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第十四話

「超高速流しそうめん……?」

「ま、見ててください」


 普段我々が知っている流しそうめんは、流水に乗ってゆったりと流れてくるそうめんを掴んで食すものである。しかしこの「超高速流しそうめん」では三階からほぼ垂直に近い角度で竹が降ろされている。


「いきまーす!」


 教室にいる生徒の掛け声の後、ひとかたまりのそうめんが流された。いや、落とされたという方が正しいかもしれない。重力加速度を得たそうめんは下で待ち構えていた生徒の箸を弾き飛ばし、水を張ったたらいに着水。舞い上がったしぶきをもろに浴びた生徒は「やーん!」と可愛らしい悲鳴を上げた。


「うーん、見てる分には楽しそうだけど……」

「では、お姉さまもどうぞ!」


 千佳は千宙の考えなど関係なしに勧めた。しかし焼き鳥を食べてもらった以上断ることはできず、あれよあれよと言う間に割り箸とめんつゆ入りの紙コップを渡された。


「さあ、召し上がってください!」


 千佳が手を上げて合図すると、「いきまーす!」と掛け声が。


 白い塊が落ちてきた。千宙は竹に箸を差し入れ、ゴロを取るときのように中腰の体勢で構えた。


 箸にそうめんが絡んだが、三階からの位置エネルギーの大きさは千宙の想定以上であり、先ほどの生徒と同じ運命をたどった。


「うひゃああ!」

「あははは! もろにかぶりましたね!」


 千佳はずぶ濡れになった千宙の顔を自分のハンカチで拭き取った。


「も、もうちょっと流すそうめんの量を減らした方がいいんじゃないかな……」


 千宙はそう言いつつ、たらいからそうめんをすくい取りつゆをつけて食べた。


「あ、でも美味しい。コシがあるな」

「さすがお姉さま、味の違いがわかりますか。なにせ揖保○糸の黒帯を使ってますからね」

「特級品じゃん、もったいなっ!」


 この辺はさすがお嬢様学校といったところか。


「へー、変わった流しそうめんだねえ」


 髪型をポニーテールした、えんじ色のブレザーを着た女子高生が覗きに来た。彼女もまた他校からの招待客と思われるが、背丈は谷木弓月よりも一回り大きく千宙たちを驚かせた。ブレザーはパツパツで胸をこれでもかと強調しているが、それよりも体格の大きさの方に目が行ってしまう程である。


 それだけでなく、膝上20センチぐらいまで上げたスカートから、筋肉質の脚を堂々と見せていたのにも驚かされた。普段から鍛えていることは明らかであった。


「私も挑戦させてくれ」


 低い声も体格に合っている。


「は、はい。どうぞ」


 千佳が割り箸と紙コップを渡す。ポニーテールは「流しそうめん、実は初めて食うんだよね」と笑いながら割り箸を口でくわえて割ると、竹の前で割り箸を高く掲げた。まるで漁師が銛で魚を狙っているかのように見えた。


 こんな構え方で流れてくる、いや、落ちてくるそうめんを掴み取れるのか、千宙だけでなく見ていたものはみんな同じ疑問抱いたはずである。


 千佳の合図を受けて、そうめんが落とされた。


 千宙はそうめんを目で追っていたが、たらいに落ちる寸前でパッ、と消えてしまった。


「ええっ!?」


 動きが全く見えなかったが、そうめんは確かに、一瞬で割り箸にうまいこと絡め取られていた。ポニーテールはそうめんをつゆの中でほぐすと、ズルズルという音を残して口の中に収めていった。


