第5話 SF世界の散策
カツン、カツンと廊下を歩く足音が規則正しく響く。
オーナー、年齢は22歳と若く、少年の面影を残しつつその年齢に不釣り合いな威厳があった。
くせっ毛の黒髪は低重力下でわずかに揺れ、静かにその存在を主張する。
切り揃えられた前髪の隙間から覗く瞳は灰銀色に鋭く光り、ダークグレーの軍服には幾つかの勲章と、バベル・エデンの紋章が輝いていた。
住居区画に近いこのエリアは、常に一定の重力が維持されている。
「本当に宇宙にいるんだな……」
窓のように配置されたモニターには、外部カメラが捉えた宇宙空間の映像が広がっている。漆黒の闇と無数の星々。
そして、遠くには救助活動を行うバベル所属の艦船も見える。
「これ拡大出来るか?」
「はい、高精度モニターですので可能です。」
「本当に窓じゃないんだよな」
「⋯⋯、そう言えばオーナーはバベル要塞完成後は執務室と戦闘指揮所を行き来する生活でしたね、ええこちらは構造強度と放射線防御の観点からモニターを採用しました。」
リアムが少し疑問を抱くが自身でそれに納得し答える。
「ほぉーここまで細かく出来るのか。」
指先でモニター表面をなぞると、冷たく滑らかな感触、タブレット等と同じ様に、指で広げ画像を拡大するが映像は全く歪まない。
「こちらが、バベル要塞の中央管制塔です」
リアムに案内され、俺は展望フロアに立っていた。そこから眺める光景に言葉を失う。
360度パノラマビューで広がる宇宙空間。キラめく星々と漆黒の闇。
そして、その手前に浮かぶバベル要塞の外壁や砲台群。
どこまでも続く巨大な構造物の曲線が、美しく弧を描いている。
「これが……要塞の全景か」
リアムがコンソールを操作すると、映像が引いていき、
全長12.7キロメートル、最大幅6.7キロメートル、縦長の宇宙要塞、移動要塞バベルの全容が広がっていた。
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。
要塞は三層の巨大な円盤状構造物だった。中心部に高くそびえる管制塔と、その中央に広がる五種族の居住区画が広がっている。
人間種、獣人種、竜人種、魚尾種、人翼種、ゲームではただのステータス項目だったものが、ここでは実際の異種族の生活圏として機能しているのだ。
「彼らは……今も要塞内にいるのか?」
「ええ、元々バベル要塞に居住している人間以外にも周辺地域の人員は収容しています。」
さらに3つの円盤の縁には無数の砲台と防衛施設が並び、その中にはエネルギーセルの生産施設や産業区画があり、内側に突き出るように配置された無数の施設群が造船所となっている。
「あそこにドッキングしてるのは大型の貨物船か、此処からでも見える貨物船がデカいと言うべきか、バベルと比べると小さいと言うべきか⋯⋯」
今も様々な艦船がそれぞれのドックで整備と補給を受けている様子が見える。
「実感がわかないな、これほどの規模の施設が動くなんて」
下部には巨大なエンジンブロックが取り付けられており、この巨大施設が移動可能な存在であることを示している。
青白い光を放つ推進器が、宇宙の闇に浮かぶ姿は幻想的ですらある。
「ああ、これが俺の移動要塞バベル」
それは何よりも無骨で美しいロマンの塊、宙に浮かぶ宝物。
「護るぞ、このバベルを」
その言葉に、周りにいたスタッフたちが一斉に応える。
「「はい!!」」
彼らの真剣な表情に、一瞬たじろぐ。
あっ、そうか俺が頼られているんだ、ここに来てからいやに人の表情が読める。
ゲーム内のNPCだった存在が、今は俺を頼る本物の人間になっている。
責任がずしりと重く感じた。
「リアム副官わがままに付き合わせて悪かった、バベルに異常が無いか自分で確かめたく⋯⋯、違うな、護る物を改めて見たくなった。」
俺は元の指揮所に向かいながら話す。
「バベルの残存兵力と防衛システムについて確認したい、それから五種族の歴史や、ゲートウェイのこともだ手の空いてる者に用意させてくれ」
「承知しました。情報を整理してご報告します」
窓に映る星空を見つめながら、俺はそっと呟いた。
「ゲームじゃない。これは現実だ。俺がこの要塞と、この中の全員を守らなきゃならない」
宇宙の闇を背景に、バベル要塞は静かに輝き続けていた。