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第二十三話

 10月、新人戦の季節がやってきた。とりわけ高等部の場合は春の選抜大会の予選も兼ねているため、練習はさらにハードなものになっていった。


 シート打撃では千宙がセンターにつき、クラスメートの鷹野美都が投げていた。美都はライズボールを得意としており、フライアウトを量産している。千宙のところにも何度か打球が飛んでいるが、ほとんど定位置に近いところだからあまり足の見せ場がない。


 続いて打席に入ったのは千佳だった。


 星花祭の招待試合後にスラッガーを目指す発言があってから、独自のウェイトトレーニングを行っていることは知っている。食事にも気を使っているようで、さすがに焼き鳥を毎日食べるというのは冗談ではあったものの、ウェイトトレーニングの効果を引き出す食事法を実践しているとも言っていた。


 打撃フォームも変わっていた。以前はバットを短く持ってコンパクトなスイングをしていたのに、今の千佳はバットを長く持ち構え方も大きくなっている。


 それがどうも、違和感が拭えないものであった。せっかく自分みたいに速い足があるのだからそっちを活かした方がいい、とは思っていても言い出せていなかった。


 美都がツーストライクまで追い込む。キャッチャーのサインはライズボールだ。勢いをつけてライズボールを投じる。


 若干甘く入り、芯で捉えられた。


「ええっ!?」


 良い角度に上がった打球が左中間めがけて飛んでいくが、以前の千佳ならここまで強い打球を飛ばせなかった。千宙は必死で走った。向かい風だったのが幸いしたか打球が失速していく。フェンスギリギリのところで振り返って捕球した。


「あっぶな~……」


 美都に返球すると、サンバイザーを取って謝意を示してくれた。


 打順が二回り目に入ると、今度はランナー一、二塁の想定で進められる。投手は美都から中等部生の藤木に交替していた。千佳の同期で中等部チームのエースだ。ここはセオリー通りシンカーを引っ掛けさせてダブルプレーを狙いたいところ。


 千佳の二打席目。藤木は初球からシンカーを投げた。


 ブンッ! とバットが空を切る音が聞こえてきそうなほどの大振りだった。普通なら空振りするところをたまたまボールが当たったというべきだろう。レフト方向へ大きく上がった打球は風を受けてファールラインギリギリまで流されつつも、フェンスの向こう側に入っていった。


「ホームラン!」


 審判役の部員が手を回すと、千佳は嬉しさを顔に出しながらダイヤモンドを一周した。ファウルポールがついてない分フェアなのかどうか分かりづらいところだったが、フェンスを越えたのは確かだった。


 練習試合も含めて、千佳の初ホームランである。ただ、千宙は素直に喜べなかった。小森亜矢のようなスラッガーになりたいとはいえ、あんな大振りをしていたらフォームが崩れかねない。喜びよりも心配が先に出るのは無理ないことであった。


 攻守入れ替わって、今度は千宙が打席に立つ。中学時代は二年生からレギュラーになりずっと一番打者だったが、星花に入学してからは数えるほどしか打席に立ったことがない。


 そんな千宙が相手するのはよりによってエースの東忍である。その後ろ、ショートの位置に千佳がいるが、千宙に向かって握り拳を見せてきた。「がんばってください」と言っているようだった。


「東先輩相手にどこまでやれるかだけど……やるしかないか」


 体格の小さい千宙はフォームもこじんまりとしていて、バットも短く持っている。それでも忍の豪速球にはかすりもしない。球速以上に球が走っていて、ポンポンと二つストライクを取られた。


「おいおい、全然タイミング合ってねえぞー」


 キャッチャーの弓月に笑われる。忍も当てられるもんなら当ててみろとばかりに不敵な笑みを浮かべている。


「う~、もうこうなったら……」


 ヤケクソで振るしかない。どうせ自分に打撃は期待されてないし、忍の調整相手で選ばれただけだと勝手に思いこんだ上での結論である。


 忍が三球目を投げた。


「えいっ!」


 ベシッ、という鈍い音とともに重たい感触が両手に伝わってきた。奇跡的にもバットに当てることができたのだ。


 しかし打球は力なく忍の真上に上がっている。とにかく千宙は全速力で走り出した。落としてくれることを祈りつつ。


「おー、よく当てたな。褒めてやろう」


 忍は手を広げて自分が捕る、という意思を示す。しかしこのとき、吹いていた風がさらに強くなっていた。ボールは揺れながらホームベース方向に押し戻されていき、目測を誤った忍が体を伸ばしてグラブを差し出したが、先端に当て落としてしまった。


