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9 ブリジットの育児


「公爵様」


 ブリジットが公爵家のエントランスに姿を現す。そこには、既に出勤の準備をしたオディロンが。


「今日は子どもたちの食事を一緒に作りませんか?」


「仕事がある」


 ばっさり。取り付く島もないとは、まさにこのことだろう。


「……わかりました。いってらっしゃいませ」


 馬車に乗る公爵をカーツィで見送り、ブリジットはその足で子どもたちが眠る部屋へ向かう。


 大きなベッドで身を寄せあって眠る子どもたちは、まさに癒しだ。


「……ブリジットさま……?」


 寝起きのとろんととろけたような口調に、ブリジットは笑みを浮かべた。


「おはようございます、セドリック」


「ん……おはようございます」


 そうして起き上がると、彼は隣に眠る弟の体を揺すった。


「ジェレミー、起きて」


「……んー……」


 気持ちよく眠っていたところを起こされたジェレミーが、泣きそうに顔を歪める。


「ジェレミー」


 そんな彼を、ブリジットは抱き起こした。


「大丈夫。ゆっくり起きましょうね」


 トントンと背中を軽く叩きながら起こすのは慣れたものだ。


「セドリックは、お顔を洗ってきてください。ジェレミーとシャルルは、わたしが起こしておきますから」


「はい」


 これもいつものことで、セドリックはベッドを降りた。


「ぶりじっとさまぁ……?」


「そうですよ。起きましたか?」


「……んー……」


 まだ開かない目を擦りながら、ブリジットにすりすりと顔を寄せる。母親として求められているようで、それがくすぐったくて。胸がきゅうっと締め付けられる。


「さ、セドリックが身支度をしていますから、ジェレミーも行ってきてください」


「……はぁい」


 ようやくジェレミーが動けるようになり、世話係に任せた。


 続いて、ゆりかごで眠るシャルルの番だ。こちらは朝の騒々しさをよそに、まだ熟睡中。


「シャルル」


 そっと声をかけて抱き上げる。乳幼児特有の体温が高い身体。ベッドで温められてさらに高くなっている体温にほっとする。


「ご飯の時間ですよ。起きましょうね」


 少し揺らすと、ぱちっと目が開いた。


「きゃう」


 ご機嫌な声。時折機嫌が悪い時もあるものの、シャルルの寝起きはいいほうだ。セドリックに似たのだろう。


「いい子ですね」


 楽しそうな笑顔に、ブリジットの頬も緩んだ。


「ん……」


 シャルルはブリジットの腕の中でもぞもぞと動き、次に顔を歪める。


「うー……」


「おしめが気持ち悪いですね」


「奥様、私どもが」


「大丈夫。わたしにさせて」


 手を伸ばす世話係たちにそう伝えて、手早くおしめを変えた。とたん、すっきりしたように明るい笑顔を見せてくれる。この瞬間がかわいい。


「ブリジット様」


 そこへ、セドリックとジェレミーが戻ってきた。


「朝食を食べにいきましょうか」


「はい!」


 ジェレミーが元気よく返事をした。




 子どもたちと朝食を食べ、庭園で遊ばせる。にぎやかに走り回るセドリックとジェレミーを見ながら、ふと疑問に思った。


「ヴィヴィ」


「はい、奥様」


 一言呼びかけるだけで、彼女はすっと近づいてくる。


「公爵様の前の奥様、クリスティーナ様は、子どもたちにどうかかわっていたのかしら」


 彼女がどう関わり、子どもたちとどう遊んでいたのか。それは、これから子どもたちと関わる中で、やがて母親について子どもたちが気になった時に、必要な情報ではないか。


「それは……」


 ヴィヴィが少し言いよどんだ。


「教えてちょうだい」


 それでもブリジットは引き下がらなかった。


「厳しい、方でした」


 ヴィヴィの言葉に、ブリジットはハッとした。


「セドリック坊ちゃまと、ジェレミー坊ちゃまは、公爵家を継ぐ者として厳しくお育てになられていました」


 そうだ。公爵とクリスティーナの結婚は、そのためのものだった。


