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5 衝突


 遊び疲れた上にランチでお腹を膨らませた子どもたちは、ブリジットの子守歌ですぐに眠りについた。安らかな寝息を立てるかわいらしい寝顔を眺めていると、


「旦那様がお帰りになられました」


 扉の外から声がかけられた。と思うと、すぐに扉が開いて公爵が入ってくる。ブリジットはすぐにその場に立ち、


「おかえりなさいませ」


 とカーツィを決める。そして、


「お早いお戻りですね。お出迎えできずに申し訳ありません」


 と続けた。事実、宰相職で忙しい彼が、まだ日も高い時間帯に帰るとは、思ってもいなかった。


「……ここでなにを?」


 聞こえてきた声は、怒りを孕んでいた。


「なにって……子どもたちの寝かしつけです」


 なぜ怒られるのか、ブリジットはわかっていなかった。


「それは世話係の仕事では?」


「世話係にも他の仕事がありますし、この子たちはずっと3人で遊んでいました。子どもたちにはまだ大人の手が必要です」


「甘えは必要ない」


 不機嫌そうに怒りを隠さない公爵に、ブリジットは疑問を覚える。仕事で何かあったのだろうか。だからといって、それを家族に、子どもにぶつけるなんて、間違っている。


「ち、父上!」


 その時、セドリックが目を覚ました。


「なぜお前までここにいる。今は勉強の時間のはずだが」


「も、申し訳ありません……!」


 セドリックは慌ててベッドから出て勉強机に向かおうとする。それをブリジットが止めた。


「待ってください。セドリックは遊び疲れているんです。休ませてあげてください」


「我が家の教育方針に口を出すな」


「間違っているものを認めるわけにはいきません」


 子どもたちの健康な成長のためなのだ。ブリジットも引くわけにはいかない。


「あ、あの……ブリジット様……」


「セドリック、行きなさい」


「……っ、は、はい」


 セドリックも父親には逆らえない。落ち込んだように寝室を出ていった。




 子ども部屋を出たブリジットは、公爵に詰め寄る。


「公爵様、どうして子どもたちを自由にさせてあげないのですか?」


「まだ子どもだからだ。親が決めてやる必要がある」


「いいえ、子どもたちには子どもたちの意思があります。自由にさせてあげるべきです」


 それでもブリジットは引かない。


「今日だって部屋に閉じこもって……。外で遊ばせてあげると、とても喜んでいました」


 ブリジットが知る子どもというのは、自由に家を出入りし、近所の公園で遊びまわり、泥だらけになって帰ってくるもの。もちろん公爵家の後継者たちには限度があるため、そこまでのことは望んでいない。


 だが、もっと子どもらしく育つように、自由にさせてあげたかった。が、公爵は頑として譲らない。


「最低限の自由は与えている」


(どこが……っ!)


 思わず怒鳴りたくなったが、ぐっと我慢する。令嬢としてあるまじき行為は、きっと彼が最も(いと)うものだ。


「……わかりました」


 ブリジットは瞼を閉じた。すぐに目を開き、真っ直ぐに彼を見据える。


「公爵様は公爵様の教育方針で子どもたちに向き合われてください。ただし、公爵様はわたしに自由にしていいと仰ってくださいましたね。そのお言葉通り、わたしも自由にさせていただきます」


 ブリジットなりに子どもたちを愛する気持ちは持っている。だから、その一線だけは譲れない。


 この小説には名前も、存在さえも登場しなかった子どもたち。あの残酷な妹のことだ。どんな設定を考えているかわからない。せめて非行に走ったり暴君になったりしないように、見守りたかった。


「わかった」


 それでようやく、公爵の納得を勝ち取った。


「奥様」


 公爵の書斎を出たブリジットに近づいてきたのは、この屋敷のメイド長だった。恰幅(かっぷく)のいい体型だけで人を威圧するのに、今日はその目をきつく吊り上げている。


「なにか?パメラ」


「本日、奥様が厨房に入られたと耳にしましたが、事実でしょうか」


「えぇ」


 悪びれもせずに頷いてみせると、パメラの目はさらに吊り上がる。


「厨房は料理長が取り仕切っております。必要なことはご指示いただければ対応いたしますので」


「公爵様にお許しはいただきました」


 いちいち小言を聞くのも、説明するのも面倒だ。それだけ言うと、パメラも渋々といった様子で


「承知いたしました。失言でした。申し訳ございません」


 と下がった。


(不快だわ)


 パメラのお小言が?違う。


 公爵の態度が?それも違う。


 何とも言い表せない不快感が、ブリジットを襲う。


(子どもたちに癒されよう)


 そう考え、子ども部屋に戻る。


「ブリジット様……!」


 ブリジットの姿が見えた瞬間、セドリックが駆け寄ってきた。


「すみません。僕のせいで、ブリジット様が……!」


 まだ8歳の男の子が、どうして20歳のブリジットに謝らなければならないのだろう。


(やっぱり間違ってるわ)


「謝る必要はないのですよ。わたしもセドリックも、間違ったことは何もしていないのですから」


 そう言ったところで、セドリックの心配そうな表情は戻らない。


「目が覚めてしまいましたね。また遊びますか?」


 ブリジットが空気を変えようと明るく言ったが、


「……勉強、します」


 と寂し気な答えが返ってきた。


「そうですか」


 それが本音かどうか、なんて考えない。セドリック自身がそう決めたのだ。ブリジットはそれを応援するだけ。


「わたしにわかることがあれば、お教えしますね」


 ブリジットはセドリックとともに椅子に座った。


「ブリジット様は、どうして公爵邸にいらっしゃるのですか? 父上のお客様ではないのですか?」


 隣に座ったブリジットを、セドリックが見上げてくる。


「わたしがお客様? 誰かがそう言ったのですか?」


「……えっと……」


 セドリックは言葉に迷っているようだった。


「誰も叱りませんよ。言いたくなければ、言わなくても大丈夫です」


「……誰も」


 セドリックがポツリと答える。


「誰も、言いません。でも、お客様が来ると、父上は僕らに部屋に入るように言います」


「部屋から出ないように?」


「……はい」


 セドリックが静かにそう頷くと、次にはパッと顔を上げた。


「で、でも、しかたないんです」


「しかたない、とは?」


「僕も、ジェレミーもシャルルも、まだお客様にご挨拶できないから。早く父上のお役に立てるように勉強をするんです」


 4歳のジェレミーや、まだ座れもしないシャルルならまだわかる。しかし、年齢以上に大人びて見えるセドリックなら、もう充分ではないのか。


 公爵は子どもたちに何を求めているのだろう。再び沸きあがる怒りを、セドリックに悟られないようにと治め、微笑んだ。


「セドリック」


 ブリジットが幼い身体を抱き寄せる。


「あなたは充分頑張っています。頑張りすぎてつぶれないように、たまにはわたしに甘えてくださいね」


 セドリックは彼女の腕の中で小さく頷いた。



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