20 準備
「ブリジット様……?」
セドリックが怪訝そうな顔をする。
「何をしているのですか……?」
「クロスボウの練習です!」
ヴィヴィにたくさんの矢を持ってもらい、クロスボウをかまえる。矢を放ってみるが、やっぱり的には届かない。
「……難しいですね」
セドリックに笑ってみせる。
「えっと……もっと胸を張った方がいいです」
セドリックは戸惑いながらも、アドバイスしてくれる。
「的をしっかり見て、イメージします。的の真ん中を射るイメージで。クロスボウをかまえて。イメージしたまま。お腹に力を入れるように意識してください」
言われた通りに。的を見つめる。
「引いて」
引き金を引いた瞬間、びゅんっと矢が飛んでいった。それは、的の隅をかする。
「わぁ……!」
その瞬間、ブリジットは声を上げる。
「セドリック! すごいです!」
「クロスボウは剣よりも得意です」
嬉しそうなセドリックに、ブリジットも嬉しくなる。
「ブリジットさま、クロスボウのれんしゅうですか?」
「そうですよ、ジェレミー。公爵様との賭けに勝つためにね」
「賭け……?」
セドリックが首をかしげる。
「セドリック、ジェレミー、応援してくれますか?」
「おうえんします!」
「もちろん応援します!」
2人が勢いよく手を挙げる。
「ありがとうございます」
ブリジットは笑った。
不安がないといえばうそになる。魔獣を相手にする狩猟大会。女性が参加した前例があるとはいえ、彼女たちは騎士を目指していたり幼い頃からきたえたりしている。ブリジットみたいに普段からきたえてもいない者は、命を落としても文句は言えない。
でも、それでもいいと思えた。公爵と結婚できない世の中に、意味なんてない。これが最後のチャンスだ。負けるわけにはいかない。
「危ないので離れていてくださいね」
子どもたちが入らないように気を付けて、ブリジットは弓をかまえた。
魔獣大会では主に弓矢やクロスボウが使われる。それは知っていた。
社交界でもかなり重要なイベント。騎士が愛する人に優勝をささげる、なんてこともある。きっと今回も、そんな理由で優勝を争っている人がいる。その中を、ブリジットは勝たなければいけない。公爵との結婚をかけて。
より多くの魔獣を狩るか、より大きい魔獣を狩るか。どちらでもいい。絶対に優勝する。そう決心して、当日使う矢に魔力を込めた。その作業は夜を徹して行われた。
そして、狩猟大会当日を迎えた。
「ブリジット様、頑張ってください!」
「がんばって! ください!」
「セドリック、ジェレミー。ありがとうございます」
見送りに来た2人の頭を撫でる。
「シャルルも、いい子にしていてくださいね」
「ぁうー!」
3人の公子に見送られ、公爵家を後にする。
子どもたちのためにも。これしか道は残されていなかった。
「負けませんから」
会場へ向かう馬車の中、ブリジットは公爵を見据える。
「絶対に」
公爵は警備に徹するため、狩猟大会には参加しないと聞いている。優勝争いになることはない。そして、邪魔をされることも、きっとない。
これはブリジットの命がかかった賭け。生きて公爵と結ばれるか、魔獣に襲われて命を落とすか。強く握りしめた両手に、爪の後が残った。
魔獣が巣食う森。狩猟大会の会場に着いた。多くの貴族が森のそばに集まっている。
ここは魔法で結界が張られ、安全な場所。狩猟大会を見物する人や応援する人が、ここに集まる。見物席がたくさん用意されている中、ブリジットは参加者たちの列に並んだ。
「あれってジェルヴェーズ伯爵令嬢じゃ……」
「王太子殿下に婚約を破棄された後、フランクール公爵の婚約者になったはずですが……」
「そういえば、結婚のお話も聞こえてきませんでしたね」
「どうしてあちらにいらっしゃるのでしょう」
コソコソと聞こえてくる、令嬢たちの噂話。
「おい、令嬢が参加してるぞ」
「ここは男の領分だぞ。お遊びじゃねぇんだ」
「魔獣を見てリタイアするだろ」
参加者側の男性たちの声も。耳障りだ。何も聞こえなくていい。
「国王陛下がいらっしゃいました!」
声高々に聞こえた言葉に、ブリジットはジャケットにパンツという騎士のような服装でカーツィをする。国王、王妃が壇上に入場する。王太子は狩猟大会に参加するはず。
そして、公爵はあちら側だ。深々と頭を下げ、その姿さえも見えない。
「みな、頭をあげよ」
国王の声がした。ゆっくりとその言葉に従って頭をあげる。
「みなの働きに期待している」
簡潔な激励の言葉。
「はっ」
参加者の男性たちが声を揃えて敬礼をした。ブリジットはその中で、すっと公爵に視線を向けた。目が合った。
(……なんで)
今まで表情なんてほとんどわからなかった。一度だけ暗闇の中で見た笑顔さえ、幻かと思うほどに。それなのに、どうして。
そんな心配そうな目で見てくるのだろう。
(やめて)
憐みなんて、同情なんていらない。ただ、公爵を愛する気持ちをわかってほしいだけ。公爵に愛してほしいだけ。
「これより、狩猟大会を開始いたします!」
開始の合図が鳴った。




