸骨。喰わなくていいのか?」
「バカっ。なら早くこっちにこい」
戻は小さい声でエンリを呼びながら、下りてくる骨の観察を続ける。
コツ、コツ、コツ、コツ。
一段一段ゆっくりと下り、ついに二人の前に姿を現す。
普通の人間と大差ない背丈、手足、姿形をしていた。外套を羽織り、帽子を被っている。口元は髭で覆われていた。老人さながらの姿だった。戻は息を潜め、観察を続ける。すると、老人は口を開く。
「お前さんたち。人間なんだろう? だったら、私を殺しておくれ。『喉仏』を壊しておくれ……」
最後まで読んでくれてありがとうございます。
この老人は一体なんなのか……。次回にご期待。