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第二十一話

 思わぬ形で守備アピールのチャンス到来とはいえ、この日の麗は好調で前のイニングから引き続き三振の山を築いていった。


「ストラックアウッ!!」


 5つ目の三振を奪った麗は涼しげな顔でボールを受け取った。キャーキャーとファンが騒ぎ立てる声がセンターまでよく聞こえてくる。


「あと一個で東先輩を越えるな……」


 しかも親善試合とはいえ、格上の九段女学院相手に三振数を争っているのは上出来にも程があるといえる。


 麗は三人目の打者に対して、6つ目の三振を奪おうと果敢に攻め立てたが、かえって単純な投球に陥ってしまいレフト前に痛打された。


 そして次は小森亜矢である。


「忍からホームランを打つなんて許せない……」


 などと先ほどまでベンチで殺気を振りまいていたものだが、6つ目を亜矢から取ればいい仇討ちになるだろう。


 とはいえ麗も忍と投球スタイルは違えど直情的な性格である。まずはお礼参りとばかりに内角高め、顔の前を通して脅すつもりでビーンボールを投げた。


 亜矢の面食らった顔が見えたが、次の瞬間、まるで剣道で面に竹刀を振り下ろすような大根斬りを見せ、ボールを弾き返した。


 打球はセンター方向、浅いライナーで飛んでいく。まさか打つとは思わなかった千宙は一歩遅れて、ボールを捕るために全速力で前進した。自分の前に落ちそうになったが、飛び込めば捕れるかもしれない。


 千宙は安全策を選ばなかった。打球めがけてダイブすると、ちょうど顔のところにボールが来た。よし捕れる、とグローブを差し出したが、変な打ち方をしたために変な回転がかかっていたのだろうか。それとも目測を若干誤ったか。千宙の目にはボールがフワッと浮いたように見えた。


 打球はグローブの上をかすめて……おでこに直撃した。千宙の悲鳴と鈍い音が重なった。ボールは力の向きを変えて内野方向へ、なんと麗のところまでダイレクトで跳ね返ってきた。麗が捕球すると、審判は困惑気味にアウトを宣告した。


 顔を手で覆ってうつ伏せに倒れたままになる千宙。いくらゴムボールとはいえ痛いが、それ以上に羞恥心で精神的な痛みを負っていた。グラウンドは大爆笑の渦に包まれている。まさに穴があったら入りたい心境である。


「お、お姉さま……大丈夫ですか?」


 千佳が氷のうを持ってきた。その顔を見ると、頬が膨れていてあからさまに笑いを堪えている様子であった。


「ああっ、もうっ……笑わないでよ……」

「すっ、すみませ……」


 とうとう我慢の限界を越えて、千佳は大声で笑い出した。


 両軍ベンチもみんな笑っている。さっきまで泣いていた翠ですら含み笑いしている。逆に千宙は泣きそうになった。


 この珍プレーは後に「根積ヘディング事件」と呼ばれ、ソフトボール部の伝説的珍プレーとして長く語り継がれていくことになる。


 *


 一時間経過したところで時間切れとなり、試合は終わった。


 結果は2対1。亜矢一人で叩き出した打点で敗れはしたものの、まず善戦と言って良かった。整列して互いに礼をした後、九段女学院の選手たちはさらに観客たちにも一礼して拍手を浴びた。


 九段側が帰り支度をする中、亜矢が星花ベンチ前にやってきた。


「八尋さーん!」

「あ、小森さん」

「どうだった? 私のホームラン」

「いや、もう言葉がないです。どうやったらあんな力出るんですか……?」

「そりゃもう、肉をモリモリ食ってウェイトトレーニングをみっちりよ」


 両腕をLの字にして大きな力こぶを作った。二の腕は千佳のよりも二回り以上太く、千佳は「ほおお……」と目を輝かせて唸った。


「特に鶏肉が一番いいんだって。毎日根積さんとこで焼き鳥食わしてもらってトレーニングしたら私みたいになれるよ」

「本当ですか!」


 千佳はますます目を輝かせるが、千宙が「ちょっと」と待ったをかけた。


「まだ体が出来上がってない時期にウェイトトレーニングは良くないって言うよ?」

「でもわたし、もうお姉さまより体大きいし……」

「うっ」


 二学年下にも関わらず背丈は千佳の方が一回り高い。もっとも千宙の方が同学年女子の平均よりかなり低いだけで、千佳が特別大きいわけではないのだが。


「小森ー! 何してんの! もう行くわよ!」

「おっと、キャプテンが呼んでる。じゃあまたね!」


 亜矢はさっと巨体を翻して走り去った。


「うーん、いろいろとすごい人だった……」

「お姉さま、わたし決めました!!」


 千佳が叫んだ。


「な、何を?」

「わたし、小森さんのようなスラッガーを目指します! 毎日お姉さまのお家で焼き鳥食べて体をもっともっと大きくします!」

「いやいや、落ち着こ?」

「思えば下村先輩もお肉をがっつり食べてましたし……」

「だめだ、全然聞いちゃいない……」


 *


「あーあ、全然遊ぶ時間が無かったなー」


 亜矢はバスの車窓越しに高速道路から見える遠景を眺めつつぼやく。


「昨日流しそうめんやってたじゃない」


 隣の朱里が言う。本来は先輩たる彼女が窓側の席に座るべきだが、窓側だとかえって落ち着かない性格のため亜矢に席を譲っていた。


「今日の方がたくさん出し物あったでしょー? しかもゆりりんとmizerikordeのライブやってたらしいし、親善試合を謳ってるなら見せてくれてもいいのに」

「はいはい、いつまでもグチグチ言わない」


 朱里はイヤホンをつけて、スマホの音楽を聴きはじめた。彼女が好んで聴くのは二人組アイドル、JoKeの曲だ。メンバー二人とも星花女子の生徒だったなと思い出したのは帰りのバスに乗ってからで、探し出してサインを貰っておけばよかったかなと正直後悔しているところである。


 今回の親善試合ではベストメンバーを出していない。キャプテンの朱里が登板したのは相手の顔を立てるためではあったが、試合では本気で投げた。それでも打者一巡後にはしっかり対応されてしまい、もっと慎重に投げなければいけなかったなと反省しきりであった。


 亜矢は今回がデビュー戦だったが、歓声の中でも全く物怖じせず豪快なホームランを二本も放った。守備は良くないし図体に似合わず子どもっぽいところがあるのが難点だが、彼女がいる打線は相当な破壊力を持つことになるだろう。


 それにしても今まで数々の試合をこなしてきたが、星花女子との試合は朱里にとってなかなか楽しいものであった。文化祭の中だったからかもしれないが、試合中にベンチから楽しそうな空気が伝わってきていた。自分のチームが楽しくないというわけではないが、先輩後輩、中学生高校生の垣根を越えて試合を盛り上げていたところは見習わなければいけないところである。


 もう一度、星花女子と試合をしたい。朱里は心の底からそう思った。

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