表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/34

10 休暇宣告


 それは、彼が国王と話している時だった。


 当然、国王と宰相として、難しい政治の話もする。だが、大半はかつての学友として、よき友人としての他愛ない世間話をしていることも多い。


 その時も、そんな時間だった。


「オディロン、例の令嬢はどうだ?」


「どうとは?」


 ブリジットのことだとはすぐにわかった。しかし、そう聞かれて、答えられる言葉はない。


「仮にも婚約者だろう。何か感想はないのか?」


 そう言われて、少し考えてみる。彼女が来て、公爵家が変わったことは認める。きっとそれが、彼女の魅力だろう。


「……うるさい」


 それを簡潔に説明すると、この一言に尽きる。


「ははっ、令嬢だろう?」


 国王は意外そうに笑った。


 令嬢。そう、そのはずなのだ。なのに彼女は、いったい何者なのだろう。とてもじゃないが、令嬢には見えない。


 いや、令嬢としての一端を見せることはある。言動の端々に感じる、育ちの良さ。しかし、令嬢という一言では表せない。


「楽しそうだな。公爵家に行きたいものだ」


「王が出歩くものではない」


「相変わらず堅いな、お前は」


 そんな話をしている時、


「王妃殿下がいらっしゃいました」


 侍従が告げた。


「ほう……。珍しいな」


 基本的に政治にはノータッチの王妃が、ここまで来るのは珍しい。


「入れ」


 国王の許しを得て、扉が開かれた。


「失礼いたします」


 王妃はぞろぞろと連れていた侍女たちを置いて、入ってきた。オディロンはその場に立ち、まず敬意を示した。


「いいわ。わたしたちの仲じゃない」


 よほどの人目がある場所でない限り、省略されやすい挨拶だ。


「それよりも、オディロン」


「……」


 王妃の視線に、なんとなく嫌な予感を覚える。戦場でつちかった勘が働いた。


「あなたに10日間の休みを与えます」


「……は」


 思わず思考が止まった。これは予想外。いくら優秀な勘でも、ここまでの予想はできていなかった。


「待て待て、王妃。どうした?」


 これは国王が止める。


「オディロンは、ブリジットを引き受けてくれたでしょう? あなた、彼女が公爵家でどう過ごしているのか、知っているのかしら」


「……報告は受けています」


「そうじゃなくて! 報告じゃなくて、その目で! 見たことがあるの?」


 王妃は熱が入った様子で訴える。


「公爵家の人間が優秀なことは知っているわ。でもそれをあなた自身の目で見ずに全て信じるのは、あなたらしくないのではなくて?」


 確かに、かつてのオディロンは、部下の言葉を完全に信用することはなく、危険な戦場にも自ら赴いた。しかし、宰相となった今では、そこまでの無茶はしていない。


「これでも、彼女には申し訳ないと思っているのよ。王太子という立場を笠に着て、あのバカ息子が振り回してくれたもの」


 自分の息子について言いたい放題だ。全て王家の自由主義的な教育の責任だと思うのだが。


「あ、あの子のことは気にしないで。ブリジットが支えてくれないのなら、あの子自身の力をあげるしかないと思うの。家庭教師をつけて厳しく見張っているわ」


 さすが、この自由な国王と王太子をおさえつける力はある。


「そんなことよりも、オディロン」


 王妃の目が、再び彼に向く。


「ブリジットがどんな生活をしているのか、10日間で確認して、私に報告しなさい。これは、王妃としての命令よ」


 こう言われては、断れるわけがないではないか。


「いや、宰相がいないと、国が回らないのだが」


 国王が苦笑する。


「それは陛下がどうにかなさってください」


 王妃から冷たく返された。


「せめて5日だ!」


「いいえ。8日以下は認めません」


「では、7日!」


 当の本人を置いて、この夫婦は何を言っているのだろう。


「わかりました。7日ですね」


 オディロンはこめかみを抑えた。


「……必要ありません」


「あなたの意見は聞いていないわ。王妃としての命令です」


 断る術はないらしい。


「仰せのままに」


 オディロンはお辞儀をして引き受けた。




「おかえりなさいませ」


