第11話 拡大派商人の取引
バベル・エデンから離れるコロンブス共和国専用シャトル内部。
窓外には徐々に小さくなるバベル要塞が見える。
拡張派を代表する三名の客人たちの反応は鮮明に分かれていた。
『ヌーベル・フィレンツェ重工』CEOハモンド・O・ジャズは背筋を硬くし、指先で静かにパッドをタップし続けていた。
食事中から強張っていた表情は艦を離れた今も緩む気配が無く、時折シャトルの窓を警戒するように見やり沈黙を守っていた。
対照的に、宇宙貿易企業『プレスター・ジョンプラン』のCEO、エンリケ・P・マデイラは満面の笑みを浮かべていた。
「あの製造ラインの規模、こちらの想像以上の生産力を持っているようだ、貨物船の貨物室を一杯にする話に期待が出来る。今から交易品リストを確認するのが楽しみだ」
彼は指先でデータパッドを操作しながら言った。
そして拡張派の外交アドバイザーを務めるトマス・M・ユートピアは、まるで何事もなかったかのように穏やかにコーヒーを啜っていた。
彼の表情からは何も読み取れない。シャトルの安全が確認されるまで、彼は貿易ルートの天候のような無難な話題で会話を続けていた。
「アーテミスセクターの輸送航路にフレアが、輸送計画への影響が心配されますね」
しかしシャトルが母艦のドッキングベイに入ると、トマスの態度が一変した。
彼は素早く二人を自らの執務室へと誘導する。
「バベル・エデンと言う勢力、オーナーと言う人物についてどの様に思いましたか?」
ハモンドが即座に不満を口にした。
「あのオーナーは礼儀を知らぬらしい、 ワインの作法、フォークやナイフを使う順番……、我々の外交的合図を無視し続けていた、それもパフォーマンスの為に。」
吐き出すように言葉を並べる。
「あれが、追い詰められる勢力の行動か?追い詰められた状況で、救いの手になるかもしれない我々にあんな態度を取る!?」
「余程のバカか、根拠のある自信か、 あれは計算されたパフォーマンスだった、そうだなトマス。」
「はい、僭越ながら考えをのべればコロンブス共和国が三派閥に別れている事、保守派に属していない事を知っていると示して降りました、ならば今回の件がコロンブス共和国の大企業が起こしたと見抜いてもおかしくないでしょう」
「だが不軽を買ってまでパフォーマンスを行う理由は何だ、それこそ我々を軽んじているではないか。」
ハモンドが腕を組んで首を振る。
「自身を高く売ろうとしていた」
エンリケが軽く笑いながら割り込んだ。
「高く売る?それはもう成功しているさ。あの製造施設は本物だ。バベル要塞の造船所もコロンブス共和国の国営造船所よりも規模がでかい、下手をすればアメリゴ連邦最大の物よりも。」
「コロンブス共和国に関税をかけられたのだ、撤廃するよう行動するかと思ったがあんな方法で⋯⋯」
「ああ成る程、食事会と言って生産施設を見せたのは『モジュール』の提案をスムーズに済ませるため、関税等どうとでも出来ると言うアピール。」
トマスが慎重に分析する。
「我々がコロンブス共和国の政争、派閥への取り込みのために動いている事を想定していたのでしょうね、だから軍事力を見せてこちらを慎重にさせてからパホーマンスで時間を稼いだ、意味を読み解こうとした時点で術中に嵌っていた。」
「ハハハ、いやに豪華な護衛だと思ったがそういう事か」
エンリケは膝を叩いて笑った。
「艦船は売りたい、税金逃れの話が出来る程度の仲の良さは見せたい、しかし面倒な派閥争いには関わりたくないそういう事か」
ハモンドは眉をひそめた。
「私はまだ納得できん。『同じ人間種』発言をどう解釈する?あれは明らかに何かを匂わせていた」
トマスがおずおずと意見を述べる。
「コロンブス共和国の嫌がらせはしょうもないと言いながら、貴方はそんな事しませんよねと言っているのだ」
「他にも、取引をスムーズに進めるための方便かと、コロンブスの派閥争いを把握しつつも『我々は同じビジネスマン同士』と距離を縮める意図があったのではないでしょうか」
「そう考えれば理にかなっている」
エンリケはデータパッドをスクロールしながら言った。
「これほどの規模の施設を持ちながら、今までコロンブス市場に本格介入しなかったのは⋯⋯」
「しかし『軍人からの発注を受けるようになってから』という言葉はどう解釈する?」
ハモンドはまだ疑念を隠せない。
「あれは明らかに何らかの…」
「単純な問題さ」
エンリケが肩をすくめた。
「彼らは防衛部門との取引も望んでいる。しかし、民間取引から始めたいという意思表示だ。販売実績と言う順序を踏みたいということだろう」
「確かに、軍需契約は政治的にデリケートでそれ故注目されやすい、実績のある無しは審査の通過の大きな一助になる」
トマスが頷く。
「複雑な軍事契約をスムーズに済ませる現実的なアプローチです」
ハモンドはようやく少し表情を和らげた。
「ならば我々は民間の話だ、『モジュール』の提案は確かに興味深い。コロンブス共和国の課税システムの抜け穴を突く発想は実に愉快だ、彼らはビジネスマインドを持っている」
「だろう?」
エンリケは嬉しそうに言った。
「あの生産能力があれば、コロンブス共和国の需要を十分に満たせる。むしろ保守派の製品を駆逐とまでは言えないが値下げ競争に巻き込めば……」
「税金分こちらが有利、忙しくなりそうだ。」