第七話
「ふー、やっぱり泳ぐなら海ですねお姉さま!」
「うん、めっちゃ楽しい!」
千宙と千佳はひとしきり泳いだ後、生徒会が用意したビーチテントの中で一休みした。
「ちかちーって泳ぎ上手いよね、平泳ぎでスイスイ泳いでさ。水泳やってたの?」
「はい。小さい頃にスイミングクラブに通ってましたから。でもクラブが経営難で潰れちゃいまして」
千佳は少年野球出身という経歴を持っていたが、水泳経験者でもあったのは初めて知った。
「じゃあ、野球を始めたのはその後だったんだ。どんなチームだったの?」
「強くなかったですね。人数も少なかったんですぐにレギュラーを取れましたし。だけど足の速さは男子に全然負けなかったですよ。中学でも野球部に入ろうとしてたんですけど、家の事情で星花に進んで、ソフトボールに転向したんです。下村先輩の活躍のおかげで中等部生もソフトボール部に入れるようになったのが良いタイミングでした」
「そういう経緯があったんだね。下村先輩はどうだった? やっぱり怖かった?」
「全然。優しい人でしたよ。でもあんな凄い人いるんだなって思いました。歓迎の印にって練習試合で5打席連続ホームラン打って、私たち中等部員一期生5人全員にホームランボールをくれたのにはもうびっくりしました」
「ひええ、さすがだわ……」
千宙は少年野球と星花入学直後の出来事について、頭の中のメモ帳に書き込んでいった。授業と違ってスッと記憶に残りそうである。
千佳と二人きりでゆっくり話をするのはこれが初めてのことだったが、嬉しそうな顔を見ると会話が自然と弾んだ。お姉さまという立場抜きにしても、仲良くなれそうだと千宙は確信した。
「何だか外が騒がしいですね」
歓声が聞こえてくる。「ちょっと見に行こうか」と千佳を連れてテントから出ると、人だかりができていた。
「よーい!」
メガホン越しの号令に続いて、ホイッスルが鳴る。すると二人の女子が、ある一点を目掛けて砂を巻き上げながら突進していった。
もつれあう形で倒れ込んだが、一人が起き上がって何やら棒状のものを高々と掲げて小躍りした。
「やったー!」
「くっそー……」
よく見ると二人はソフトボール部の久能佑季・佐季姉妹だった。二人とも同じ髪型、同じ色かつ同じワンピースタイプの水着を着ているので、喜んでいる方がどっちなのか判別できない。
「それでは優勝した久能佑季……いや佐季さんだったかな? どっちかわかりませんが賞品として来月から販売予定の天寿製エナジードリンク、『パワージェネレーション』の先行試供品をプレゼントいたします!」
りんりん学校では肝試し以外にも生徒会主催の催しがいくつもあると聞いている。どうやらその中の一つらしい。さっそく久能姉妹に尋ねてみた。
「先輩たち、何してたんですか?」
「ビーチフラッグス大会だよ。寝そべってからダーッと走っていってフラッグ取るやつ」
「あー、はいはい!」
おおまかではあるが、千宙はビーチフラッグスについて知っていた。
「チューもちかちーもやってみたら? 結構燃えるよ」
「うん、燃える燃える!」
と、久能姉妹が勧める。
「お姉さま、やってみましょう。わたしとお姉さまで競争です!」
賞品は「パワージェネレーション」しか無いようだが、未販売の製品を一足先に飲めるという点で賞品としての価値がある。足の速さに自信がある千宙は乗り気になった。
「よし、やっちゃうか!」
「そうこなくちゃ、です!」
千宙たちは、水着の上から「私が企画委員です」というタスキをかけた生徒に声をかけた。
「すみません、二人参加いいですか?」
「はーいOKでーす」
エントリーを済ませたところ、「おう、お前らも出るのか」と後ろから声がした。周りから「キャー!」と黄色い声が上がる。
「あっ、東先輩と草薙先輩!」
ソフトボール部のイケメンダブルエース、東忍と草薙麗が君臨し、会場はヒートアップする。二人とも顔に似合わぬマッシブな肉体を誇示するためか、露出度が高めのローライズビキニを着ている。
「泳ぐのも飽きたんでな、俺たちも参加させてもらおう」
「先輩だからって遠慮しなくて構わないよ?」
とは言うものの、二人はこれでもかと「先輩オーラ」を放っている。しかし勝ってしまったとしても先輩の面目を潰したと因縁をつけてイジメをするような性格でもない。
「じゃあ、正々堂々勝負しましょう!」
「頑張りましょう、お姉さま!」
こうして他に参加者2名を加えた計6名で、ビーチフラッグスが行われることになった。
「それではルールを説明します」
企画委員が改めて参加者にルールを説き始めた。
参加者は20m先にあるフラッグに背中を向けてうつ伏せになり、「よーい」の合図で両手の上にあごをつけ、ホイッスルとともに起き上がって反転し、フラッグを奪いに走る。フラッグとはいうがその正体はゴムホースであり、五本が一列になって砂浜に突き刺さっている。フラッグは参加者より一本少なく、取りそびれた一名が脱落する。つまり二回戦では四本、三回戦では三本と減っていき、決勝戦では一対一で一本のフラッグを奪い合う形となる。
「なお、故意による妨害とフライングは失格とします」
要はいち早くフラッグを取ればいい、と千宙は単純に解釈した。
「それでは競技を開始します。参加者の方は位置についてください」
六人が並び、うつ伏せになった。千宙と千佳は隣同士だが、忍と麗の間には一人の参加者がいた。この生徒が最初の犠牲になった。
「ようお前、なかなか可愛い顔してるな。中等部か?」
「ホント、食べちゃいたいぐらい可愛いね」
「はわわ……」
企画委員が「よーい!」の号令を出し、ホイッスルを鳴らした。
「うりゃりゃりゃりゃー!!」
抜群のスタートを決めた千宙が一歩抜きん出て、ベース目掛けてスライディングするのと同じ要領で滑り込み、フラッグを手にした。コンマ数秒の差で千佳もフラッグを奪取した。
忍と麗の奸計にはめられた参加者は立ち上がりの動作が鈍り、スタートで思いっきり出遅れてあえなく脱落となった。それでも恍惚とした笑みを浮かべていた。
スタート地点での参加者の並び順の決め方は特に決めていない。それを良いことに、忍と麗は二回戦でももう一人の参加者を挟み込んで、同じように甘い声をかけて動揺させ、同じように脱落させた。
「先輩たち卑怯すぎんだろ……」
千宙は聞こえないようにぼやいた。しかしここからは二人の甘い戦術は通用しない。ソフトボール部員どうしのガチンコ対決だ。