「本当に落とした!?」


 千宙は二塁めがけて突進する。ベースカバーに千佳が入っていた。


 弓月が拾い上げて二塁に送球する。大きな体格に見合うだけの肩の強さを持っており、矢のような送球で刺しにかかった。タイミング的にはアウトだったが彼女も慌てたのか、送球が上にそれてしまった。


 千佳が飛び上がって捕球する。着地しようとしたところに、スライディングしてくる千宙の姿が。


「わっ……!」


 もうもうと土煙が上がった。


 千宙にはベースに足が触れている感覚があった。しかし顔には何やら柔らかいものが押し当たっていて何も見えず、呼吸もままならない。


「むぐぐっ……?」

「あいたた……あっ! おっ、お姉さま!」


 柔らかいものがなくなって視界が開けた。千佳が自分に覆いかぶさっていた。


「大丈夫ですかお姉さま!」

「う、何とか……」

「ああ、お姉さまの体に何かあったら……」

「ちかちー、まずどいてくれるとありがたいんだけど」

「すみません……」


 千佳が離れてようやく自由の身になった千宙は立ち上がったが、体のところどころに痛みがある。千佳に乗っかかられたのだから痛めても不思議ではない。


「すみません、本当にすみません……」

「いや、あれは仕方ないよ」


 痛みがあるとはいえ、体と手足はどうにか動かせるようだ。しかし二人は弓月の指示で保健室に行かされることになった。


「二人とも見たところ、骨に異常は無さそうね。軽い打撲だと思うけど、痛みが引かないようだったら病院に行ってね」


 診たのは高等部養護教諭の白井りあである。


「ありがとうございました。ところで今日は白井先生お一人ですか?」

「そうよ。八神先生と武先生は今頃高城先生主催の地獄の新人研修真っ最中よ」

「地獄!?」

「というのは冗談だけどね。わたしの仕事が楽になるためにも高城先生にはみっちり教育してもらわないとねえ」


 と、教師らしからぬ発言をした。今年から八神麗緒(やがみれお)武梓(たけあずさ)という養護教諭が加わり、中高合わせてとはいえ四人体制となっている。養護教諭を四人も抱えているのは星花女子ぐらいのもので、さらにそれに加えてスクールカウンセラーが二名いる。他校から見れば過剰ともいえるケア体制が整備されているが、実際にそれが星花女子が進学先に選ばれる理由の上位に挙げられていた。


「しかし状況を聞いていると、よく大怪我しなかったと思うわ。ランナーと守備の衝突は下手するとソフトボールができなくなるどころか、日常生活に支障をきたすほどの大怪我に繋がりかねないから」

「日頃の行いのおかげじゃないですか? あはははは」

「本当に、お姉さまが無事でよかったです」

「ん? お姉さま?」

「あっ。いえ、そのこれは……」

「わかったわかった。みなまで言うな。なーんてね」


 白井先生は意味ありげな笑みを浮かべた。


「し、失礼します。行きましょう、()()

「あ、うん」


 一礼して保健室を出ていく。まだ練習が終わっていないので急いで戻らなければならないが、下駄箱でスパイクに履き替えている最中、千宙はついに前から思っていたことを千佳に話した。


「さっきのホームランだけど、ちょっと大振りしすぎじゃない?」

「えっ?」

「ちかちーは足があるんだし、無理にホームランを狙わなくても……」


 一瞬で千佳の表情が曇った。


「だってわたし、スラッガーになりたくて……お姉さまだってわかってくれてたはずでしょ?」

「そうじゃなくて、無理しなくてもいいってことだよ。ちかちーにはちかちーの良さがあるんだからそっちを活かして……」

「わたし、小森さんみたいになりたいって決めたんです!」


 千佳が声を荒げたものだから、肩をすくめた。しかし口答えをしてきたことにすぐさま苛立ちを感じて、こう言い放ってしまった。


「ちかちーのお姉さまって私なの? 小森さんなの?」

「……!」


 千佳は何も言わず外に駆け出していった。


「あっ! 待って……」


 その速い足でもう声の届かぬところまで行ってしまった。


「どうしよう……」


 頭を抱えていれば吐いた言葉を取り消せるのであれば、どれだけ楽だったであろうか。

星花女子学園の手厚い生徒のケア体制を支える養護教諭陣とスクルーカウンセラーを紹介します。


【養護教諭】

白井りあ(高等部担当) 考案者:坂津眞矢子様

八神麗緒(高等部担当) 考案者:芝井流歌様

高城綾音(中等部担当) 考案者:坂津眞矢子様

武梓(中等部担当)   考案者:砂鳥はと子様


八神先生と武先生は立成20年採用、14弾時点では新人教師です。


【スクールカウンセラー】

中条和 考案者:しっちぃ様 星花女子大学カウンセラー兼任

真船瑠璃 考案者:砂鳥はと子様 非常勤で本業は精神科医

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