第70話 部員同等恋人未満
秋も深まりもう11月、アンサンブルコンテストの校内予選まであと1ヶ月を切りました。
昼間はまだそこそこ過ごしやすいけど、朝はもう寒くてなかなか布団から出られない季節。
町は段々とクリスマスに向けての装飾が増えてきておりみんなクリスマスに向けて浮かれ出すところですが、我々吹奏楽部は「アンコンやべぇ」しかないわけですよ。
いや、吹奏楽部でも彼女いる人はクリスマスで浮かれたりもするのか?
フリーで童貞の僕には分かりません。
分からないのですよ!!!
…
「あぁほしいなぁ!」
アンサンブル1年組の合奏が終わり片づけをしていると、ホルンの中森さんがそう叫びました。
「何、急に」
同じくホルンの勝又さんが怪訝そうな顔をしながらそう言いました。
「だってもう11月だよ?来月クリスマスだよ?高校生のクリスマスってもっとキラキラキャッキャしてるイメージだったんだけど…私に告白してくる男子皆無なんだけど!」
「クリスマスの頃はアンコン直前で忙しいでしょ。校内予選突破できればだけど」
「いやー、でもクリスマスだよ?ユーカは男子と2人で過ごしたくないの?」
「別に」
「別にってなんだよー、男じゃなくて女がいいのかー?はっ!まさか私?私を狙ってるのか?私のこの柔肌を狙っているとでもいうのかーーー!」
「話を一人で進めない」
「わはは、でもせっかくのクリスマスなんだからさー、なんかしたいじゃん?こんなかわいい女子がフリーなのに、誰も声掛けてこないんだよ?ひどくない?」
「自分から行けばいいじゃん」
「いや~、やっぱ女子ならコクられたいじゃん!そういうのって、あるやん?」
「はぁ…」
「それにさ、今これだ!って人いないんだよね~。藤原さんは取られちゃったし」
「え!トモちゃんお兄ちゃんのこと好きだったの!?」
藤原さんと同じテューバの菊地さんが会話にぐいっと入ってきた。
菊地さんは藤原さんのことを「お兄ちゃん」と呼んですごく慕っています。
ちなみに2人本当の兄妹ではないですが、トロンボーンの藤原暦さんとは本当の兄妹です。
ちょっとややこしい!
「なはは、いや恋愛的な好きとまではいかないけど…吹奏楽部の男子の中でだったら、あの人かなー。イケメンだし優しいじゃん。ただ刺激はあまりなさそうだにゃ!」
「まぁねー。お兄ちゃんに刺激求めちゃだめだよ」
「でも藤原さんはナツキさんとは凄く合ってると思う!あのカップルはすげーキレイな感じがする。うちらの汚い手で汚しちゃいけない気がする!」
「私の手は汚れてないけど…だよね!お兄ちゃんとナツキさんお似合いだよね!ああいうほんわかした雰囲気、憧れちゃうなー」
「私はもうちょいワイルドな感じの彼氏がいいな!」
「あー、じゃあ1年男子じゃあんまりいないよねぇ。佐々木君は全然雰囲気違うよなぁ…」
急にこっちに話題が飛んできた。
いやでもちょっと気になるぞ。
「佐々木は…」
中森さんがめずらしく真面目な顔してこっちをチラっと見る。
若干、目が潤んでいて頬を赤らめている気がする。
思わずドキッとする俺。
あれ?いやこれもしかして結構重大局面なんじゃないの?
え、いやいやみんなの前で発表?いや参ったね。
数秒後、中森さんの顔がニヤ~っとしだす。
あ、そうですかそうですか、からかわれてただけなんですね、わかってますわかってます。
「何ちょっと満更でもない顔してんだよ佐々木~!」
「し、してねぇよ!」
俺を横目で見てたユリが「ばーか」と小声で言う。
バカとはなんだバカとは!
童貞怒らせたら怖いんやで!!!!!
