第二十五話
「みんな、週末は東京行くで。新人戦前の仕上げじゃ!」
練習後のミーティングで、副顧問の田辺大輔が唐突に切り出した。
ホワイトボードに張り出された日程表を見た一同がどよめく。
「九段女学院と再試合やるんすか?」
弓月の言葉に、大輔の坊主頭が大きくうなずいた。
「実は親善試合の後にな、ローデス監督から電話かかってきてん。もう一度やれませんかってな。もちろんOK出したけど、二度も来てもらうのはアレやから今度はこっちから出向くことにしたんや」
「あの小森とかいうやべーのともう一度当たるんスね。おい忍、てめー二本もホームラン打たれてんだからやり返せよ」
「わーってる。田辺先生、俺に先発させてくださいよ」
「それ決めるんは菅野先生の方や。ワシは中等部の監督せなアカンからの。それに、相手は九段だけやないしな」
スケジュール表に書かれている予定では、高等部と中等部が分かれて各々が試合をするが、一日目はいずれも変則ダブルヘッダーで高等部は地元の公立高校、中等部は公立中学校が試合相手となる。二日目が九段女学院との試合で、親善試合とは異なり高等部中等部ごとで対戦する。
今まで遠征する機会は無いわけではなかったが、これ程タイトなスケジュールは少なくとも千宙にとっては初めてだ。
「きついかもしれんが、これも強いチーム作りのためや。気張ってけよ!」
大輔はそう締めくくった。
*
メッセージアプリの部内連絡用グループにも送られたスケジュール表を、千宙は改めて確認した。
「ええと、朝8時出発で現地に11時着。12時に第一試合開始。昼ご飯はバス内で済ませておく……えー、宿泊先は区内じゃないんだ。次の日は朝9時から試合してご飯食べて帰ると。観光する時間が全然ないじゃん……」
副顧問が東京行くで、と遊びにでも行くような口調だったから少しは期待していたのだが。
「こういう東京旅行もありじゃないですか?」
着替えを済ませた千佳が言った。
「わたしの場合は一応、里帰りになりますけど」
一応、という言葉から複雑な感情が伺える。
「ちかちー、やっぱり辛い?」
「いいえ。今は家のことを考えてるヒマが無いですし。自分のやるべきことをやるのに忙しいですからねっ」
千佳は力こぶを作った。筋肉の見た目にあまり変化は見られないが、内面は別だろう。
「でも、お姉さまとのんびりできる時間がほしいなあ。ちょっとだけでいいから」
「ちかちー、そんなこと言ったら……」
案の定、周りが生暖かい視線を投げかけてきた。朝練で千佳とのハグを見てから、そういう仲だと認識されているのだ。
「はい、帰ろ帰ろっ! 中一、戸締まり忘れないように!」
千宙の不自然な先輩として振る舞いを見た周囲は笑いを堪えていたが、千宙と千佳の姿が見えなくなってから一斉にどっと吹き出した。
「チューのヤツ、もう素直になりゃいいのに……」
美都に至っては涙が出るぐらい笑っている。
「こりゃ先輩としてもアシストしてやんなきゃな、麗ならどうする?」
「僕たちの熱い絡み合いを目の前で見せつけてやるのはどう?」
「じゃあ加瀬と吉川、久能姉妹も一緒だな」
「え、私たちも?」
「いいですね! 我慢できなくなっちゃうと思います!」
「「やっちゃいますか!」」
おいっ! と弓月が怒声を張り上げる。
「お前らピンク色の雰囲気を作ることばっか考えやがって。もっとマシなやり方はねえのか?」
「お? キャプテン殿こそ何かアイデアあんの?」
「恋愛経験無しなのに?」
煽ってくる両エースに対して言い返せず、「ぐぬぬぬ……」と悔しそうに唸るしかない。
「おい黛、お前の考えを聞きたい」
指名を受けたのは黛弘美というマネージャーである。部の規模拡大に伴って現在四名のマネージャーを抱えるまでに至ったが、その中のリーダー格であり、部の管理運営の一切を取り仕切っていた。
「そうね、まずは二人きりになれる時間を増やしてあげるのが大事ね。谷木さん、二人でいい雰囲気になれる場所ってどこだと思う?」
「どこって……さっきスマホで宿泊先の辺り調べたけど、多摩川で散歩するぐらいしかねえぞ」
「何も無理に外に出かけなくてもいいのよ」
弘美はA4用紙一枚を取り出した。
「これ、宿泊先の部屋割り表。二人一部屋で泊まってもらう予定だけど」
「わかったぞ。根積と八尋を同部屋にするんだな?」
「それだけじゃ芸が無いからちょっと細工するわ。部屋の内容をよく見て」
「え、これは……」
おお、とどよめきが起きた。
「さらにもうひとつスパイスを加えたらいい感じになるはずよ」
「スパイス?」
「それはね……」
千宙と千佳の知らぬところで、陰謀は進められていく。