第16話 アメリゴ連邦の波紋
バベル・エデンの執務室。
使節団が去って二日後、オーナーはリアム副官と向かい合っていた。
窓モニターの外には静かな星空が広がり、要塞の外縁部には作業灯が点々と瞬いている。室内の空気は、あの緊張感に満ちた視察の日々が嘘のように落ち着いていた。
「使節は無事帰られたか?」
オーナーは椅子にもたれ尋ねると、リアム副官は端末を操作しながら答えた。
「はい、反応も予定通りです。アメリゴ連邦政府の議会で議題として上がるまでには、十分な時間的猶予があると見込めます。」
オーナーは頷き、窓の外に視線を投げる。
官僚というものは、いかに失敗しないかを最優先にする組織だ。
時間が必要なバベル・エデンにとって、前例を重視する官僚の動きは好都合だった。
今だにアメリゴ連邦政府の議会に議題案すら上がっていないことから、内部の混乱が察せられる。
「そもそもバベル・エデンの生産施設の規模と、軍事・外交にも関係する案件ですので何処の部署が主導するかでも揉めるでしょう」
「財調署あたりが引っ掻き回してくれるかもな、成功させれば功績もデカいが自部署の権限が押し広げられる」
官僚同士の縄張り争いみたいなもんだ、激しくなるわけだと俺は笑う。
「だが残念、バベル案件は軍の成果になる事が決定している」
そう言って見た机の上には、使節団が残していった分厚い報告書の山が整理され保管されている。
その時、通信端末が短く震えた。
リアムが画面を覗き込むと、軍からの連絡が届いていた。
「サリエリ中佐からの連絡ですね、アメリゴ連邦軍の会計課からの声、税務署を中心としたバベル案件の動きを教えてくれていますね」
俺は暗号化通信を開き、解説付きのレポートに目を通す。
行間に滲むのは、軍を含むアメリゴ連邦の官僚機構内の微妙な綱引きだった。
「次のアメリゴ連邦艦隊の大規模整備の受け入れと、バグワームの間引きで実績作りは十分、ここで軍を通してコロンブス共和国に参加を打診すれば――」
「ええ、軍の推薦は得られるでしょう」
オーナーは感心した様子で通信端末を置いた。
「漏れる情報からでも官僚内の力関係を把握出来そうです、きっと計画の微調整に使われるでしょう」
リアム副官は官僚組織の混乱を好ましく感じていた。
「やっぱりうちの法務部と言い、法務参謀局と言い法律を攻撃的に使う人間ばっかりだな」
俺は半ば呆れた表情で言った。
「良い事に見えますが」
リアムが慎重に言葉を選んだ。
「ああ、良い事だ……今はな」
オーナーは最後に小さく付け加えた。
モニター窓の外、補給船がゆっくりとドックに着岸する。
バベル・エデンの巨大な経済圏が、静かに、しかし確実に広がっていく。
「アメリゴ連邦軍の推薦で参加すれば、コロンブス保守派として扱われるだったか?」
「ええ保守派同士の横の繋がりは強く無い、逆に言えば強い繋がりが無くても格が認められれば参加出来る」
「成る程それぞれが単独で強い影響力を持つからこそ、縛りが少ない派閥と言うわけだ」
拡大派と仲良くしているのに保守派に入ろうとしていたのがよく分からなかったが、そう言うわけかと俺は納得する。
「バベルの規模だと縛りで守って貰うより制限無しに暴れた方が良い、軍の下請けと言う顔でコロンブス共和国に参加すれば、格も認められ侮られる事は無い」
「拡大派とは既に裏取引で伝手がありますからね、コロンブス共和国の二大派閥に良い顔ができれば……」
「これならバベル・エデンという新参者でもコロンブス共和国の利権に食い込めるわけだ」
俺は指を鳴らそうとして失敗し、苦笑いを浮かべた。リアムがそれを見て、わずかに微笑む。
拡大派の嫌がらせでバベル・エデンは独立を維持できなかったと言えば、今勢力を拡大する拡大派に対抗するためにバベル・エデンを味方に付けようと行動するだろう。
「この案はバベルのコロニーの政治家連中の案だろう、法務部にバベル内で集められた案を元に計画を練らせて正解だ」
中小企業を集め統合し大企業化、拡大派の企業を保守派の企業と協力して攻撃、同時に、アメリゴ連邦本国で軍需好景気を作り、保守派のコロンブス共和国への興味を失わせれば……
「保守派にとってコロンブス共和国首都はあくまで荘園の様な物、自発的に手放させ、弱ればトドメをと恐ろしいね全く」
俺にアケブラ・ナガスト総合交易会社の法務部からの分析と計画案をパラパラと読みながらそう言った。
通信端末に分厚いファイル、両方に詳細な戦略が記されていた。




