第55話 胸張って帰ろう
結果発表が終了し、俺たちはロビーに集合していた。
呆然としている人、泣いている人、無理に気丈に振る舞う人、様々だった。
あぁ、これで俺たちの今年のコンクールは完全に終了したんだな。
そしてこの6人で練習することも、もう無いんだな。
わかってはいるけど実感があまり無くて俺はその場に突っ立っていた。
「みんなお疲れ!残念だったけど、演奏はホント楽しかったぞ!」
シオさんとミズホさんが笑顔で寄ってくる。
ただし2人とも若干目が赤い。
「シオさぁん、私やっぱり自由曲後半ミスりまくっちゃいまぢだぁ~」
カナさんがぼろぼろ泣きながら駆け寄ってくる。
その後ろにすんすん泣いているユリと、呆然としているナツキさんがくっ付いている。
「泣くなよ!演奏後にあんなに「楽しかった!」って言ってたじゃないかー」
「そうだけど、そうだけどー!」
「なら良かったジャン!」
「そうだね、あんなに楽しい演奏できて、嬉しかった」
「そんなこと言ったって、シオさんもミズホさんもこれで引退なんですよぉ?悔しくないんですかぁ!」
ナツキさんがカナさんに続いて目を赤くしながら言う。
「私、もっと3年生と一緒に演奏したかったです」
俺もそれに続く。
「俺も、もっとこのメンバーで一緒に練習したかったです」
ユリがさらに続く。
「私が、もっともっと練習していれば!私が…」
「ばーか」
シオさんがユリの頭を小突いた後、ナデナデする。
「ユリはしっかり練習していたよ。ちゃんと見てたから知ってるよ」
「…シオさぁん」
「ユリも、レイジも、ナツキも、カナも、みーんな頑張ってたのは知ってるよ。だから、「もっと練習していれば」なんていわなくて良いよ!」
「シオさん!シオさん!」
ユリがシオさんに抱きつき、わんわん泣き始めた。
「ユリずるい~」と言ってカナさんがその上にさらに抱きつく。
ミズホさんもナツキさんも俺も、目に涙を浮かべながらその輪に近づいていく。
「悔しくないかって聞かれたら、そら悔しいよ。すっごい悔しい。ねぇミズホ?」
「うん、すっごく悔しい」
「だよね。でも最後にあんな気持ちいい演奏できて、とても良かったって気持ちもある。あぁ、私たちのこの1年間は無駄じゃなかったんだなぁ!って」
「私たちだってもちろんもっともっとシオちゃんやみんなと演奏したいよ。その気持ちは嘘じゃないよ。でも、今日の演奏は楽しい演奏だったし、金賞取れたし、スッキリもしたかな。上の大会にいけるのは枠があるからしょうがないよ」
「そうだけど、そうだけどー!」
「納得いかないの?」
「納得いかなーい!シオさんもミズホさんも、引退するのも受験するのも禁止ー!留年ー!」
「無茶いうなw」
そう言うとシオさんはカナさんの頭をワシャワシャした。
みんなやっとちょっと笑顔になった。
「でももっと、先輩方に教えてほしいこといっぱいありました」
ナツキさんが俯いて言う。
今度はミズホさんがナツキさんの頭をワシャワシャ。
「まだ明日の反省会があるよ。今日でいきなり引退じゃないんだし、明日こそ後悔ないようにしようね。今までの分もこれからの分も、私の全部伝えるよ!」
「はい」
「そーだぞー!教えてほしいことあったんなら、明日が最後のチャンスだぞー!明日以降はウチらいないんだぞー!」
「えー、逐一教えてくださいよ。受験勉強中だろうがなんだろうが駆けつけるのが先輩ですよね?」
「カナは私らの将来を何だと思ってんの?」
「受験なんて、余裕っしょ!?ささーっと勉強してちゃちゃーっと受験して、まぁなんとかなるんじゃないっすか?」
「ぶん殴ってやりてぇw」
「ひっでぇw」
笑顔が広がってきた。
みんな目を赤くしながら笑いあう。
うん、これがウチらのペットパートだな。
この6人でのトランペットパートは明日で終わりだけど、今は今を味わうんだ。
…
