第95話 トライスクワッド
2月になりついにアンサンブルコンテスト東海越大会直前、明日は公休で学校休んで初芝県への移動日だ。
この1か月、今まで以上にアンサンブルに比重を置いて私たち8人で練習を重ねてきたつもりで、正直アンサンブルをここまで集中的に練習したのは初めてかもしれない。
やっぱ大半の吹奏楽部員にとってメインイベントは夏のコンクールではあるけれど、アンサンブルだってやってて最高に楽しいぞ!
こんなにアンサンブルって楽しいんだと私は思ったし、ナツキもそう言ってた。
ていうかみんな言ってくれてる。
吹奏楽部のみんなもサポート・応援してくれるし、サポートメンバーも練習や手伝いを進んでやってくれている。
井口先生も演奏指導してくれるし、それ以外にもホテルや交通手段の手配とかやってくださっている。
なんか全体がすごくいい雰囲気。
みんなのためにも絶対いい演奏したい。
ここまできたら行けるとこまで行ってやるぞ!!!
…
明日の朝は8時に福浦駅前に集合し、電車で初芝県に入る。
楽器や荷物は朝一でレイジたちが小型トラックに積んでくれるので、楽器が手に戻るのは明日の夕方ホテルについてからだ。
夏のコンクールだったら50人くらいが移動するので高速バスとかなんだけど、今回は10人程度で電車で行ける距離なのでそういう移動手段になった。
高速バスでみんなでわいわいしたり新幹線でスマートに移動したりできないのは残念だけど、電車が費用的にも移動時間的にも一番効率的だからしょうがない。
グリーン車とかない地方都市の電車なのであまり混雑しないのはいいし、海沿いをちょっと走るらしいのでそれは楽しみ。
海無し県民にとって海はちょっとした憧れなのだ。
明日は移動日、3日後が東海越大会本番の3泊4日の日程なので、今日は明日移動するメンバーだけ準備のために早めに練習を切り上げることになった。
「じゃあレイジ、明日の朝は楽器の積み込みお願いね。私たち3人がいない間お留守番よろしく、練習サボっちゃだめだよ?」
「うっす。頑張ってください!」
「おぉ、やけに素直じゃねーか。本心は?」
「俺が行きたかった俺が行きたかった俺が行きたかった俺が行きたかった俺が行きたかった俺が行きたかった俺が行きたかった俺が行きたかった俺が行きたかった俺が行きたかった俺が行きt」
「ガハハ!正直でよろしい!その意気で個人練習頑張ってくれ!お土産買ってくるから!」
「よろしくお願いします。でも公休で授業休めるの凄く羨ましいっすね」
「バカが言うセリフじゃんw」
「ひどい…でもカナさんの本心は?」
「公休で授業休めるの、サイコーだね!!!」
「バカばっかじゃん」
ナツキさんのツッコミで冷静になる。
そうだ、言いたいことはそんなバカなことじゃない(公休で授業休めるのが羨ましくないとは言ってない)。
もっとちゃんと1年生に伝えたいことがあるんだ。
「ユリ、レイジ。行く前に言っときたいことがある。まずユリ、明日から同行よろしく。いろいろ雑用とかお願いしちゃうけど、せっかくの機会だから私たちの面倒だけじゃなくて、東海越大会の雰囲気やいろんな学校の演奏をできる限り聴きまくってほしい。それは絶対いい刺激になるはずだから、自分の中で消化して、さらに留守番してるレイジやみんなに還元してほしい。ただ行って「楽しかったー」とか「いい演奏だったー」だけじゃなくて、いろんなこと持って帰ってきてほしい。それは絶対夏のコンクールや次のユリ達のアンコンに活きるから!」
「はい!」
「レイジ。せっかくの機会だからレイジも連れて行ってあげたかった。そこは申し訳ない。私が石油王の娘だったら余裕だったんだけど無理だった。レイジが一緒に行きたかったって気持ちはすごく伝わってるから、東海越大会で感じたことや経験したことは、帰ってきたら全部伝える。ナツキやユリにも話させる。で、それを自分なりに消化して活かしてほしい。生で経験できない分難しいだろうけど、感じ取ってほしい。できるだけ具体的に持って帰られるようにするから!」
「はい!…ていうかめっちゃマジメじゃないですか…」
「はぁ!?」
「石油王の件はありましたけど…カナさん県大会突破してからなんか凄い真面目モード入るときありますよね」
「真面目で悪い?」
「…全っ然悪くないです!むしろかっこいいです!なんかアツい部活ものっぽいっす!」
「だろぅ?つーか私たちはみんなの分も背負ってんの!ちゃらんぽらんで出来ないでしょ?舐め腐った演奏できないでしょ?」
「そうだね、みんなに協力してもらってここまで来てるから、生半可な気持ちではないよ」
ナツキが私以上にクソ真面目な顔でそう被せてくれた。
いつもクールな表情のナツキだから、いつもとあまりぱっと見変わらないけど、なんとなく熱を帯びている気がする。
こいつもアツくなってんな!
「わかってます!…でもカナさん、ナツキさん。なんというかそのー…まずは何ていうか、楽しんできてほしいです!」
「??」
「そのー、なんというかなー、無理に背負わなくてもいいというかなんというか…」
「私もそう思います!」
なんとなく要領を得ないレイジの発言にユリが被せてきた。
「みんなの想い背負うとか、生半可な気持ちではないとか、そういうの凄いと思います。でもまずは、カナさん、ナツキさんに楽しんで演奏してきてほしいです。県大会の演奏は凄く楽しそうだったから、あんな演奏また聴きたいです!みんなの想いはありますけど、そればっかじゃなくて、自分たちのやってきたことを全力で楽しんで発表してきてほしいです!私たちの想いは、勝手に乗せますから気にしすぎないでほしいです!あぁ、なんかよくわかんないな。なんというか…」
「ふふん、十分理解したよぅ。ユリ、レイジ、ありがとう。そうだね。まずは私たち自身が楽しんでいい演奏してくるね」
「「…はい!楽しんで頑張ってください!」」
「よっし、じゃあ明日も早いしそろそろ今日は終わりにすっか!ナツキはなんか言い足りないことある?」
「無いよ。みんなが全部言ってくれた」
「じゃ、お疲れー!!!明日から頑張んぞー!!!」
…
「なんだかんだ言ってユリとレイジって、いい後輩だよね」
「うん」
「背負わなくてもいいって言ってたけど、せめて2人の分は背負いたいなぁ。ていうかおんぶして一緒に演奏してるくらいの感じ。気持ちは一つだよ」
「そうだな。あの2人のためにもしっかりやりたいわ」
「なんかナツキ、変わったね」
「そうかぁ?カナだってやっぱ最近真面目モード多いじゃん」
「調子狂う?」
「狂いはしないけど…なんか成長したな」
「お互いにね」




