第47話 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥
ウォーミングアップも一通り済んだので、俺はシオさんからの挑戦状(第8話参照)の楽譜を開いた。
俺の入部当初からの課題は音の出だしの弱さだ。
音が鳴り始めるまでに少しだけ時間がかかってしまうので、音が「パーーーン」といかず、「ンパーーーン」という形になってしまう。
この最初の「ン」を取り除くこと、これが俺の課題。
正直地区大会でもうまくいかない箇所は何か所もあった。
中学校時代からずっと言われ続けていること、正直1日2日でどうにかなることではない。
毎日の練習あるのみ。
でも県大会までに少しでも何とかしたい。
せめて演奏の始まりの音の出だし、つまり最初の最初だけは何とかしたい。
最初の音の出だしは前まで楽器を吹いていないこともあって難易度が上がる。
演奏途中の音の出だしであれば、前からのノリでうまくいくこともあるからだ。
俺は一息ついて、地区大会の演奏前をイメージして楽器を構えた。
ここはコンクール会場の舞台上。
これから俺は、B♭のアクセント付きでの音階ロングトーンをソロで発表するのだ。
大勢の観客がこっちを見ている。
静かに息を吸う。
緊張の一瞬…。
ンパーーーーーーーーン、ンパーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン。
…。
俺はロングトーンの途中で吹くのをやめた。
3回目の音は、そこそこうまくいった。
でも最初はやっぱりだめだ。
なぜなんだ、こんなに意識しているのに。
もう一回だ!
ンパーーーーーーーーン、ンパーーーーーーーーン、ンパーーーーーーーーン。
…。
3回目もダメになった。
泥沼だ…。
何がダメなんだろう…?
ちょっと落ち込み気味にふーっとため息をついて、辺りを見回す。
トランペットパートはみんな個人の課題点を思い思いに練習している。
他のパート、例えばここから見えるクラリネットは、2~3人集まって練習したりしている。
セクション練習かな、それとも教えてもらってるのかな?
…。
そうか。
思い切って先輩に聞いてみてもいいかもしれない。
いつもは照れくさかったり意地があったりでなかなか自分からは聞けない。
でもこの合宿の解放感なら、俺でもいけるかも。
俺は一番近くで練習していたカナさんに近づき、声をかけた。
「あの…カナさん。ちょっと教えてほしいことがあるんですが…」
そう言うとカナさんはめっちゃうれしそうな顔をした。
「おーおーおー!レージが私に教えを乞うとは!珍しいこともあるもんだね!合宿のこの雰囲気がそうさせるのか?いいよ、何だいナンだい?このカナ先輩にドーンと聞いてみなさい!」
俺あんまり人に聞かないからか、すっげー嬉しそう。
先輩になるとやっぱ後輩に頼られるとうれしいもんかね。
あーそういえば中学の頃、そうだったかもしんない。
後輩の女子に「先輩教えてください」って言われてめっちゃテンション上がったわ。
「音の出だしがなかなか改善されないんです。途中からはだんだん良くなってくるんですけど、本当に最初の最初が…」
「あー、なるほどね。シオさんの挑戦状のやつだ!わかった。一回吹いてみて」
カナさんは一瞬で顔が生徒指揮者モードになった。
あ、これ怖いやつかも。
カナさんのメトロノームに合わせて、ロングトーンをすることになった。
カナさんが見てる中静かに、静かに息を吸う。
あ、カナさん俺のことスゲー見てる。
真剣な生徒指揮者の目でスゲー見てる…怖ぇ。
ンパーーーーーーーーン、ンパーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン。
…やっぱダメだった。
「んー、確かに3つ目くらいからはイイ感じだね。ちゃんと練習してるってことだね!」
「ありがとうございます」
「最初の最初、ねぇ。まず緊張ってのもあるだろうね。私がガン見してたからとかね」
「それはちょっとあるかも、しれないです」
「お!私に見つめられてドキドキしちゃった?」
「怖くてドキドキしました!」
「あーそーですかー!どうせ私は可愛げないですよーだ」
「そういうことじゃなくて~」
「はいはい。でまぁ私が見るに、レージは緊張以前に、息吸うのが静かすぎかな」
「??ズオーって吸えってことですか??」
「そうじゃなくて、静かってのはブレスの勢いの問題。音しっかり出したいんなら、もっとたくさんの空気を勢いよく吸い込まなきゃ。静かにスッと吸っただけじゃ、勢いつかずにしっかりした音も出ないよ。静かな場面はそれでもいいんだけどね」
「なるほど…」
俺は言われた通り勢いよく大きく息を吸って、もう一度ロングトーンをしてみた。
パァーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン。
ちょっとよくなった!
でも最初の音が強すぎかつちょっと汚い。
「そーそー、ちょっと良くなったね!あとはあれだね。息吸って吐き出す直前に息の流れを喉で「ウッ」と止めないほうがいいね。止めちゃうと勢い止まってたくさん吸った空気が雑に出ちゃう。「スーッ、ウッ、フゥー」じゃなくて、「スーッ、フゥー」がいいかな…うーん、なんとなく、わかる?」
「わかります!なんとなく…」
俺はもう一度言われた通りにやってみることにした。
大きくスピード感をもってたくさん息を吸い、勢いを殺さずに息をたくさん吹き込む!
パーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン。
「おーできたできた!なかなかイイ感じじゃない!」
今までで一番手ごたえあった。
俺は嬉しくなってもう一回吹いた。
パーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン。
「おーおーその調子!感覚掴めそうじゃない?」
ンパーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン、パーーーーーーーーン。
「あー、調子乗るとだめだね、意識できてない」
うーむ、難しい。
でも、できた。
2回連続でうまくいった!
すごく気持ちよかった。
俺はびっくりしたような嬉しいような表情で、
「ありがとうございました!」
と言った。
カナさんは
「ん!またこのカナ先輩になんでも聞いてくれたまえ!」
といって笑っていた。
カナさんも嬉しそうだった。
…
再度お礼を言って、俺は個人練習に戻っていった。
人に聞くのはすごく緊張したけど、聞いてよかった。
自分が悩んでいるだけでは絶対気づかない、もしくは気づくまで時間かかりそうなことも教えてもらえることがある!
これからも、わからないことは恥ずかしがらずに人に聞こう。
あ、なんでもかんでもすぐ聞きに行ったらさすがに怒られるだろうから、もちろんちょっとは自分で悩むけどね。
俺はさっそくカナさんに教えてもらったことを書き残し、ロングトーンの練習に入った。
いっぱい練習して、いつでもうまくいくようにするんだ!!!
…
むふーーー!
後輩に頼られた!
しかもアドバイスしたことがちゃんとうまくいった!
すっげー気持ちいい!
しかしレージから私に聞いてくるとは…あー、練習場所近かったからか。
でもまぁいいや、頼られたのすげーうれしい。
レージったら典型的な草食男子かと思ってたけど、意外と積極的なとこ、あるのかもねw
あー、なんかいい気分!
よっしゃ!私も負けじと頑張るぞ!