「んっ、うまーい!!」


 ものの数秒でそうめんを平らげると、なんとつゆまで飲み干してしまった。


「ごちそーさん!」

「どうも、ありがとうございました……」


 ポニーテールはじーっ、と千佳の顔を見つめている。ただでさえ引き気味の千佳の顔がさらにこわばる。千宙も同じく。


「あの、何か……?」

「うーん……君、昔どっかで会ったような……?」

「はい?」


 おーい、と呼ぶ声がする。同じえんじ色のブレザーを着た生徒たちが遠くで手を振っていた。


「ごめん、明日また来るから。それじゃっ」


 ポニーテールはダッシュで去っていった。


「何か、いろいろ凄い人だな……」

「あっ!!」


 千佳が突然大声を出した。


「どしたの!?」

「思い出しました。あの制服、九段女学院のですよ。わたし、東京にいた頃に九段の生徒を見たことがありますから間違いないです」


 明日、招待試合で対戦する相手である。道理で恵まれた体格をしているわけだ、と千宙は納得した。


「あの人誰? ちかちーのこと知ってるっぽかったけど」

「あんなごつい人までは知りません……」


 千佳は記憶の底を辿ろうとしてか首をひねったが、何も出てこずじまいだった。


「まあそれは一旦置いといて、とりあえず時間あるから一緒に回ろっか」


 千宙と千佳は二人連れでいろんな出し物を堪能したが、その合間にまたポニーテールと再会するかもしれなかったが、ついに最後まで出会うことはなかった。今日は本当に顔出しするだけで、明日の試合に備えて帰ってしまったのかもしれない。


 大きな混乱も無く無事一日目が終わろうとしている中、ソフトボール部員は弓月の指示で部室に集合していた。


「今から明日の段取りについて説明すっからよく聞いとけ。試合は朝9時半開始、中高合同チームで全員がベンチ入りする。グラウンド整備と試合の準備は朝7時半から。先輩後輩関係なく動いてさっさと済ませること。開会式が終わったらもう一度グラウンドに集合して練習開始だ。試合の詳細なルールは明日追って知らせる。何か質問はあるか?」


 矢継ぎ早に伝えられると、「はーい」と草薙麗が気だるそうに手を挙げた。


「試合終わったらすぐ抜けていい? 僕、助っ人頼まれてるんだけど。忍も」

「助っ人だあ? 何のだ?」

「男装カフェだよ。すっごく盛り上がっちゃって人手が足りないんだって。明日の一般公開は大混雑必至だから僕と忍も手伝ってくれって頭下げられちゃった」

「そういうことだ。まっ、親善試合とはいえやることはちゃんとやるから安心しな」

「ったくしょうがねえな。まあいいだろう、人はいっぱいいるしな」


 弓月は下級生たちを見回した。上下関係は体育会系の宿命とはいえ、最上級生というだけで試合後の始末を免除されるのは千宙にとってはどうにも腑に落ちなかった。


「明日はお客さんいっぱい来るし、テレビも入ってくる。恥ずかしくない試合をしよう、いいな!」

「「「はい!」」」

「以上、解散!」

「「「ありがとうございましたー!」」」


 閉会時間に差し掛かる頃となると、もうほとんど星花の生徒しか残っていない。千宙は後片付けと明日の準備のために屋台に戻ろうとしたら、千佳に呼び止められた。


「あの、急で申し訳ないんですけど」

「どしたの?」

「今日、お姉さまの店へご飯食べに行っていいですか?」


 本当に急なお申し出で、思いもしなかったことだったから声が出てしまった。


「ご迷惑でしょうか?」

「いやいやとんでもない! 嬉しいよ!」

「ありがとうございます。焼き鳥が美味しすぎたのでもう一度食べたくて、でも明日まで待てなくて」

「そんなに気に入ってくれたんだ。ありがとう!」


 中学の頃に部活仲間と店で打ち上げ会をしたことがあったが、個人を招き入れるのはこれが初めてである。


「焼き鳥以外にも美味しいものはたくさんあるからね。明日に備えて栄養つけよう」

「楽しみです!」


千宙はさっそくその場で家に電話した。


『お電話ありがうございます、くし友でございます』

「兄貴? 私だけど」

『なんだ千宙か』

「今日友達連れて行く席空けといてくれる?」

『おう、ようやく友達できたんか』

「前からいるよ! ほら、前話した『妹』。その子が来るの」


 小声で伝えると、おーおー、と思い出したような相槌が返ってきた。


『よし、半個室空けといてやるから早く帰ってこい』

「じゃあよろしくね」


 仕込みで忙しい最中だろうから、千宙はすぐに電話を切った。指でOKサインを作ると、千佳は頭を下げた。

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