第8話 アワイ通商条約 下
「小惑星の採掘許可がとれた!?突然現れた武装組織に、何故?」
「オーナーでもその様に驚くのですね。」
俺は三十代後半に見える様にした偽装を外しつつ、報告に驚く、ギリギリに偽装装置を間に合わせた技術部には感謝だ。
「その件については私から報告を、よろしいですかリアム副官。」
俺が驚いていると、艶めかしい声が執務室に響いた。
扉を開けてやれと指示をすると、メネリク社長が失礼しますと腰の翼を僅かに動かしながら俺の斜め前に立つ。
髪の代わりに羽毛が生え、腰に翼を持つ人翼種、メネリク・バラキエル、彼女こそ白い羽根に褐色の肌が特徴的なお姉さん、我らがアケブラ・ナガスト総合交易会社の経営統括責任者。
「国より商人の方が行動が早いというのは今の時代も変わらないようです。」
「聞かせてもらおう。」
「まず相手の状況として保険料の増加が原因で年々採掘業者は減っていました、そこに夕暮れの星セクターの保険料爆増で全ての宇宙産業の赤字が決定、我々の手を取らざるおえないという感じです」
そりゃきついと納得する。
「経済的孤立が確定する前に手を打ってきました、あのコロニー議長は目の前のチャンスに気が付けるタイプの人間です」
「だがここまでバベル・エデンに有利な物になるわけないだろ。」
と俺は彼女に疑問を問いかける。
「そこはもうオーナーの交渉を事前に確認してたようで、ビビってる相手を揺さぶるなど赤子の手をひねる様に、口八丁でバグワームからのセクター防衛に協力するという条件で採掘権を買い取れました。」
「……なるほど?な」
俺は腕を組みながら、メネリクの言葉を咀嚼する。ああ、大したことのないアドバイスをもらっておいて、後から上司のおかげですと言うような物か。
つまり、彼らは最初から切羽詰まっていた、そこを彼女に気が付かれたのが年貢の納め時、ご愁傷様です。
「彼らは民主国家です。自分のコロニーに必要な水資源の採掘すら民間任せでした、本国の大手運送会社にアワイコロニーのシェアを奪われ続けていました。」
メネリクは艶やかな声で続ける。
俺は静かに息を吐く。
「そこに夕暮れの星セクターでの保険料爆増……潰れた採掘業者は直ぐには回復しない、上手くやったなメネリク。」
「当然です。我々は商人ですから。」
メネリクは軽く微笑み、翼を揺らす。
「それと、もう一つご報告があります。」
「何だ?」
「採掘権の取得に合わせて、工場拠点の建設許可も得られました。」
「確認しよう。」
「宇宙産業が停滞している中、少しでも経済の負担を減らしたい……彼らはそう考えていました。そこで、採掘した鉱物の加工も提案したのです。 人口の多い農業コロニー、内需だけで経済を立て直せると考えたのでしょう。」
俺は一瞬、言葉を失った。
ゲームならお金を払うだけで巨大工場をポンポン建てられるが、それはあくまで宇宙戦国時代の大人気スペースシミュレーション&サンドボックスゲーム『スターオーシャン』の話だ。
現実で大きな工場を建てようと思えば、建築確認申請や工場立地法の届出など、法的な申請が必要で、建築確認申請には自治体や指定確認検査機関の確認がいる。
宇宙戦国時代だから宙域の領有権が曖昧だから国境が変わる前に金にする説など、考察ゲーマーとして色々考えたが、原作小説時代のこの世界では通じない。
いやまて、原作小説時代のこの世界?
「アッカド・シュルル市長の入れ知恵かな?」
「はて、何の事でしょう。」
こういう時、表情が読めるというのは便利な物だ、先のサリエリ少佐との会談も部下の顔色を見ながら話を進めたおかげで、外交ド素人が本職の部下に問題ないですと言われるレベルで行えた。
お世辞かもしれない?泣きたくなるからやめてください。
「君が部下にいてくれて俺は嬉しい」
「!!」
バサリと羽が宙を仰ぐ。
「君と一緒にアワイコロニーに向かったのは三人、その中で今回の事を思いつきそうなのはバグズ戦役の戦前を直に経験しているシュルル市長と考えた。」
「かないませんね、オーナーには……」
メネリク社長の言葉を聞き逃し、俺は考えを話し続ける。
「企業が宇宙に造る工場なんて、せいぜい精錬所程度が限界。なのに、俺の部下たちはその認識の差を突いて、文句を言わせない形で巨大な工場コロニーを作れる条約を結んじまった。……俺、本当に必要か?」
「……オーナー?」
賢い奴しか居なくて自分の必要性に疑問が生まれる。
思わず椅子をくるりと回して視線を逸らすとポンと頭を撫でられた。
「頭を撫でられる年じゃないぞ。」
「すみませんオーナー。」
少し考える様な表情をしてメネリクは言う。
「オーナーの種族は若く見えるので。」
「理由になって無いぞ、シュルル市長には『お前を警戒はしないが、こき使ってやる』と言ってやれ。あと、『心配しすぎると鱗が白くなるぞ』ともな。」
少しのあいだ撫でられてから下がれと言った。
これは――、内緒にして欲しい。