第52話 ルーティン
楽しかったけど大変だった夏合宿もあっという間に終わり、俺たちは県大会本番に向けて練習を重ねていた。
夏休み真っ盛りというのにほぼ2日に一辺は1日練習。
他の部の3年生はもう引退して受験まっしぐらなのかもしれないが、うちらの3年生は毎日勉強しつつも練習に励んでいた。
俺、3年生になったときにそんな器用なことできるかな…?
それはともかく気持ちはまっすぐ県大会!
夏休み?何それ?おいしいの?気持ちはまっすぐ県大会!
…
県大会当日。
緊張と興奮であっさり目の覚めた俺は、地区大会の時と同じようなルーティンで朝準備をしていた。
地区大会の時と違うのは、県大会の出番は18校中13番目なので午後であること、また県大会の会場は福浦市の隣の大村市のメゾンホール大村という場所であること。
なので今日は午前中に楽器運搬をし、みんなでバスでメゾンホールまで向かうのだ。
地区大会の時の自転車と比べて「いざ、大会に向かう!」って感じがしていいよね。
学校には8時集合なので、俺はさっさと朝食を食べて準備をし、家を出た。
今回も母親から「今日も見に行くから」と言われたので、「うーす」と気のない返事をした。
うーん、思春期真っ盛り。
…
自転車で学校に向かうともう結構部員が揃っていた。
8時になりミーティングが始まる。
「おはようございます。いよいよ今日は県大会。合宿はじめ今までの練習の成果、存分に出しましょう」
「はい!」
顧問の井口先生のあいさつにみんなが大きな返事をする。
「ではさっそく楽器運搬に。トラックは8時半に到着するので、それまでに準備終わらせてください。その後バスは9時に到着するので、それに乗ってメゾンホールに向かいます。それでは、今日も一日よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
自分の楽器の準備をし終えると、パーカッションの楽器の解体を手伝う。
地区大会とおんなじ手順。
楽器の解体ってブロックみたいで面白いよね、ブロックみたいに雑には扱えないけど。
そしてトラックが到着すると今度は楽器の積み込み。
ここも男子としてやる気を見せて、頼りがいのある所を見せる。
女子のがパワフルだったりするけど。
楽器の積み込みが終了すると、バスが予定より少し早く到着していたので、もう乗車することになった。
カナさんたちが夏合宿の時みたいに俺とユリを隣に座らせようと目論んでいたのが、俺もユリも何となく察しはしていたので、今回は俺は同学年男子の隣に座ることができた。
しかし俺の前の席にはカナさんが座っていた。
バス出発ちょっと前、カナさんがひょっこり顔を出して話しかけてきた。
「つまんなーい。なんでユリと隣で座んないのー?」
「夏合宿みたいに悲惨なことになるからです」
「あれはレージが勝手にバス酔いしただけでしょ?私関係ないもん」
「でも十分面白がってたじゃないですか」
「だって面白かったんだもん」
「最低!」
「にゃはははは、面白かったよねー、ナツキ」
「こっちに振らないで」
今回もカナさんの隣にはナツキさん。
この2人、こうは言い合ってるけど結構仲がいい。
夏合宿のバスの時も一緒に座っていたし、よくお昼ご飯も一緒に食べている。
カナさんはナツキさんのこと「旦那」と呼んでるけど、あながち嘘じゃないのかも!
とか言ったら絶対ナツキさんに怒られるので言わないけど。
「レージ、今日は後悔しないように全力で楽しみなよ」
「なんか県大会落ちのフラグみたいに言わないでくださいよ」
「そんなつもりはないけど、今日でシオさんたちと最後の演奏になる可能性だって、ゼロじゃないんだよ。私たちは去年は県大会までだった。もちろん今年もそうなるつもりはさらさらないけど、後悔しないようにそれは頭に入れときな」
「…はい」
「よし!それユリにも言いたいんだけど、ユリ私のこと警戒して席離れてるんだよね~w」
この人たまに唐突に真面目になる。
ノリがころっと変わるのだ。
でもカナさんの言う通りかも。
今日で最後になる可能性は、ゼロじゃない。
後悔しないためにも、そして明日からもシオさんとミズホさんと一緒に演奏するために。
俺は自分の中で気持ちを高めた。
…
バスで1時間ほど揺られ、10時ごろにメゾンホール斎藤に到着。
よし、今日は乗り物酔いしてない!
