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20/34

20 準備


「ブリジット様……?」


 セドリックが怪訝そうな顔をする。


「何をしているのですか……?」


「クロスボウの練習です!」


 ヴィヴィにたくさんの矢を持ってもらい、クロスボウをかまえる。矢を放ってみるが、やっぱり的には届かない。


「……難しいですね」


 セドリックに笑ってみせる。


「えっと……もっと胸を張った方がいいです」


 セドリックは戸惑いながらも、アドバイスしてくれる。


「的をしっかり見て、イメージします。的の真ん中を射るイメージで。クロスボウをかまえて。イメージしたまま。お腹に力を入れるように意識してください」


 言われた通りに。的を見つめる。


「引いて」


 引き金を引いた瞬間、びゅんっと矢が飛んでいった。それは、的の隅をかする。


「わぁ……!」


 その瞬間、ブリジットは声を上げる。


「セドリック! すごいです!」


「クロスボウは剣よりも得意です」


 嬉しそうなセドリックに、ブリジットも嬉しくなる。


「ブリジットさま、クロスボウのれんしゅうですか?」


「そうですよ、ジェレミー。公爵様との賭けに勝つためにね」


「賭け……?」


 セドリックが首をかしげる。


「セドリック、ジェレミー、応援してくれますか?」


「おうえんします!」


「もちろん応援します!」


 2人が勢いよく手を挙げる。


「ありがとうございます」


 ブリジットは笑った。


 不安がないといえばうそになる。魔獣を相手にする狩猟大会。女性が参加した前例があるとはいえ、彼女たちは騎士を目指していたり幼い頃からきたえたりしている。ブリジットみたいに普段からきたえてもいない者は、命を落としても文句は言えない。


 でも、それでもいいと思えた。公爵と結婚できない世の中に、意味なんてない。これが最後のチャンスだ。負けるわけにはいかない。


「危ないので離れていてくださいね」


 子どもたちが入らないように気を付けて、ブリジットは弓をかまえた。




 魔獣大会では主に弓矢やクロスボウが使われる。それは知っていた。


 社交界でもかなり重要なイベント。騎士が愛する人に優勝をささげる、なんてこともある。きっと今回も、そんな理由で優勝を争っている人がいる。その中を、ブリジットは勝たなければいけない。公爵との結婚をかけて。


 より多くの魔獣を狩るか、より大きい魔獣を狩るか。どちらでもいい。絶対に優勝する。そう決心して、当日使う矢に魔力を込めた。その作業は夜を徹して行われた。



 そして、狩猟大会当日を迎えた。




「ブリジット様、頑張ってください!」


「がんばって! ください!」


「セドリック、ジェレミー。ありがとうございます」


 見送りに来た2人の頭を撫でる。


「シャルルも、いい子にしていてくださいね」


「ぁうー!」


 3人の公子に見送られ、公爵家を後にする。


 子どもたちのためにも。これしか道は残されていなかった。


「負けませんから」


 会場へ向かう馬車の中、ブリジットは公爵を見据える。


「絶対に」


 公爵は警備に徹するため、狩猟大会には参加しないと聞いている。優勝争いになることはない。そして、邪魔をされることも、きっとない。


 これはブリジットの命がかかった賭け。生きて公爵と結ばれるか、魔獣に襲われて命を落とすか。強く握りしめた両手に、爪の後が残った。




 魔獣が巣食う森。狩猟大会の会場に着いた。多くの貴族が森のそばに集まっている。


 ここは魔法で結界が張られ、安全な場所。狩猟大会を見物する人や応援する人が、ここに集まる。見物席がたくさん用意されている中、ブリジットは参加者たちの列に並んだ。


「あれってジェルヴェーズ伯爵令嬢じゃ……」


「王太子殿下に婚約を破棄された後、フランクール公爵の婚約者になったはずですが……」


「そういえば、結婚のお話も聞こえてきませんでしたね」


「どうしてあちらにいらっしゃるのでしょう」


 コソコソと聞こえてくる、令嬢たちの噂話。


「おい、令嬢が参加してるぞ」


「ここは男の領分だぞ。お遊びじゃねぇんだ」


「魔獣を見てリタイアするだろ」


 参加者側の男性たちの声も。耳障りだ。何も聞こえなくていい。


「国王陛下がいらっしゃいました!」


 声高々に聞こえた言葉に、ブリジットはジャケットにパンツという騎士のような服装でカーツィをする。国王、王妃が壇上に入場する。王太子は狩猟大会に参加するはず。


 そして、公爵はあちら側だ。深々と頭を下げ、その姿さえも見えない。


「みな、頭をあげよ」


 国王の声がした。ゆっくりとその言葉に従って頭をあげる。


「みなの働きに期待している」


 簡潔な激励の言葉。


「はっ」


 参加者の男性たちが声を揃えて敬礼をした。ブリジットはその中で、すっと公爵に視線を向けた。目が合った。


(……なんで)


 今まで表情なんてほとんどわからなかった。一度だけ暗闇の中で見た笑顔さえ、幻かと思うほどに。それなのに、どうして。


 そんな心配そうな目で見てくるのだろう。


(やめて)


 憐みなんて、同情なんていらない。ただ、公爵を愛する気持ちをわかってほしいだけ。公爵に愛してほしいだけ。


「これより、狩猟大会を開始いたします!」


 開始の合図が鳴った。



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