第一話
星花女子プロジェクト14弾始動でございます。
星花女子学園ソフトボール部に関しては「Get One Chance!!」(https://ncode.syosetu.com/n0774fg/)も合わせてお読み頂ければと思います。
「全員集合ー!!」
拡声器越しの呼びかけを聞いて、ソフトボール部員たちがゾロゾロと一塁側ベンチ前に集まった。
「午前練お疲れさん。午後からは予定通り紅白戦やるから、チーム表を確認しておくように」
コーチの坂崎いぶきが伝達すると、中高合わせて総勢40名の部員が一斉に元気よく返事し、一時解散となった。
「えーと、私はどっちのチームだ?」
高等部一年部員の根積千宙がバインダーに挟まれたチーム表を見る。彼女は紅チームだったが、自分の名前の下にも目がいった。
八尋千佳。メンバー表の氏名は学年順に記載されており、千宙の下からは中等部生になっている。その筆頭が千佳だった。名前を縦に読むと「千千」という並びになって見栄えが良い。
「ほらちかちー。私と同じチームだよ」
千宙は傍らにいた千佳に、彼女の名前を指差して伝えた。
「本当だ。よろしくお願いします」
「二人ともスタメンあるかな?」
「さあどうでしょう」
「紅白戦はお試しなんだし、使ってほしいんだけどなー」
と口では言いながらも、千宙は心の中でやっぱり無理かなあ、と半ば諦めていた。
今の星花女子学園ソフトボール部は、少し前に比べて選手の数が増えただけでなく、質も急激に上がっている。千宙はチームで一番の俊足の持ち主だが、それだけではスタメンを勝ち取れないほどのレベルになっていた。
千宙たちの後ろで、高等部二年の先輩たち数人がじゃんけんをしている。一人また一人勝ち抜けするたびに歓喜の声が上がり、最後の一人は勝ち抜けすると奇声を発しながら小躍りした。
「あー、またジュージャンしてんのか」
ニ年生の間ではなぜかジュージャン、ジャンケンで負けた者が全員分の飲み物を奢らされるという賭博じみた遊びが流行っていた。
しかしやはりお嬢様学校の生徒ゆえか、時たまお高いものを賭けていることもある。敗北者となった美川理央が千宙に近寄ってきて、不機嫌さ丸出しでこう言った。
「期間限定超大盛りチキンカツ弁当四人分買ってきて! コーヒーも一緒に! ダッシュで!」
「えっ、まさかの弁当ジャン!?」
「早く行く!」
「は、はいっ!」
理央から五千円を受け取って駆け出そうとすると、千佳が「私も行きましょうか?」と言い出した。
「大丈夫、ありがとう!」
千宙はグラウンドから飛び出して、あっという間に姿が見えなくなった。
*
「ほああああ!?」
ニアマート学園東店の前で、千宙は絶叫した。
彼女が苦手とするネコが数匹、出入り口のところで団子になって昼寝をしていたのだ。
「こんなタイミングでニャンどもが……時間食ったら先輩にどやされちゃう……」
「あー、またこんなとこで寝てる」
自動ドアが開いて、マスク姿の店員が出てきた。星花生と教職員に親しまれている糸崎もみじである。ネコたちを揺すって起こし、傍らに移動させる。その手つきは慣れていた。
「根積さんいつもごめんね。ここら辺のネコ、人馴れしすぎてこんな場所でも平気でおねんねするから……」
「すみません、ありがとうございます!」
入店するとお弁当コーナーに直行し、超大盛りチキンカツ弁当を四つ確保。コーヒーは天寿製の「PEAK微糖」を買う。PEAKはS県のシンボルである大霊峰の山頂をイメージしてつけられた缶コーヒーブランド名で、大霊峰を象ったロゴマークが特徴だ。
ついでに自分の昼食としてチーズタッカルビ弁当を買い物かごに入れた。これも美央のお金で一緒に買う。先輩たちは千宙をよくパシリに行かせるが、いつも多めにお金を渡してお釣りをお駄賃として取らせている。だから千宙は喜んでパシリを引き受けていた。
「いつもおつかいお疲れ様。実は今日からね、700円以上の買い物をしたら引けるスピードクジキャンペーンやってるんだけど、お会計4968円だから七回引けるよ。ちなみにハズレ無しだからね」
「本当!? 七回ですね。よーし」
箱の中に手を突っ込んで、器用にも一度で七枚のクジを引き出した。もみじが一枚ずつめくって中身を確認する。
「ホットスナック二つと、割引券が50円三枚と100円二枚。あっ、最後は別府温泉ペア宿泊券の抽選券だ」
「温泉!?」
「あくまで抽選券ね。抽選で一組に当たるの。外れても粗品は貰えるから応募してみたら?」
「一組かあ。でも当たったら嬉しいな。早速応募してみます!」
宿泊券は来年三月末まで有効らしい。行くならば寒い冬あたりだなと、まだ抽選に応募してもいないのに予定を組み立てていた。
「ホットスナックは何にします?」
「チーズフランク二本で」
即答したが、すぐに「やっぱりチーズフランクと普通のフランクフルト一本ずつで」と訂正した。
「今まで普通のは頼んだことなかったよね。もしかして誰かにあげるとか?」
「一人だけで食べるのももったいないので」
「なるほど。あ、出るときネコに気をつけてね……ってまた寄ってきてるー」
「ひええ……」
出入り口には、さっきとは別のネコたちが集まってきていた。もみじが追い払いにいく。
「この辺、すっかりニャンの住処になっちゃってんな……」
「ごめんね根積さん。今のうちにどうぞ」
千宙は「ありがとうございました!」と言い残して、猛ダッシュで学園に戻った。
「お弁当とコーヒーお待たせしました!」
「お、はやーい! さっすがチューだ」
あれだけ走ったにも関わらず、袋の中の弁当は傾いていない。千宙に弁当を買わせると早く帰ってくる上におかずが寄らないというので、先輩たちは千宙のパシリに信頼感を置いていた。
「ホント、チューはウー○ーイーツより優秀だわ。お疲れさん!」
「失礼します!」
千宙はちょこちょこと走り回って、フランクフルトを渡す相手を探す。三塁側ベンチで談笑している部員たちの中にいた。
「ちかちー、ご飯食べた?」
「今食べ終わったところです」
「ちょっと来て」
他の部員たちに配慮して、見えないところまで連れ出してから「ニアマートのスピードくじで当たったんだ。よかったらどうぞ」と、フランクフルトを差し出した。
「わたしに、ですか?」
「午後から一緒のチームだし、頑張ろうねってことで」
「ありがとうございます!」
「みんなには内緒ね」
その場で美味しそうに頂く千佳を見て、千宙はほっこりした気分になった。
ここまでは先輩と後輩の何気ないやり取りに過ぎない。しかし午後の紅白戦から、二人の関係性は大きく変わっていくのである……。