 さすがに公爵家の使用人たちは、セドリックが王太子のスペアの役目を持っていたことも知らないだろう。しかし、公爵家の後継者であることには変わりない。


 まだ産まれたばかりの子どもを、誰もがそんな目で見ていたのだろうか。


「……そう」


 これでは、ブリジットがやっていることは正反対ではないか。


「で、でも、坊ちゃま方を褒めるのもとてもお上手でした」


「褒める?」


「はい。お勉強がちゃんとできたり、家庭教師の先生に褒められた時には、抱きしめたり頭を撫でたりして、褒めておられました」


 彼女なりの愛情表現だったのだろうか。


「でも……シャルル坊ちゃまをご懐妊されていた頃から、体調を崩されていて……。セドリック坊ちゃまとジェレミー坊ちゃまにはお会いになられていませんでした」


 ちゃんと愛に触れて育ってきた3人の公子。しかし、それが充分だったのか。やっぱり、公爵をこのままにはできない。


「王妃殿下にお手紙を書くわ。便箋とペンを持ってきて」


「は、はい!」


 そうと決まれば、行動は早かった。さらさらとペンを走らせる。


「これを急いで王宮へ届けてちょうだい」


「かしこまりました」


 きっと今日中には届くだろう。


「さて、どうなるかしら」


 シャルルを抱き上げると、


「あーう?」


 シャルルは楽しそうな声をあげた。


「ブリジットさま!」


 そこへ、ジェレミーが駆け寄ってくる。


「ブリジット様、なんだか楽しそうですね」


 セドリックが、ブリジットの緩む頬に気づいたらしい。


「みんなとの時間は、とても楽しいですよ」


 その言葉に、ジェレミーは恥ずかしそうに笑って、ブリジットの足にしがみつく。


「ぶりじっとさま、だっこしてください!」


「えぇ、もちろん」


 シャルルを世話係に任せ、両手が開くと、ジェレミーをぎゅっと抱きしめる。


「ふふ、ぶりじっとさま、いいにおい」


「あら、そうですか?」


「はい! だいすきです!」


 素直に甘えられるジェレミーを、羨ましそうに見つめるセドリック。母親の記憶が鮮明に残る彼だからこそ、思うことはあるに違いない。


「セドリックも来ますか?」


「えっ」


 ブリジットが片手を広げてあげると、セドリックは固まった。


「わたし、腕の長さには自信があるんです」


 何を言っているのだろう。と、自分でも呆れる。しかし、それを聞いたセドリックが、そっと近づいてくる。そして、ブリジットの肩にコツンと頭を当てた。どこかぎこちない、それでいて確かな、親愛の証。


「ジェレミーも、セドリックも、いい子ですね」


 まるで息子のように。ブリジットとして前世の弟たちにするように。2人の頭を撫でた。




 遊び疲れたシャルルとジェレミーを寝かしつける。2人がすっかり寝たことを確認して、音を立てないように静かに、寝室を出た。そこには、1人で机に向かうセドリック。


「セドリック」


 頑張る小さな背中に、そっと呼びかける。嬉しそうな笑顔が振り返ってくれた。


「セドリックは、寝なくても大丈夫ですか? 疲れていませんか?」


「はい」


 頭を撫でてあげるだけで、子どもらしい無邪気な笑顔になる。


「セドリックはいつも頑張っていますね」


 隣の椅子に座ると、セドリックは持っていた本を持つ。


「僕は、父上のような宰相になるのです」


「宰相に?」


「はい! それで、王太子殿下をお助けするのが、僕の役目です」


 こんな小さい内から、そう教え込まれているのだろう。万が一の時、彼が国王となってもおかしくないような、厳しい教育をされながら。


 キラキラと輝く笑顔が、子どもらしくて。悲しくなって、ブリジットは彼の頭に手を置く。


 ブリジットは10歳になるまで、ただの無邪気な伯爵令嬢だった。しかし、それから10年間。王太子を支える者として、教育を受けてきた。


 それ以上のものを背負う8歳の少年が、憐れに思えた。


「セドリックは、よく頑張っていますよ」


 その頑張りを、認めてあげる人間が必要だ。できるだけ身近に。それは、いずれ離れるブリジットであってはいけないのだ。




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