26 結婚式
それは、盛大な式だった。公爵家が全財産を投資する勢いだったのだから。
ブリジットにとって、一生に一度の大切な儀式。だから思いっきりわがままを言って。公爵も黙ってそれを受け入れてくれた。
社交界のルールなんて気にせず、結婚式にはシャルルも呼んだ。真っ白なウェディングドレスで抱くと、シャルルはいつも以上に喜んでくれた。
そして、問題はこの後。
昼間に結婚式を挙げて、それだけで終わりではない。ここから夜まで、披露宴のような社交界。公爵と2人で、いろんな人に挨拶をして回る。
いや、2人ではない。今回が社交界デビューとなるセドリックも一緒だ。年齢的にはまだ早いが、公爵家の教育のおかげでマナーが完璧。だから、ブリジットのごり押しで、なんとか公爵を説得した。
「ブリジット、ここにいなさい」
「はい」
公爵がブリジットから離れていくと、
「ブリジット様、大丈夫ですか?」
セドリックが見上げてきた。
「大丈夫。セドリックも、お友達を作りに行っていいんですよ」
「ん-……」
セドリックを少し考え、笑った。
「お友達はいつでも作れるけど、今日はブリジット様にとって特別な日だから。僕はここにいます」
(か、かわいい……!)
「ありがとうございます」
頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑ってくれて。こういうところは、まだ年齢相応の子どもなんだと思う。
「あ、あっちに椅子がありました。少し休みませんか?」
セドリックが優しく手を引いてくれる。会場の続き間となっている場所で、柱の影に隠れるように椅子があった。
「ここに座っててください。僕、お水をもらってきますね」
「あ、あわてなくていいですからね」
走ると転びそうだったため、そう伝える。セドリックは笑顔で離れていった。
そこでようやく、ブリジットはホッと息をなでおろす。
今日から、筆頭公爵家の公爵夫人となるのだ。そっと椅子に座り、ドレスの裾から足を出してみる。
(あぁ……やっぱり……)
デザインを優先してしまったからか。靴擦れのオンパレード。
(かわいかったのに……もう履けないなぁ……)
今日のために注文した靴。
「ブリジット?」
ハッと顔を上げた。
「で、殿下……」
(最悪)
できれば会いたくなかった。といっても、無理だろうが。
「全部お前のせいだからな!」
「……は?」
痛い足をこらえて立ち上がろうとした時。頭上から降ってきた言葉に、思わず固まった。
「父上と母上が、リディとの結婚を許してくれないんだ! お前、公爵に何か言ったんだろ!」
「……申し訳ございません、殿下。話が全く分からないのですが」
なぜそこで公爵が出てくるのか。ブリジットにはわからなかった。
「お前がリディをいじめたのが、そもそもの原因だろ!?」
「わたしはアングラード子爵令嬢をいじめたことはありませんが」
「リディが言ってたんだ!」
リュディアーヌが言ったことだけを信じているのだろうか。公平性のかけらもない。
「お前が公爵の婚約者になったことで、父上が厳しく調査された。そうしたら、アングラード子爵が娘を王太子妃にするために、リディを使ってお前を陥れたとかいう結果になったんだ」
(なるほど)
確かに、ありえない話ではない。今となっては、むしろどうでもいいが。この王太子を引き取ってくれたことに、礼を言いたいくらいだ。
「そのせいで、俺とリディは結婚もできないんだぞ!」
(いや、知らないわ)
「……あのですね、殿下」
言い返そうとした時。すっとブリジットの前に立ちはだかる、小さな壁。
「セドリック……!」
彼はブリジットを背に、王太子と対峙していた。
「お前、公爵の……」
「お初にお目にかかります、王太子殿下。フランクール公爵家長男、セドリックと申します」
流暢な挨拶文。
「それから」
敬礼をした後、セドリックはすぐに顔を上げた。
「ブリジット様は、本日の主役となるお方です。それが、ご自分の結婚話を持ちだしたり非難したり、王太子殿下といえど非礼にもほどがあります」
「セドリック、わたしは大丈夫ですよ」
「よくありません! ブリジット様は、公爵家の大切な方なのです! 父上がいない間、ブリジット様を守るのは僕の役目です!」
それはまさしく、小さな騎士。
「殿下は、以前にもブリジット様が主役の大切な場で、ブリジット様を傷つけたそうですね。同じことを二度繰り返すなんて、レディーに対して失礼ではありませんか?」
「こ、こどもが口を挟むな!」
「ご存じありませんか? この国では、社交界デビューしたら大人の一員として認められるんです。この場にいるぼ……わたしは、フランクール公爵家を背負う人間です」
確かに、セドリックの言葉には間違いがない。今まで必死に勉強した成果だろう。
「生意気な……っ!」
王太子が手を挙げた。
「セドリック!」
あわててブリジットがセドリックを抱きしめて庇う。が、衝撃が来ることはなかった。
「私の妻と息子が、なにか?」
「こ、公爵様……」
公爵が、後ろから王太子の手を止めていた。
「ブリジット、きなさい」
「は、はい」
セドリックを連れて公爵の後ろに行った。
柱の影から出てようやく、会場の全ての視線がこちらを見ていることに気づいた。
「殿下、我が妻に手を上げようとされていましたね」
「ち、ちが……っこれは……」
「立派な暴行未遂。罪として裁くこともできます」
王太子が汗を流しながら反論する言葉を探す。すると、公爵は息を吐いた。
「今日は祝いの席です」
そして、王太子の手を離す。
「ブリジットには近づかないでいただきたい」
「わ、わかった……」
王太子は慌てて走り去っていった。
「公爵様……」
「足が痛いのだろう。座っていなさい」
気づいていたのか。ブリジットを置いて離れたのは、もう歩かせないためだったのか。
「ブリジット様、どうぞ」
セドリックが椅子まで手を引いてくれる。
「ありがとうございます、公爵様、セドリック」
幸せだ。ブリジットは笑みをこぼした。




