第94話 あ、こいつめんどくさいぞ。
「えーと今日はまず練習の前に例のアレが届きましたので、それを聴いてみたいと思います」
顧問の井口先生がそういうと1枚のCDを取り出した。
ここ最近東海越大会に出場する金管八重奏メンバーは基本別メニューなんだけど、今日は一旦全員集合。
バレンタインデーで若人たちがなんやかんややっているちょっと前辺り、吹奏楽部界隈はまたいろいろ忙しくなってくる。
2月にはアンサンブルコンテスト東海越大会だし、3月の卒業式と4月の入学式で演奏する曲の選曲と練習、また6月の定期演奏会の演奏曲やテーマの選定…。
そして今日はある意味吹奏楽部員にとって最大のイベント、夏の全日本吹奏楽コンクールに関わることだ。
そう、井口先生の持っているCDに入っているのは来年度の全日本吹奏楽コンクール課題曲の模範演奏音源だ。
邦人作曲家マニアにとっては毎年これほど楽しみなものはない。
いや、邦人作曲家マニアでなくとも吹奏楽部員であれば課題曲に興味のない人はいないはず!
だよね!!!!!DAYONE!!!!!
中畑先生が再生ボタンに手を伸ばす。
俺はもうワックワク。
連盟のホームページの1分程度のサンプル音源はもう何回も何回も聴いたけど、やっぱ通して聴くのは別格だ。
初めて聴く今年の課題曲…うおおおおおおおおおお!!!
…
「はい、じゃあこの4曲の楽譜をこれから配るので、軽くさらってみてください。4曲のうち2曲を今年の定期演奏会の曲目にします。そして新年度に入る前くらいにコンクールの課題曲を決めます。テクニカルな部分やこの部のサウンドももちろん考慮すべきだけど、曲の感じや好みも優先していいからね。あ、卒業式の曲の練習も忘れないように!もちろん金管八重奏はアンコン優先で」
「はい!」
各パートごとに楽譜が配られ、俺たちはカナさんの周りに集まった。
「アンコンで忙しいとは言っても、やっぱり課題曲はテンション上がるよね。最大イベントキターって感じで。でさー、邦人作曲家マニアの佐々木君、君的にはどの曲がよかったの?」
「そうですねー。まだ1回聴いただけなんでなんとも言えないですけど、1曲目の『行進曲「有機野菜を捧げて」』は王道マーチ曲ですね!有機野菜のみずみずしさがすごく表現されていました。その中でたまにアクセントとして入っている不協和音の使い方がとても面白かったです。ただやさしい雰囲気の中にも力強さも感じられて、曲調としてはホント大好きな部類です。2曲目の『フロンティア・ソニック』は疾走感が最高です!曲調もとっつきやすいし、コンクールでは選択してくる学校多いんじゃないかな。だからそういう意味ではちょっとコンクール曲としては逆に難しさもあるっていうか。ホント、走り続けなければ、その“想い”には辿り着けないっすね。3曲目の『風のリグレットがきらめくとき』はとても前衛的な曲でした。全体的に懐かしい感じの曲調ではあるんですが、曲のモチーフを指定せずに音楽だけですべてを再現するっていうもうよくわからなさがいかにも現代作曲家!って感じで聴いててとても楽しかったです。ただその反面難易度は高めですね。表現もしたいけどモチーフがないのでイメージできないっていう難しさ。あぁもどかしい!でもかっこいい!最後の4曲目の『メルペイ』、これはとても爽やかな曲でしたね。いかにも最近のスタートアップ!って感じの曲でした。遊びも多いですが、それがこの曲自体の厚みを増している。とても吹きごたえがありそうです。とまぁ4曲聴いてみてですが、今はまだ決められませんね。音源もっと聴きこんでみて、楽譜もさらってみてからですね。ただまぁやってみたいっていう欲望だけの第一印象からすると…俺は『フロンティア・ソニック』か『風のリグレットがきらめくとき』ですかね。ただまぁこればっかりは多数決なんでね、どうなるかわかんないっす」
「…お、おう」
あれ、なんでみんな静かにこっち見てるの?
