第二十九話
夕食が終わると自由時間である。周辺に大した娯楽施設が無いので遊ぶとしても駅の土産屋に繰り出して買い物をするぐらいだが、千宙は家族向けに定番のバナナ型のお菓子を買った。
宿に戻って部屋でのんびりくつろごうとしたところ、ノックの音がした。
「はーい」
「おう、入るぜ」
野性的な声色は忍のものだった。ドアを開けたところ、麗も一緒にいた。それどころか加瀬みりなと吉川さくらの二遊間コンビ、久能姉妹までいる。もう嫌な予感しかしない。
「なんだあ? 宗教の勧誘を見るような目しやがって」
「いやあの、大勢で何でしょうか……?」
「ちょいと試したいことがあってな」
「試したいこと?」
「この部屋、ホテル側の手違いで有料放送にロックがかかってねえらしい」
「え?」
「大人が泊まると勘違いしてたみたいでな。そこでだ。有料放送が見れるかどうか試してえ」
忍は暗証番号が書かれた紙を見せた。自販機で購入したレシートに書かれている暗証番号を有料放送画面に打ち込むと見られるようになるという仕組みである。
シングルベッドの部屋に六人も押しかけたものだから一気に狭苦しくなったが、千宙と千佳は壁側に押しやられて無遠慮な先輩たちがテレビの前にかじりついた。
「よし、じゃあ入れるぜ」
忍が適当な映画を選んで暗証番号を打ち込むと、果たして映像が再生された。
「やっぱりな。千円が無駄にならずに良かった。つーことで今から楽しい自由時間を過ごさせてもらうぜ」
忍たちは居座る気満々である。
「ゆっくりくつろぎたいのに、ねえ」
千宙はボソッと千佳に耳打ちすると、小さくうなづいてくれた。
しかし忍は映画を停めてメニュー画面に戻すと、何とアダルトジャンルを選択した。「18歳以上ですか?」の選択肢を無視して先に進むと、肌色の画像が目に飛び込んできた。アダルトビデオのパッケージ画面らしい。
「なっ、ななな何してるんですか先輩!?」
「だから楽しい自由時間だっつってんだろ。お前AV見たことねえの?」
「ありませんよっ、男じゃないのに」
「俺はしょっちゅう見てるぜ。結構タメになることもあるからな」
何の参考になるのか全く理解できないが、忍にリモコンを握られてしまってはもうどうしようもできない。
『姦』というたった一文字のタイトルを見た忍が目を細めた。三人の全裸の女優が肌を寄せ合っている構図の画像も映っている。
「あー、女三人いるから『姦』か。上手く考えたな、こいつにすっか」
忍が再生ボタンを押す。冒頭で三人の女優がインタビューに答えていたが、忍は興味ないとばかりにスキップボタンを押して飛ばしたところ、いきなり三人が舌を絡め合っているシーンになった。
「ひえっ!」
「根積、今更何ビビってんだ。俺と麗が楽しんでるところ何度か見てるくせに」
「お姉さま……?」
千佳の冷めた声が耳を打つ。
「違うって! だって先輩たち、ところ構わずいやらしいことするもん……てか、ちかちーも見たじゃん、りんりん学校の肝試しで」
「あ……」
顔をあからめてうつむいてしまった。
「ハハッ、じゃあAVぐらい楽勝だな」
忍はそう言いながら早送りした。いよいよ三人どうしの絡みあいが始まってしまった。三人分の吐息と喘ぎ声は大きく、隣室に聞こえてやしないかヒヤヒヤする。いつの間にか先輩たちはカップルどうしで肩を寄せ合い、妖しい雰囲気が醸し出されてきた。
「うお、すっげ……」
「忍、いい感じになってきたんじゃない?」
とか言いつつ、麗が忍の体をいやらしく擦り出す。
ホテルの落ち度があるとはいえ、忍の悪事に加担している気分に陥ってしまいもしも監督とコーチにバレたらどうするのか、と千宙は気が気でなかった。しかし同時にスリルを感じ、楽しんでいる自分もいた。
その証拠に、一種の怖いもの見たさもあって画面から目を離すことをしていない。性的な知識は無いわけではないし、性描写を含む漫画を読んだこともある。ただそれは女性向けのソフトなものであり、行為を露骨に描いてはいなかった。
双子姉妹も二遊間コンビも、感嘆の声を漏らしつつお互いの体をまさぐりだした。ますます部屋の空気が妖しさを増してくる。
「ちかちー、大丈夫……?」
「……」
千佳は体を寄せてきた。シャンプーの残り香が鼻をくすぐるが、とてつもなく甘く感じた。備え付けのシャンプーは高そうではなかったのに。
一緒にシャワーを浴びたときのことを思い出して、下腹部に妙なうずきを覚えだした。
(私、ほんとやばいかも……)
*
その頃、谷木弓月の部屋では。
「これで本当に上手くいくのかあ?」
弓月はベッドでうつ伏せになり、美都からマッサージを受けていた。もう一つのベッドでは同部屋の弘美が座っており、書類に目を通しながら答えた。
「フロントに上手いこと言ってあの部屋だけ有料放送を停めさせなかったけど、今頃肉食系軍団に飲み込まれてその気になってるはずよ」
「あいつらみたいなのがこれ以上増えても困るんだが……」
「でもその代わり、パフォーマンスが向上するならいいでしょ」
ソフトボール部では部員どうしで恋人になった途端に成績が飛躍的に上がる、というジンクスがある。弘美はそれが本当かどうか過去にさかのぼって記録を調べたところ、確かに恋人持ちになるとほぼ全員に成績向上の形跡が見られた。あの下村紀香も一年の終わり頃から、黒犬静という今年引退したマネージャーとつきあいだしてから打率が向上しているというデータがしっかりと存在しているのだ。
「八尋さんは最近長打力が伸びてるし、根積さんも今こそ代走メインだけどまだ伸び代がある子。二人が恋人どうしになれば秋の大会が面白いことになるかもね」
「ま、ところ構わず盛るようなことしなけりゃ別に良いけどな。おい鷹野、もう腰は良いから足揉んでくれ」
「はーい」
美都はグイグイと太もものあたりを揉みしだいた。
「黛先輩、私にも恋人ができたらエースピッチャーになれますか?」
「相手に良いところ見せたいと思って努力するからパフォーマンスが向上する、というのが私の仮説。恋人ができたら不思議な愛の力で急に強くなるわけじゃないわ」
「ですよねー」
「ちなみに鷹野さんの好みは?」
「んーとね、とにかくたくましい人です」
「だったら弓月がいいんじゃない?」
えっ、と声を出したのは弓月だった。
「冗談いうなよ。あたしはガタイでかいだけで顔も性格も悪いの自覚してっから絶対鷹野が苦労するわ」
「えー? でも私はキャプテンのこと嫌いじゃないけどなあ」
美都はそう言いながら太ももの内側にスルッと手を入れた。
「おっ、おいっ! どこ触ってんだ!」
「すみませーん、手が滑りましたー」
弘美は書類でニタついている口元を隠した。
ノックの音が聞こえたのはそのときであった。