 公爵家に仕える使用人たちが出迎える。


「おかえりなさいませ、公爵様」


 その奥で、彼女は子どもたちと立っていた。


 王妃の突然の奇行。まさか彼女が何か言ったのだろうか。


 いや、そんなはずはない。彼女はただの一介の令嬢。一国の王妃を動かす程の力は持っていないはずだ。


「アラン、明日から馬車は必要ない」


「は……」


 侍従が固まった。


「王妃殿下から休日をいただいた」


「……かしこまりました」


 優秀な侍従だ。これだけで情報としては十分なはず。


「公爵様、ご報告を」


「いい」


 いつものように留守の間の報告をしようとする侍従を止める。


 これからしばらくは家から出ることもない。いつも変わらない報告など聞かなくても、これからの様子でわかるだろう。


 彼の視界から外れたところで、ブリジットが小さなガッツポーズをしたことも、その様子を子どもたちが不思議そうに見ていたことも、彼は気づいていなかった。




「おはようございます、公爵様」


 翌日、いつもの時間に目が覚めたオディロンは、いつものように支度を済ませていく。


「公爵様、おはようございます!」


 そこへ、ブリジットが入ってきた。


「何の用だ」


「子どもたちを起こしに行こうかと」


「勝手にすればいい」


 今さら彼女の行動を縛る気はない。子どもたちの存在を知られてしまった以上、彼女が子どもたちにどうかかわろうがどうでもいいのである。


「いいえ」


 が、そんなオディロンの手を、ブリジットが掴んだ。


「公爵様も一緒に、です!」




 そして、彼女に手を引かれて、子どもたちが眠る部屋を訪れる。


「静かにしてくださいね」


 彼女は物音たてずにそっと入った。


「セドリック」


 彼女が小声で呼びかけると、


「ん……ブリジット様……?」


 まずは長男が起きた。


「おはようございます、セドリック。朝ですよ」


 眠そうに目を擦りながら身体を起こし、そして、その目にオディロンの姿を留める。


「ち、父上!?」


 一気に目が覚めたようだ。ハッと隣を見、


「ジェレミー! ジェレミー!」


 と弟を起こそうとする。


「んー……」


 が、まだ起きたくないのか次男は顔をしかめた。


「セドリック、大丈夫です。支度をしてきてください」


「は、はい……!」


 セドリックは慌てた様子でベッドを降りた。


「ジェレミー、朝ですよー……」


 次に彼女は、まだ眠り続ける次男に手を伸ばす。ベッドに座り、ゆっくり抱き上げると、背中を撫でながら起こしていく。


 オディロンが小さい頃も、朝に弱かった。今でもそうだ。朝は苦手で、早くに目が覚めていても、起き上がるまでに時間がかかる。幼い頃、彼女のように優しく起こしてくれる世話係がいれば……。


 そんな、考えても仕方のないことが、頭に浮かぶ。突然舞い込んできた休日のせいで、気がたるんでいるらしい。


「ジェレミー、今日は公爵様も一緒に起こしに来たんですよ」


「んー……ちちうえ……?」


 情けない声だ。もっと厳しくしなければと思う半面、まだ4歳の次男にそこまでしつけるのが正しいのかと迷う。


「ジェレミー!」


 そこへ、いつもより早く支度を終えたセドリックが来た。


「ジェレミー、起きて!」


 ブリジットの手から弟を奪うように、手を引いて行く。


 最後は三男。


「シャルルは起きていますか?」


 ゆりかごから抱き上げると、シャルルは小さな口を大きく開けてあくびをした後、


「あー!」


 ブリジットの顔を見て、嬉しそうな声をあげた。


「シャルルは起き方が上手なんです」


 ブリジットはそう笑っていた。


「さ、公爵様。シャルルのおしめを替えましょう!」


「……なぜ私が」


「シャルルのお父様でしょう?」


 貴族家の当主が、我が子とはいえ赤子のおしめを替えるなど、聞いたことがない。


「わたしがお教えしますから!」


 彼女はシャルルをベビーベッドに寝かせ、オディロンの手を引いた。


 彼女の実家に、弟妹がいたはずはないのに。なぜこんなことをできるのだろう。そんな疑問を問いかける暇などなかった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