第6話 月に向かって打て!
「まぁまぁ、曲以前の問題ですよ」
シオさんとカナさんの2人はニヤニヤしながら言ってくる。
まぁだいたいこうなることは分かってたんですけど…いや、厳密に言うと「1年生だし、多少許してくれるかな~」的な感じも無かったとも言えない。
「と言うわけで前から見てた生徒指揮のカナさん、よろしくお願いします。」
シオさんはそういってはけていった。
「まずはユリ!」
カナさんがそういうとユリがピクッと動き、弱々しく「は…はい」と答える。
「ユリはねぇ~、音が大きいんだ。それ自体はいいことなんだけど、ただただ、大きいんだ。大きいだけで響いてこない、つまりこっちまでいい音が届いてないんだ。こう…なんてーか音が薄いんだ。あと、アタックが強くてパン!って出るんだけど、それからだんだん音が開いていって、音を切るときに駄目押ししちゃうクセがある」
ユリは引きつり笑いしながら…フルボッコにされてる。
カナさんは指で音の形を描きながら続ける。
「こうさ、ビーっと引き伸ばしたCMの湿布みたいな形よ。はじめと終わりが強い。しかも終わりに関しては吹き捨ててる感じがして印象悪い。停滞してて終わりすら響いてこない。こう…ペァ~~ア!って聴こえる」
やばい、ここまで言うのか。
まぁ的確なんですけど。
ユリは音が大きくていいんですけど、響いていない。
音を出すときは腹筋を意識してお腹から音を出すイメージで。
オペラ歌手や、某ライオンのミュージカル好き芸人さんの「心配ないさ~~~!」のような。
しかしユリは喉から出すような音。
デスヴォイス(ちょっと言い過ぎだけど)みたいな感じで遠くまで聴こえない。
よく響く音ってのはあまりボリュームが大きくなくても、遠くからも聴こえるんだそうだ。
ユリは「…はい」と言って意気消沈、若干涙目。
「でも、音が大きくはっきりしているのはいいことだよ。あとは音の質を高めていこう」
最後の言葉でユリの表情がちょっと明るくなった。
そうなんだよな、音が大きいのはユリのいいところ。
正直うらやましい。
「じゃ、次レイジ!」
来たーーーー。
「レイジ~、まず音以前に緊張しすぎ!いろんなところに余分な力が入りすぎ。これじゃチューニング以前にいい音なんて出るわけない!」
はい、その通り。
楽器を吹くときはお腹以外に余分な力を入れないほうがいいんだそうです。
特に緊張すると肩に力が入りがちになってしまう。
「それからレイジ、アンタはユリとは全く逆。音が弱々しくてよく聴こえない。音自体はよく聴くと結構キレイで響いてるんだけど、出だしが致命的だから全然聴こえない。ユリとは逆で、こう、ドングリみたいな形の音をしているから、音の出だしが全然わからない。んんぷぁ~~~ん!って感じだから響くまでに時間がかかっちゃう。さっき基礎練のとき言ったけど、タケノコみたいのがいいわけさ。まぁ多少なら出だしが大きくても構わないけど。これだと定演3曲目の「マーチ「ブラック・スプリング」」はキツいよ。まぁ、音自体はキレイだから、あとはボリュームだね」
俺の音の最大の弱点は、メリハリがないことなのだそう。
特に出だしが最悪で、コレは拍に合わせての細かく短い刻みが多くあるマーチ等をやる上では致命的。
マーチは軽快で明るく楽しい曲調なので、それに応じた音、刻みが必要不可欠。
これを出すには、瞬時に出だしから音を響かせなくてはならない。
しかし俺の音は出だしが弱いので、調子が上がって響いてくるまでに時間がかかってしまいます。
スロースターターっていうのかな?
