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4 3人の公子


「セドリックくん、よかったら弟さんを紹介してもらえますか?」


「……? は、はい……」


 セドリックは不思議そうにしながらも頷いて振り返った。


「ジェレミーとシャルルです」


 その時、もうひとりの男の子が立ち上がり、たたたっと駆けよってきた。


「あにうえ、このかたはどなたですか?」


 兄の後ろに隠れながらそう尋ねる少年に、ブリジットは膝を折って目線の高さを合わせる。


「こんにちは。ジェレミーくんかしら?」


「はい」


「わたしはブリジットです」


「ぶりじっとさま?」


 弟の発言に驚いて、セドリックがハッと弟の口を押さえた。


「かまいませんよ、離してあげてください」


 ブリジットが穏やかに微笑むと、セドリックは弟を離す。


「どうぞブリジットとお呼びくださいね」


 使用人たちと継子は違う。できれば親しくなりたいと、ファーストネームで呼ぶように言った。


「あちらにいるのがシャルルくんですね」


 シャルルは敷物の上に転がされ、コロンと寝返りを打った。


「さて、3人とも、お部屋で遊ぶのがお好きですか?」


「え?」


 セドリックがきょとんと首をかしげる。


「お部屋も楽しいですが、外はもっと楽しいですよ。よかったら、わたしのお散歩に付き合っていただけませんか?」


 ブリジットは笑顔で手を差し出した。




「風が気持ちいですね」


 庭に出たブリジットは、連れて来た子どもたちを振り返る。まだ歩けないシャルルは、ヴィヴィの腕の中だ。


 綺麗に手入れされた庭園は、季節の花が鼻高々に咲き誇り、色とりどりに庭園を飾る。


 伯爵家の庭園もそれなりに整えてはいたが、やはり公爵家には敵わない。あの公爵がそこまで細かく指示をするとも思えないため、侍従と庭師が優秀なのだろう。


「さて、何か遊びますか?」


 庭園の中心程にまで歩いて出てきて、ブリジットは2人の子どもたちを振り返った。


「かけっこ!」


「ジェレミー!」


「……したい、です……」


 兄に止められたジェレミーが、しゅんと落ち込んでポツリと呟く。


「いいですよ」


 ブリジットがそう答えた瞬間、パッと明るくなった。


「かけっこ、しましょうか」




「キャハハハ!ぶりじっとさま!」


 楽しそうに駆けていくジェレミー。


「ブリジット様……大丈夫ですか……?」


 心配そうに手を差し伸べてくれるセドリック。


「ありがとう。大丈夫ですよ」


 まさかここまでとは思わなかった。


(そういえば、弟たちと走り回ったのは前世だったわ……)


 令嬢が着る服も靴も、とても走り回れるものではない。体力には自信があったはずだが、ジェレミーについていけることはなかった。


「ふぅ……」


 ぜえぜえと上がる息を整え、ブリジットは姿勢を正す。


「ジェレミー、まだまだ負けませんわよ!」


「きゃー!」


「ブリジット様!?」


 そしてまた走り出した。




 庭で遊びまわって過ごし、ランチの時間になってようやく屋内に戻ってきた。


「疲れましたね」


「たのしかったです!」


 子どもたちも体力はある。いつも家の中で遊んでいるならと心配したが、そんなこともないようだ。


 ダイニングに3人分の子ども用の椅子をつけてもらい、4人で食卓を囲む。今朝公爵と向き合った長いテーブルも、片端だけを使えば距離は縮められた。


「あら?」


 その時、ブリジットは気づいた。シャルルの前に置かれたパン粥を、世話係らしいメイドが食べさせようとするが、嫌がって食べない。


「待って」


 メイドを止め、ブリジットが駆け寄る。一口食べてみて、


(やっぱり……)


 と顔をしかめた。


「ぶりじっとさま?」


「どうされたのですか?」


 ジェレミーとセドリックも首をかしげる。


「味が濃すぎます」


 しかしブリジットの目は、シャルルの隣にいるメイドに向かっていた。


「第一、シャルルはまだ乳離れしていないのでは?乳母はいないのですか?」


「う、乳母は、先日お乳が出なくなったため、お暇をいただきました」


 メイドが怯えながら答えた。


「……そうですか」


 それなら代わりの乳母を探すなり味の薄い離乳食を試すなりやりようはあるだろうに。だが、彼女を責めても意味がない。この文句は公爵に言わなければ。


 今はとにかく目の前のシャルルの食事。大人と同じ味付けでは、母乳に慣れた子どもは食べない。前世の弟妹たちを見て学んだ。弟妹たちのおやつは味が薄かったのも覚えている。


「キッチンをお借りします」


 ブリジットは覚悟を決めた。


「奥様!」


「シャルルが食べていないのでしょう?栄養失調にでもなったらどうするの」


 引き留めようとするアランたちをその一言で制し、


「ヴィヴィ、手伝ってちょうだい」


 とヴィヴィを呼ぶ。


「はい!」


 ヴィヴィも元気よく返事をした。


「料理長、厨房をお借りしますね」


「え……」


 絶句する料理長の前を突っ切って、厨房の奥にある蔵に入る。材料は揃っていた。


 この国ではほとんど料理に使わない米があるのか、一番心配していたが、さすが公爵家だ。しっかりと常備してある。


「お、お待ちください。料理なら私どもが」


「時間がないのよ。お腹を空かせた子どもたちが待っているのだから」


 米を火にくべて炊き、大量の水を加える。そうしてできあがったのは、ほぼお湯のお粥だ。


 調味料をほとんど使わずに完成したそれを、食器に盛り付けてダイニングに持って行く。既に食べ終えていた2人の公子もその場に残っていた。


「さ、シャルル、食べられるかしら?」


 ブリジットが差し出したお粥を、シャルルは目を輝かせてパクリと口に入れる。するとすぐに


「あー! あー!」


 と次を要求した。


「美味しいみたいね。よかった」


「……ずるい」


 そう声を上げたのはジェレミーだ。


「ぼくも! ぶりじっとさまのおりょーり、たべたい! です!」


「ジェレミー、わがままを言っちゃダメだよ。もう食べたじゃないか」


 兄になだめられるが、そう簡単には収まりそうにない。


「じゃあ、こうしましょう! 今日のディナーはわたしが作るから、楽しみにしててちょうだい」


 ブリジットの提案でジェレミーを納得させるばかりか、セドリックまで瞳を輝かせた。



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― 新着の感想 ―
子供たちが可愛すぎてストレスフリー! 気まずくならなくて良かったです。
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