34 幸せの時
広いベッドに横になる。
「奥様、産湯が終わりました」
「ありがとう」
メイドが生まれたばかりの赤ん坊を連れてきた。
そっと隣に寝かされた赤ん坊に、ふっと微笑む。頑張って産んだ子ども。継子とはまた違う、愛おしさ。
「公爵様と坊ちゃま方がお待ちですが……」
かなり時間がかかってしまった。待ちわびていることだろう。
「オディロン様を呼んで」
まずは夫から。子どもたちを呼べば、彼は子どもたちをなだめる方に気を取られてしまうだろうから。
まずは夫婦だけで、産まれてきたばかりの子どもに向き合う時間を。そう考えてのことだった。
「ブリジット」
オディロンが駆け寄ってくる。そして、まずはブリジットの頬に手を添える。
「体は?」
額に浮かぶ汗をぬぐいとる手は熱く、そして表情は切迫していた。
「もう大丈夫です」
つらかった。だが、そのつらさはもうすっかり忘れている。
「見てください。わたしたちの赤ちゃんです」
ブリジットが隣を見れば、オディロンも視線を動かす。その目にようやく、ふにゃふにゃの赤ん坊が映った。
「女の子です」
「……!」
オディロンの目が大きく見開かれる。
「オディロン様にそっくりですね」
初めての娘を産んであげられた。それが、ブリジットは嬉しかった。
「……男の名前しか考えていなかった」
「これから考えてあげてください。わたしたちの赤ちゃんなのですから」
今回も男の子だろうと思っていた。だからこそ、女の子というのは、いっそう嬉しい。
「抱っこしてあげてください。オディロン様の娘です」
ブリジットがそう微笑むと、オディロンはそっと娘を抱き上げた。
気持ちよく寝ていた赤ん坊は、急に抱き上げられて驚いたのか、弱い声で泣き始める。
「ふふ……」
少しだけ動揺する夫に、ブリジットは笑った。
「怖がらなくていいんですよ。この子は、あなたの娘なんですから」
「だが」
不安そうに泣く赤ん坊を見て、いつもの冷静さは保てないのだろう。
「赤ちゃん、泣かないで。あなたのパパですよ」
ブリジットが静かにそう訴えるも、赤ん坊はしばらく泣き続けた。
そこで、扉の外が騒がしくなる。
「子どもたちも心配していた。入れていいか」
「はい」
オディロンの提案を受け入れる。ようやく入室を許可された子どもたちが、
「母上!」
と部屋に飛び込んできた。
「母上、大丈夫ですか!?」
「ははうえ!」
「大丈夫。大丈夫ですよ」
元気な子どもたちに、ブリジットはふふっと笑う。
「みんなの妹が来てくれたんです。優しく話しかけてあげてください」
「妹?」
「おんなのこ?」
「はい、そうです」
ベッドに寝かされた赤ん坊に、子どもたちは興味津々に覗き込む。
「かわいい」
そっと指を差し出したジェレミーを、
「ジェレミー、触っちゃダメだよ。赤ちゃんがびっくりしちゃう」
セドリックが止める。慌ててジェレミーが指をひっこめた。
「大丈夫ですよ。優しく触ってあげてくださいね」
それを受けて、セドリックがそっと赤ん坊の頭を撫でた。
「わぁ……やわらかい」
「ぼくも!」
ジェレミーも兄の真似をして妹の頭を撫でる。そして、ふわりと笑った。
「シャルルもやってみる?」
セドリックに抱き上げられたシャルルも、兄たちの真似をした。
「壊れちゃいそうです」
「大丈夫。みんなのお父様の血を継いでいるんですから、きっと強い子です」
不安そうな男性陣に、ブリジットは微笑んだ。
「れあ」
ジェレミーがベビーベッドを覗き込む。
「起きてるかな」
その隣から、セドリックも手を伸ばした。その手を、小さな手が握る。
「わぁ……、いい子だね、レア」
セドリックはそれだけで顔をほころばせた。
「おもちゃではない」
そこに、オディロンが歩み寄った。息子たちの視線を受けながら、娘を抱き上げる。
「あ、レオノールが起きましたか?」
そこへ、ふいっとブリジットが現れた。その手は、シャルルにつながれている。
「ば」
ご機嫌に声を上げる娘に、
「いっぱい寝たね、レア。お腹空いたかな」
ブリジットが小さな手を握って笑顔を向けた。
「れーあ」
「あら、シャルルもレアと遊びたいですか?」
足元から主張するシャルルに、オディロンは膝を折って娘の姿を見せる。
それにより、セドリックとジェレミーも駆け寄ってきた。
「かわいいね、レア」
穏やかな雰囲気が流れる。それは、心地よかった。
こんな幸せな日々が来るなんて、思ってもいなかった。
王太子の婚約者として育てられ、さらにはその婚約を破棄されて。
そんなことがきっかけで、オディロンと結ばれることになった。
紆余曲折あったが、よかったと思った。
こんな幸せな時間があることが、嬉しかった。
夫も、息子たちも、娘も。王太子に婚約破棄されたことで出会えた。
大好き。愛している。何度も、何度も。そう言いたかった。
ブリジットは、きっと死ぬときも、この幸せな瞬間を思い出すだろう。
子どもたちが巣立った後、夫と2人で語り合うだろう。
出会いも、一度離れたことも、その時には笑い話になっているはず。
そんな日を夢見て、ブリジットは幸せを噛みしめていた。