なので俺の音で刻みを行うと音が響く前に刻みが終わってしまう。
結果「パンッ!」と音がほしい所で「んポヘッ」としか出ないのだ…。
う~、見事に俺もフルボッコ。
半泣きです。
うん、若干目が潤んでるもん。
おかあさ~ん。
結果、ユリにはロングトーンにより出だしから安定して響きの持たせる練習を、俺にはタンギング練習により瞬時に音が響くように、また頭から安定して音が出せるようにする練習が言い渡された。
結局2人とも音が安定していないのです。
出だしからまっすぐしっかり芯のある骨太な音がいいのです。(多分)
その後2、3年生への指示、ペットパート全体としての指示を受けました。
そのときにはすでにフルボッコされた俺とユリは(精神的に)疲労困ぱい。
「やらなきゃ」という焦りがこみ上げてきましたが、フルボッコショックがかなり堪えます。
カナさんとシオさんがその後のパート練を進めながら、ようやく終わりました。
指示が終わって今日の部活は終了!ってシオさんが言った瞬間…
「あ~、1年生2人にはちょっと言い過ぎちゃったかもね~。ゴメーンね。あはは。あー、お腹すいた~」
さっきまでのドSな不敵な笑みを浮かべていたカナさんは、ニコニコ笑ってものすごく軽~い感じに戻っていました。
俺とユリは顔を見合わせて、2人合わせてため息をつきました。
「「疲れた…」」
…
失意のまま帰宅し、なんとなく重い気分のまま1日が終わってしまった。
飯食っても風呂入っても、ずっと今日のこと考えてしまった。
とにかくなんか重たいまま引きずって、夜もあまり眠れなかった。
悔しいというか、情けないというか。
切り替えなきゃいけないんだけど…。
…
翌日、授業を終えて部室に行くと、ユリがもう楽器を出して音出しをしていた。
出だしに気をつけて、やさしめに吹くように心がけているのがわかる。
それをポーッと見ていたら、ユリに見つかってしまった。
「ちょっと何見てんの?なんか気持ち悪い」
「いや、さっそく取り掛かってんな、と」
「当たり前でしょ?たくさん注意されちゃったんだから。あんたもちゃんと練習しないとまた合奏時にカナさんに睨まれるよ!」
あー、うー…。
ちぇーっ!って感じなんだけど、なんだか頼もしくもあった。
でも俺だって負けたくない。
同期のメンバーの相乗効果ってやつかな!
…
部活が始まった。
今日は昨日注意されたところの練習と、曲の譜読みなので全体合奏は無し。
初心者の人がいるパートは先輩が教えたりできる絶好の時間ですが、ペットパートはみんな経験者なので、個人・パート練習となった。
昨日の件があるので1年生2人には先輩がマンツーマンで指導していただけることに。
ユリはカナさん。
俺は「僕らのコンベンション」でパートが一緒なので、シオさんがつくことになった。
メトロノームと譜面台をセッティングして、始めます。
「うーんとじゃあ、やりますか」
「よろしくお願いします」
「しっかし昨日は散々言われたねぇ。カナってスイッチ入ると性格変わっちゃうからね」
そうは聞いてたんだけど、まさかアレほどとは…。
まぁ言ってる事はごもっともなんですけど。
「まぁ昨日言われたとおり、今のレイジの音はハッキリ言って弱々しい。もっとハッキリしっかり出だしから響かせられるように練習していきます。」
そういってシオさんは前に出てくる。
「レイジの音は時間が経つと響きだすんだけど、吹き始めの音はすぐ目の前の床辺りにボテボテ落ちちゃってる感じなの。控えめな性格の人って結構そうなりやすいんだよね。勢いや踏み出す勇気が足りないの」
そういうとシオさんは遠くの方をキョロキョロと見渡し始めた。
福浦西高校(フク西)はちょっと山を登ったところにあるので、吹奏楽部が練習で使う外の廊下からは福浦市街地が見渡せる。
「んー、お!あそこにしよう」
ニカニカと無邪気に笑い出すシオさん。
「???」な俺。
「いきなり、出だしからハッキリ大きな音を出せ!といっても、がなったような音しか出ません。レイジは数秒後には小さいけどキレイな音が出てるから、それは壊したくない。だから、まずイメージを持つことから始めようと思います。レイジは楽器吹いてるとき誰に聴かせるイメージで吹いてる?」
「え?んー…指揮者?」
「んー、まぁ練習のときはそうだけど、演奏会やコンクールでそれやったら、審査員やお客さんに聴こえるわけないよね?レイジは遠くの人にまで音を届けるイメージが足りないんだよ!そこで!」
シオさんはいきなり市街地のほうをビシィッと指差しました。
「あの、ここから若干見える郊外の大型ショッピングモール、SEONのお客さんに届けるイメージで吹いてもらいま~す!」
俺は相変わらず「???」な顔をしている。
看板が少し見えるだけだし、さすがに届くわけないじゃん…と。
「イメージ、イメージね!実際多分届かないとは思うけど、目標物があったほうがやりやすいでしょ?とりあえずまずこの練習するから、カナが昨日言ってたタンギング練習は後でね」
そういってシオさんは俺に吹くように促しました。
力の限り、俺の音を買い物している奥様方に…!
ピャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
「おー、頭がハッキリ出たね。まぁ今のじゃ絶対届かないけど。届いても不快だけど」
うん、わかります、めちゃめちゃ汚くて乱暴な音だった。
「イメージはそう。ただ今のじゃレイジの音のいい部分が全部無くなっちゃったよ。極端にやりすぎた」
そういってシオさんは俺の横に来た。
「レイジは緊張とかの影響で楽器に吹き込む息の絶対量が少ないんだよ。というかそもそも吸う量が少ないのか。量が少ないからすぐ足りなくなる。足りなくなると長く延ばせないから吹き込む量を少なくしたり、吹き込むスピードを遅くしたりしちゃう。量が少ないと音はちっちゃくなっちゃうし、スピードが遅いと吹き込む初速度が遅いから出だしが弱々しくなって、ミスっちゃうと思うんだ」
「でも今スピード上げたら汚くなっちゃったじゃないですか…。」
「それは吹き込む量が少ないからだよ。レイジがさっき吹いた音は、細い槍で思いっきり突き刺す感じ。スピードだけで量が少ないから細く鋭くなって、攻撃的で痛いんだよ。吹き込む量が多ければ槍は鋭くなくなって、太くて芯のあるとても大きな筒みたいになっちゃうでしょ?聴いてる人ごと包み込めちゃうくらい太くてしっかりすれば、出だしも安定するし、音も遠くまで届くと思うよ?あとちゃんとリラックスしてね。体がリラックスしてないとそもそも息をいっぱい吸えない」
なんかちょっとだけ納得してしまい、俺はもう一度SEONに向けて音を出してみた。
リラックスして、いーっぱい息を吸って、お腹に溜め込む。
吸った勢いのまま楽器に息をたくさん吹き込む!!
パァーーーーーーーーーーー!!!!!
さっきより疲労感があり、楽器からの抵抗も感じた。
「そうそう、楽器で音を出すってのは、疲れるもんなんだよ?楽をしちゃあ、ダメですよ」
そういってシオさんはまた俺の前に移動してきました。
「さっきよりは随分いいと思うよ、かなり荒削りだけど。ただリリース(音の終わり)への意識が皆無だったから、ぶつ切りだったね。あと吹き込むときに暖かい息を吹き込む意識がほしいね。吹くときの口のイメージは「う」じゃなくて「お」がいい。それができるとかなり丸くて暖かい音ができると思うよ?」
楽器って難しいな。
ただ息を入れればいい音が出るというものではない。
注意しなきゃいけないことがたくさんあるけど、意識しすぎて体に余分な力が入ってしまうと、それもダメ。
どこでいつ音色が完成するかなんてわからないし、多分一生完成なんかしないのだろう。
いつか自分の音を見つけられるだろうか。自分の音を完成に近づけられるだろうか。
自分の音を、個性を見つけるには、まずは基本がしっかりできなくてはならない。
形だけの個性は薄っぺらい、すぐにバレる。ただ下手なだけ。
まだまだ学ぶことは、多くある。
俺はもう一度楽器を構え、SEONの看板を見る。
リラックスし、余分な力を抜いて準備をする。
シオさんは腕組みをして、まじまじとこっちを見ている。
もっと上手くなりたい。
余分な力を抜いて、喉を開き、腹筋でお腹を支え、吹き込むスピードは最初から一定、量はたっぷり、やさしく暖かく。
SEONの奥様方に向けて、やさしく全てを包み込むイメージで、俺は息を吹き込んだ。




