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第十二話

 りんりん学校も終わり、盆休みも終わってソフトボール部は再始動する。目標は秋の新人大会であるが、これは翌年春に行われる選抜大会の予選も兼ねている。そのために実戦形式の練習や他校との練習試合が多めに組まれているのだが、その試合の一つがとんでもない日に組み込まれていた。


「ええっ!? 星花祭で試合するんですか!?」


 ミーティングの場で千宙がつい声を上げてしまったが、監督の菅野教諭は説明を続けた。


「二日目に招待試合という形でね。相手は東京の九段女学院。聞いたことあるでしょ?」

「九段女学院って、中高ともに全国レベルの名門中の名門じゃないですか……」

「そう、力試しにはもってこいの相手よ。とはいえ親善試合の面もあるし、リラックスして挑めばいいわ」


 と菅野教諭は簡単に言うが、全国レベルの学校と試合をするのだ。二日目は外部客も多く入っている場であり、恥をかくような結果になりはしないかと千宙は不安になりはじめた。いくらチームが強くなっているとはいえ。


「ちなみにTCVが取材に来るから楽しみにしててね」

「ええっ!?」


 千宙はまた声を上げたが、今度はキャプテンの谷木弓月が「静かにしろや」たしなめた。


 TCVは空の宮市に本社を置くケーブルテレビ局、東部ケーブルビジョンのことである。時折星花女子学園が番組で取り上げられることがあったが、今年は初の試みとして星花祭の生放送が予定されていると菅野教諭は言った。


「テレビが来るんですか……初めて聞きましたけど」


 弓月がため息をついた。


「つってもケーブルテレビだろ。いちいち騒ぐことじゃねえ」

「あら、キー局も取材に来るわよ? バラエティ番組で星花祭が紹介されるんですって」

「えっ!?」


 今度は弓月が大声を出した。


「もしかして、ソフトボール部にも来ます……か?」

「来るかもね。アピールするチャンスよ」


 弓月が立ち上がって拳を振り上げた。


「よっしゃあみんな、テレビに映ろうぜ!」


 最上級生を中心に、喚声が上がった。千宙たち下級生はノリについていくのが精一杯である。


 *


「何でせっかくのお祭りの日に試合するかなあ……」


 この日、部室のカギ当番だった千宙は一緒に残ってくれた千佳に愚痴った。


「でも面白いですよね。文化祭なのに運動部の見せ場があるなんて」

「ボロ負けして恥かかなきゃいいけど……」

「あの九女学(くじょがく)ですからねー。でも試合のことばっか考えたって仕方ないですよ」

「そりゃそうだけどさあ」


 千佳は話を星花祭の流れにしようとしてか、「お姉さまのクラスは出し物で何を出すんですか?」と聞いてきた。


「焼き鳥」

「わあ、美味しそう! あっ、もしかしてお姉さまが提案しました?」

「うん。何せ私の得意料理だからね」


 りんりん学校を境に千宙と千佳のコミュニケーション量が増え、その中で千佳は千宙の実家が居酒屋「くし友」を経営していることを教えてもらっていた。


「ちかちーもくし友監修の焼き鳥を食べに来てよ」

「絶対に行きます!」


 千佳は目を輝かせた。


「ちかちーのクラスは何を出すの?」

「内緒ですっ」

「えー、なんでよー。私教えたのに」

「お姉さまを驚かせたいので。ここでネタばらしするとつまらなくなりますから」

「驚かせる……お化け屋敷? じゃないよね。確か別のクラスの出し物だし」

「まっ、当日のお楽しみということで。お疲れ様でした」

「お疲れー」


 千佳は桜花寮へと帰っていった。西の空はすでに茜色に染まっていて、少しずつ陽が落ちる時間が早くなっていくのを千宙は感じ取っていた。


 帰りに商店街を通りがかると、あちこちに星花祭のポスターが貼られている。昨年までは一般人が来られるのは二日目からだったが、ここ二、三年で入場者数が激増したため、今年から一日目に学園の近隣住民と生徒の保護者、関係者限定で入場が可能になった。


 元々、一日目は二日目のリハーサルという位置づけであり、一部の文化部が翌日披露する演目を生徒の前で発表していたに過ぎなかったらしいが、今では一日目から本番のようなものであり、一般公開か限定公開かの違いに過ぎなくなっていた。


 星花祭は楽しみだが、千宙はどうしても招待試合のことを考えてしまう。乗り気ではないとはいえ決まったことは仕方がなく、やるからには真剣にやらなければならない。


「出番が無いとは言い切れないしね」


 時々立ち止まっては、ベースに足をかける仕草をして次の塁を狙う動作を繰り返す。父親が普段から口癖のように言っていることを思い出しつつ。


――俺は顔も頭も良くないが料理だけは得意だった。こいつを活かしてメシ食っていけるようになって、母ちゃんと結婚してお前を養えるまでになったんだ。人間、一つだけでも取り柄があればそれで生きていけるんだ


 千宙の生きる道は足である。このおかげでパシらされるが、おこづかいも貰える。速い足を授けてくれた両親には感謝しかなかった。


「ママー、あのお姉ちゃん変な動きしてるー」


 小さな子どもに指をさされたが、すぐさま母親が「コラッ!!」と叱りつけた。


「ごめんなさい……ほら、あんたもごめんしなさい!」

「うう、ごめんなちゃい」

「いいよいいよ。悪気があったわけじゃないもんねー」

「ほんとうにすみませんでした……ほら、行くよ」


 千宙は全く気にしていなかったが、母親は顔が強張ったままで子どもの手を強く引いて立ち去ってしまった。


 学園前駅に着いて上り線のホームで電車を待っている間、先程の親子を思い返していた。


「そういやちかちー、家族の話全然してくれないよな……」


 千宙からは実家や家族についての話を何度かしている。一方で千佳に関しては、東京から来たということしか教えてもらっていない。東京のことについてはいろいろ教えてはくれているのだが。


「まっ、根掘り葉掘り聞くのはもうちょっと仲良くなってからだな」


 そのためには星花祭を活用しない手はない。

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