そうこうしてると部長が泣きながら賞状を持って戻ってきた。
全員揃ったのを見て、部員の前に顧問の井口先生が立った。
「今日はお疲れ様でした。結果は残念でしたが、正直今日の演奏はとても良かったと思います。その結果が今日の金賞だと思います。指揮棒振っている私も楽しかった。皆も少なからず楽しかったと思ったんじゃないでしょうか」
「…楽しかったです」
「私も楽しかったです!」
「私も!」
言葉は連鎖していった。
やっぱりみんな、今日は楽しかったのだ。
手ごたえがあったのだ。
上の大会には行けなかったけど、その結果金賞が取れたのだ。
「他の学校の演奏のほうが結果的には上回っていたみたいだけど、我々としての最高の演奏はできたと思っています。3年生の皆が最後に楽しい演奏ができた、それがとても良かった。そこは誇ってください」
「はい!」
「今日はまだ終わりじゃないです。バスに乗って、楽器の片づけが残っています。そこまでしっかりやって、胸張って帰りましょう」
「はい!」
…
楽器を片づけて俺たちはバスに乗り込んだ。
バスの中、部長が審査員の講評を読んでくれた。
「熱演でした!高校生らしいがむしゃらで熱い前へ前へのとてもポジティブないい演奏でした。欲を言えば金管と木管のバランスがもっとまとまると大人っぽい演奏になると思います」
「主旋律を主体に音楽を進めすぎている。 もっと低音や帯旋律がどっしりと構えて曲の土台を作ってほしい。ゆっくりした中間部のバランスとても良い。ただし主旋律の奏者は曲をもっと理解して歌い方を決めて欲しい。メロディの美しさに流されないようにするとよりgood」
「少し荒削りだけどいい演奏でした。表現力も充分あり楽しめました。ffが荒々しすぎるところがあるので、もう少し整理したらより良い演奏になると思います」
「この部活のいつもの和気あいあいとした空気が感じられる、とてもさわやかな演奏でした。短い音になると少し音が薄くなるので、決める時はもっと息を吹き込みましょう。パーカスは正確な刻みだかではなく曲に乗れるともっとまとまると思います」
「厚みのあり温かい音色が心地よく、この部の特色が非常に良い感じで出ている良い演奏でした。粗削りなところはあるけれど、私はとても高校生らしくて好きです(楽しそうに吹いているのが印象的)。細かいことをいうと、金管、ffで吹き込みすぎなところがあるのでバランスを考えましょう。木管、金管にかき消されないように厚みを持たせましょう。パーカッション、メロディアスな部分の演奏の場合はもう少し周りに溶け込みましょう」
やっぱ…審査員の人も人それぞれいろんな感想なんだな!
審査員の講評はどれも納得のいく、ごもっともな指摘だった。
みんなそれぞれ講評をかみ砕いて来年に向けて消化していく。
結果は残念だった。
でも、審査員の中でもうちらの演奏を最高と思ってくれる人がいた。
自分たちの演奏で誰かの感情を揺さぶらせて、感動させることができた。
それはもしかしたら次の大会に行けること以上に尊いことなのかもしれない。
自分たちのやってきたことは間違いじゃなかったって思える。
誰かに客観的に評価してもらえたし、何より自分たちがとても楽しかったから!
…
学校に戻り、楽器の片づけを行った。
時間はもう20時、辺りは真っ暗。
「それでは今日はこれで解散とします。明日は13時に集合してください。今日の反省会をします」
「はい!」
「もう夜遅いので、気をつけてください。女子一人で帰るのは基本なしでお願いします」
たぶん俺はユリと一緒に帰るのかな。
一瞬ユリと目が合って一瞬で目を離すいつものパターン。
可愛げないな!俺もだけど!
「それでは、1日お疲れ様でした!今日はゆっくり休んでください」
これで俺たちの県大会、今年のコンクールは終わり。
胸張って!
「お疲れ様でした!」




