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7 招待


 その日、ブリジットの姿は、公爵家の馬車の中にあった。


(今頃は子どもたちと遊ぶ時間のはずなのに……)


 その不満は、声どころか顔にも出してはいけない。なにしろ、これから向かうのは王宮。あんなことがなければ、ブリジットの家となっていた場所である。


 そして、目の前にはなぜか公爵の姿。アランから聞いたのは、ブリジット宛に王宮から招待状が届いたことだけ。公爵が同行するとは聞いたが、その理由は聞いていない。


(監視のつもりかしら)


 そんなことをしなくても、問題を起こしはしないのに。


 確かに王太子には散々振り回されてきたけれど、王族に対する不敬罪や侮辱罪、ましてや暴行罪まではたらくほど恨んではいない。


(考えたって仕方がないわ)


 彼の思惑などわかるはずがないのだ。別のことを考えよう。たとえば、そう、突然王妃に呼ばれた理由など。


 王太子がしたことへの謝罪なら遅すぎる気がする。あれからかなりの時間が経ったから。一番可能性があるのは、牽制。王太子の正当性を主張し、悪評を立てないようにと息子を庇う可能性だ。


 王妃とは、王太子妃候補時代に何度か会ったことがある。とてもじゃないが、そんなことをしそうな性格ではない。が、可能性として全くないとは断言できない。


 王妃は強かな性格だ。今までは王族に入る予定だったため、身内として接していた。が、敵になったと見なされれば、攻撃されてもおかしくはないだろう。


(こっちも、考えてもわからないわね)


 公爵邸と王宮は近い。そんなことを考えている内に、馬車は王宮へ入っていった。




「王妃殿下に拝謁いたします」


 挨拶は身体が覚えている。カーツィをしてみせると、


「あなたは変わらないわね」


 と静かな声が聞こえてきた。


「王妃殿下もお変わりなく」


「そうかしら。さ、座って。公爵も」


 椅子を勧められ、王妃と向かい合うように座る。


「公爵まで同行すると聞いた時は驚いたわ」


(わたしだって驚きました)


「公爵様には本当によくしていただいております」


「よかった。あなたが公爵にいじめられていたらって心配だったのよ」


 冗談交じりに微笑む王妃に、ブリジットも笑みで答える。


「そうそう。わざわざ呼び出したりしてごめんなさいね。あなたとお話がしたいと思って」


「王妃殿下のお呼び出しとあらば、いつでも参ります」


(拒否する権利なんてないしね)


 隣に座る公爵を盗み見る。彼は紅茶やお菓子に手を付けるでもなく、ただ黙って座っていた。こちらも何を考えているのかわからない。


「公爵家での暮らしには慣れたかしら。子どもたちが3人もいるから、きっと賑やかでしょうね」


「おかげさまで楽しく過ごしております」


「聞いたわよ。珍しい料理を作っているようね。わたしもぜひ食べてみたいわ」


「王妃殿下に献上するようなものではございませんので」


 続くのは他愛ない世間話だけ。話し相手に呼ばれただけなのだろうか。


「公爵様」


 そこへ、国王の侍従が声をかけてきた。


「陛下がお呼びでございます」


 王宮にいることが国王にまで知られたようだ。公爵がチラリとブリジットを見る。


「……?」


(なに?)