「からかってごめんよ佐々木~。そんな怒るなよ~」
「怒ってねぇよ」
「怒ってんじゃ~ん。子供かよ~。か~わ~い~い~」
「うるせー!」
「わはは、でもまぁ、佐々木はね~」
ゴクリ。
「良くも悪くも、「安全」だね!」
「あ…安全?」
「安全!」
一同爆笑、え、なんでみんな笑ってんの?
みんな口々に「わかるわー」とか「まさに「安全」って感じ!」とか好き放題言ってる。
なにこれ、バカにされてんの?
「危険性はなさそう!って意味」
「それ褒められてんの?なんかそれすごくひどくない?」
「いやいや、いいヤツってこと。ただ刺激はなさそうってこと」
「じゃあ藤原さんと一緒ってこと?」
「藤原さんは優しいイケメン!佐々木は優しい!」
「ひどすぎぃ!!!!!」
「刺激を求める私と付き合うにはちょっと「安全」すぎだね!ってこと」
地味にへこんだかも。
俺は下唇を突き出して「むー」っとする。
みんなで俺のこと好き勝手いいやがって!
「でも、結婚するなら佐々木君みたいなタイプがいいと思うよ~」
急に小声だけど天の助けのような声が聞こえた。
それは吹奏楽部1年生の天使、谷川さんだった。
谷川さんはおっとりしてて非常にかわいい。
ミズホさんに若干全体が似ていることからみんなから「ミニみずほ」と呼ばれている。
そんな谷川さんが珍しく自分から口を開いた。
急なことに俺含めみんなポカン。
「佐々木君、優しくて真面目だし、家事とかもやってくれそう。子供も好きそうだし育児もやってくれそう。付き合うんじゃなくて、将来的なこと考えたら佐々木君って、いいと思うの」
正直全て憶測なのだが、これでも俺にとってはこの上なく嬉しい言葉だった。
…つーかこれ何?
谷川さん俺のことフォローしてくれてるの?
いやでも、ただフォローするだけでこんなこと言う?
け、結婚なんて言葉使う???
「…コホン、まぁ確かに、優しくて真面目ではあるよな」
中森さんは何かを察したように真面目になった。
「確かに、佐々木君…か。悪い選択ではないかもね」
友杉さんがニヤニヤしながらそう言う。
「はわわわ、ヤヨちゃん結構大胆だよぉ…」
藤原さんが顔を真っ赤にしながら続く。
「ヤヨイ、応援してるよ」
勝又さんが珍しく優しい笑顔でそう言う。
「ヤヨちゃんならもっと上目指せるんじゃないの!?」
ユリがびっくりしながらサラっと失礼なことを言う
「ヤヨちゃん!言っちゃえ言っちゃえー!」
菊地さんが元気いっぱいにガッツポーズ。
これは。
これは?
これはーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー?????
「え、何を言うの?」
今度は谷川さんがポカン。
「とぼけちゃってー。言っちゃえ言っちゃえー!」
「ガンバレー!」
「ヤ~ヨ~イ!ヤ~ヨ~イ!」
「えー、もうみんな、ホントに何のこと?」
「何って、え?ヤヨイは佐々木のこと…」
「佐々木君真面目で優しいよね」
「だから?」
「だから?」
「だから?」
「だから、って…それだけだよ?」
「それだけ?」
「うん」
あ、ド天然だ。
7人みんながそう思った。
俺は沈み行く夕日に向かって走り始めた。
な、なんなの?なんなの?なんなーーーーーーのーーーーー?????
俺なんか悪いことしたーーーー!!!???
「佐々木!悪かった!今のはヤヨイが悪かった!」
「佐々木君、戻ってきてー!カムバーック」
そんな声も耳には入らず、俺は楽譜を持ったまま校庭で走り続ける。
「ほらヤヨもなんかフォローして!」
「???佐々木君、なんか私ひどいこと言っちゃったみたい。ごめんね。佐々木君は、真面目で優しい人だよー」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
夕日は沈んでいく。
俺は夕日に向かって走りながら叫んだ。
その後ろで憐れむ6人の視線と1人の「?」な視線を感じながら。
「トモ、そんなに刺激が欲しいんならヤヨちゃんと付き合えばいいんじゃない…?」
「遠慮しとくわ…刺激が強すぎる」