「一応最後まで聞いてはあげたけどさ、まだそこまで聞いてないっていうか。いやまぁレージの熱意を否定するわけじゃないんだけど」
「あ!そうでしたね!すみません。もっと簡潔にすべきでしたね!」
「…う、うん。…いやこっちこそなんかごめん」
「いえいえ謝らないでください!それより楽譜!楽譜見せてくださいよ!」
「そ、そうだね。4人いるから一人一曲1stを仮で配るか。レージは…『フロンティア』と『リグレット』が好みなんだよね?どっちがいい?」
「おぅふ!難しい問題ですなぁ!『フロンティア・ソニック』の疾走感のある曲調は大好きですが、『風のリグレットがきらめくとき』の超前衛的な感じも大好物っす!あー難しいなぁ。悩むなぁ。どっちも捨てがたい!『フロンティア・ソニック』のメインフレーズのふんふふーふふっふふーんのとことかかっこよく吹けたら気持ちいだろうなぁ!『風のリグレットがきらめくとき』は後半の打ち込み系っぽいタタッタタターッタッタタタのところ!絶対やってみたい!うーん難しい。ほんと今年は良曲揃いだ!悩みますよねぇ、ね!カナさん!」
「…お、おう」
「うーんでも、『フロンティア・ソニック』やってみたいなぁ!このパート決めまだ仮なんですよね?じゃあ…まずは『フロンティア・ソニック』、やってみたいっす!」
「わ、わかったよ。『フロンティア』はレージね」
「カナさん!」
「?」
「『フロンティア・ソニック』、ですよ?」
「あ、はい。すみませんでした。『フロンティア・ソニック』です」
「あーもうめんどくせー」という小声がユリの声で聞こえた気がしたけど、うん、多分気のせいだわ。
新しい曲聴いてワクワクしない人いないはずだもんな!
「じゃあほか、ユリなんかやってみたいのある?」
「え、カナさん達先決めてもらっていいですよ?」
「いいよいいよ、仮パート決めだし、ユリの好きな感じで選んじゃっていいよ、ね、ナツキ」
「構わないよ」
「えーっとじゃあ…『行進曲「有機野菜を捧げて」』…やってもいいですか?」
「お!『行進曲「有機野菜を捧げて」』!いいですねぇこの曲調、ユリの音色に合ってると思うよ!まっすぐ勇ましい感じが合ってる。前から思ってたけどさ、ユリってどっちかというと王道系の曲好きだよね。いいよね、王道系。マーチの課題曲で言えば1999年の『マーチ・グリーン・スリーブス』とか2007年の『ナメックマーチ』なんかもいかにもな王道系だよね。俺もああいうの大好き!かっこいいよね。あと最近でいうと2014年の『青葉の森で』も良かった!あれは良かったよー。ほんと今でも大好き。とりあえずさ、ユリに『行進曲「有機野菜を捧げて』合ってると思うから、いいんじゃない?ね、カナさん?」
「…お、おう」
「ほらカナさんも言ってる」
「や…やってもよいのですかレイジさん」
「もちろん!なんで俺に許しを請うのさ!」
「いや、何となく」
「おかしなユリだなぁ!ねぇナツキさん!アハハ!」
「は、はい」
「で、ナツキさんとカナさんはどの曲が好みなんすか?2人の意見も聞かせてくださいよ!」
「う、うん。なんかレージさんの前で意見言うのなんか申し訳ないっていうか」
「え!なんでですか!」
「素人が変なこと言わないほうがいいっていうか」
「カナさん素人じゃないじゃないですか!なんの冗談ですかw」
「いや…その…」
「なんすかなんすか?」
「えーっとだから」
「もー、何なんすか~?」
「…スゥー」
「?」
「…めんどくせぇなお前!!!!!!!!!!!!!!!!!」