 何を求められているのだろう。「いってらっしゃいませ」とでも言えばいいのだろうか。ブリジットが答えるより前に、公爵は王妃に視線を移す。


「殿下、我が婚約者をよろしくお願いいたします」


「……えぇ、わかったわ」


 一瞬驚いた王妃が、次には笑って引き受けた。


「……いい顔」


 去っていく公爵の背中を、王妃が目で追いながらつぶやく。


「え?」


「あ、いいえ、なんでもないわ」


 王妃は首を振り、


「さ、お茶をどうぞ。いい茶葉が入ったのよ」


 お茶を勧めた。ブリジットがティーカップに口をつけると


「どう?」


 と感想を求めてくる。


「美味しいです」


 ブリジットは短く答えた。


「公爵とのこと、大変じゃない?あの人、顔が怖いもの」


 こうもはっきり言えるのは、彼女が王妃だからだろう。普通の貴族では、公爵を相手にこんなことが言えるはずはない。


「……確かに顔は怖いですが……」


 大変?大変だ。考え方が違いすぎて、理解できないことだってある。


「王妃殿下は、公爵様の前の奥様について、何かご存知ですか?」


 知りたい。公爵のことが。何か少しでも知っていれば、彼の考えがわかるかもしれないのに。あの鉄壁の表情から読み取ることができるかもしれないのだ。


「えぇ、もちろん」


 王妃の顔が悲し気に歪んだ。


「オディロンにもクリスティーナにも、申し訳ないことをしたと思っているわ」


 クリスティーナ。その名前は知っていた。


「私たち夫婦のために、2人には辛い決断を強いてしまったの」


「……国王陛下と王妃殿下のため、ですか?」


 先ほどまで「公爵」と呼んでいた王妃が、突然彼の名を呼び始める。親し気にファーストネームを呼ぶ王妃なら、詳しく知っているかもしれない。


「わたしたちには息子がドナシアン1人しかいないでしょう?」


「……はい」


「あの子を産んだ時、もう次を望めない身体になってね。でも、王子が1人では心もとない。それで、陛下の従妹で未婚だったクリスティーナに白羽の矢が立ったの」


 王族の血を継ぐものを残す。それはごく普通の貴族でもやっていることだ。


「問題は、そのクリスティーナの相手。誰でもいいってわけにもいかなくて、ちょうど王家に最も近いフランクール公爵家のオディロンが未婚だった」


 おそらく10年くらい前。ちょうどブリジットが前世の記憶を取り戻した頃。


 この頃、ブリジットは王太子との婚約を避けるために画策していて、公爵のことはノーチェックだった。王太子妃の教育を受けていく内に知ったものの、特に意識したことはなかった。


「本人は今後も結婚する気はないって感じだったんだけど、国家のためならって承諾してくれたわ」


 まさかそんな裏側があったとは。


 あのオディロンの性格だ。誰かに夢中になりそうでもない。前妻には唯一心を開いていたとかそういう理由でもあったと、勝手に勘違いしていた。やっぱり彼は彼だった。


「それでも、2人もなかなか子どもに恵まれなくてね。本当に辛い思いをさせたわ」


 結婚したのが10年くらい前、というわけでもないらしい。


「8年前、やっとセドリックが生まれた時には、とても嬉しかった。ドナシアンが生まれた時と同じように盛大に祝おうと思ったくらいにね」


 王妃の顔に笑顔が戻ってくる。悲しい、暗い笑顔が。


「続いてジェレミー、シャルルも生まれてきてくれて、公爵家の跡取りにも困らなくなった」


 王太子に万が一があった時のためのスペアと、公爵家の跡取りとそのスペア。政略結婚という関係の中で3人の公子がいるのは、そういうことなのだろう。


「本当に安心した。これでオディロンとクリスティーナを自由にしてあげられるって……そう思った矢先に、クリスティーナが倒れたの。あっけなかったわ……」


「……公爵様は」


 思わず聞いていた。


「公爵様は、悲しまれていましたか?」


 たとえ感情が伴わない結婚だとしても、彼には感情がある。そう信じたかった。


「どうかしら」


 しかし、王妃からの返事に落胆する。


「あぁ、ごめんなさい。勘違いしないでね。オディロンは、ああ見えて感情豊かなのよ」


「……え?」


「感情を表現する手段を知らないのね。それは、陛下もわたしも、よくわかっているわ」


「……想像できません」


 公爵の笑顔も泣き顔も、想像できない。彼はいったいどうやって感情を表現しているのだろう。


「ブリジット。あなたも王家が振り回してしまった被害者の1人よ。それはわかっている」


 王太子とはいえ、幼い子どもの言葉を信じて、婚約者に設定したことだろうか。そんなことなら、もう終わったことなのだから。


「でも、これはわたしの個人的なお願いと思って、聞いてほしいの」


「はい」


「オディロンを、お願いね」


 返事をしたブリジットだったが、その次に続いた言葉に、思わず眉を下げた。


「……そう仰られましても、わたしには……」


「あら、簡単よ。あの人、誘われると断れないお人好しだから。さっきも、ほら、陛下からお声がかかったのを、いやいや行ったでしょう?」


(いやいや、国王陛下からの誘いは、さすがの公爵様でも断れないんじゃ……)


 いや、そうとも限らないかもしれない。国王と公爵は同年齢で、確か乳兄弟でもある。


(王妃殿下にそう言われたのだから……いいよね?)


 ブリジットには考えがあった。




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