会場ではもう県大会が始まっていた。
バスから降りて、既に到着していたトラックから楽器を降ろす。
楽器と荷物をロビーに集めて、時間は11時。
俺たちの出番は14時ごろなので、13時ごろに演奏準備を開始する。
県大会も12時から13時はお昼休みになるので、1時間は演奏を聴ける!
俺たちは会場に入り、立ち見で演奏を聴くことにした。
地区大会の会場と同程度の規模のホール。
でも地区大会の時よりも多くの観客がいて、立ち見もいっぱいいた。
小坂県中から、吹奏楽部の高校生が集まっているんだな…。
演奏は聴いた。
でも正直なんだかよくわからなかった。
緊張と興奮が入り混じって、どの学校も全部うまく聞こえてしまう。
やばいやばい、俺たちだって!
…
3校ほど聴いてお昼休みに入り、俺たちも昼食を取った。
あっという間に1時間たって、13時。
俺たちは再度ロビーに集まった。
楽器の準備をして、控室に案内される。
あっという間、今朝からホントにあっという間、地区大会からホントにあっという間。
控室で音出しをして、課題曲と自由曲の出だしの合奏をする。
13時45分、控室での練習時間終了。
みんな部隊袖へ向かうため片づけを始める。
「レージもユリも、緊張しまくってるね」
シオさんが話しかけてきた。
「はい、結構緊張してます。会場人多いですし…」
ユリが表情カチコチのまま言う。
「そーだね、地区大会より観客多いもんね。でも、緊張で音出ないのは無しで、よろしく頼むね。ほら、部隊袖での「ウィーアー、トランぺッターズ!」今回もやるから。あれやると結構緊張感抜けない?」
「ちょっとわかります。あれなんかおまじないかなんかなんですかね?」
「さぁ、私が入部した時はもうフツーにみんなやってたよ」
「へぇ、キョウさんがパートリーダーの時もやったんすか?」
俺がそういうとユリに「コラ!」と小声で小突かれる。
キョウさんの話題、やばい、本番前に嫌なこと話題に出しちゃっただろうか…。
「…うーん、一応やってたよ?私は「なんじゃこりゃ?いきなりこの人なにやりだすんだ」って思ったけどねw今思うと、性格キツイのにそういう伝統的なのちゃんとやってるの…意外と可愛いとこあったのかもね」
どうやらシオさんは、キョウさんとのことうまく消化できたみたい。
「県大会前にみんなに話せてよかった、すっきりした」って前言ってたもんな。
「レイジもユリも、今日はよろしく頼むね。でも上手く吹こうとか、県大会突破するんだ、より楽しむんだ!のが気も楽になっていいと思うよ」
「「はい!」」
「いい返事!」
俺たちは控室を出て、部隊袖に向かった。
部隊袖に入ると、12番目の学校が課題曲を演奏していた。
俺たちと同じ、「マーチ「ブラック・スプリング」」だった。
一気に緊張してくる。
やばい、すごく上手く聞こえる。
緊張してきた、口が乾く。
もうすぐ、本番なんだ。
そんな時、ミズホさんに無言で俺の肩を叩かれ呼ばれた。
そうか、「ウィーアー、トランぺッターズ!」やるんだ。
なんかそれだけでちょっとホッとした。
あぁこれペットパートの本番前のルーティンなんだな。
プロのスポーツ選手がよくやってる、あれみたいなものか。
よく考えたもんだ!
俺は「よし!」と緊張と興奮を奥に押し込めた。
ちょっと笑顔、本番、楽しみかも!
俺はそう思いながら、シオさん、ミズホさん、カナさん、ナツキさん、そしてユリのもとへ向かっていった。
さぁ、いざ県大会本番!




