第44話 リバースバス
定期試験が無事(?)突破したので補講も入らずめでたく夏休みに入り、1日中吹奏楽に力を入れられる時期になった7月31日、地区大会の2日後。
俺達福浦西高校吹奏楽部はバスに乗っていた。
県大会に向けての2泊3日の合宿を行うため、菅野平高原のホテルに向かっている。
俺の横の席には同期の男子…じゃなくユリ。
後ろにはカナさんとナツキさん、横にはミズホさんとシオさん。
なんかペットパートが一番最後までティンパニ運んでいたんだけど、ユリと楽器の運搬についてちょっとしたことで言い合っていたらバスに乗るのが最後になってしまい、こうなってしまった。
「いやぁ、2人で一緒に座るためにわざと言い合いをするとは、2人とも策士ですなぁ」
後ろの席のカナさんがさっそく面白そうに体を乗り出して茶化してきた。
「「そんなんじゃないです!」」
「まぁ声まで揃っちゃって、仲いいですなぁ。まぁお姉さんたちは邪魔しないから、せいぜい2人でいちゃいちゃしてくだされ。ねぇナツキさん?」
「こっちに振るな」
「つまんないぞナツキさん!レージとユリがくっつくチャンスじゃないですか!」
「じゃあそっとしておけばいいのに」
「恋のキューピットやるの!」
「引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておもしろがってるようにしか見えん。うるさいからそっとしときなって」
「むー…わかったよ。じゃあレージとユリ、ご・ゆっ・く・り!」
俺とユリは一瞬顔を見合わせ、その後プイッと反対側を向く。
ユリはふーっとため息をつき、窓の外に顔を向ける。
俺は反対側の席に視線をやったが、シオさんもミズホさんもちょっとニヤニヤしている。
つうかミズホさんは興奮気味に顔を赤らめてハァハァいってる。
あぁこの人そうだったわ(第29, 30話参照)。
ダメだこの人たち。
しょうがなく正面を向いた。バスでは2時間程度の道のり、やれやれ。
俺はユリと話すネタもないので、スマホを取り出し、バスに揺られながら俺はゲームをプレイし始めた。
…
1時間半後。
バスは山に入り、くねくねと曲がった道を進んでいる。
隣の席のユリは窓の外を見ながら後ろの席のカナさんとキャアキャア言っている。
ナツキさんは寝ている。
一方の俺は…あ、これヤバイ。
ヤバイヤバイ、ガチでヤバイ。
俺は急いでスマホを見るのをやめてペットボトルのお茶を飲み、目を閉じた。
頭がぐるぐるして、なんか胸やけみたいな感じもする。
この胸からこみ上げてくる感じ…完全なる乗り物酔い、このままだと…吐くわ。
寝よう。
寝てしまってなんとかこの場を乗り越えよう。
「ねー、レージもそう思うでしょ?」
なんの話か全然分かんないけど、カナさんがこっちに話しかけてきた。
俺は寝るんだ!寝てるんだ!
「ねーねー、レージってばぁ」
俺は寝てるんだって!
「ねーってばぁ!」
カナさんが俺の肩をガタガタと揺すってきた。
鬼!悪魔!魔女!
頭がぐるぐるする。
「…うっ…」
俺はとっさに口を手で押さえた。
「…レイジ、もしかして乗り物酔いしてんの?」
ユリは「え、マジ?」的な顔でこっちを覗いてくる。
「え、そうなの?マジか。揺すってごめーんね。だいじょーぶ?」
カナさんはやっと俺の肩を揺するのを止めた。
「大丈夫です」って言おうと思ったけど、多分声出すとその勢いでやってしまいそうなくらいの波が来ていたので、軽く頷くのが精いっぱい。
ペットパートの女子に囲まれてる中で吐いたらヤバイ。
ドン引き、悲鳴、修羅場。
ユリの軽蔑するようなキッツイ表情が思い浮かぶ。
ここでのやらかしは今後に響く。
そう思った俺は引き続き目を閉じ、呼吸に意識を集中させた。
波はいったん過ぎようとしていたので、俺は力を振り絞りお茶を飲もうと手を伸ばす。
その時、
「はい、お茶。吐きそうだったら言ってよ…って言えないのか。吐きそうだったら肩でも叩いて」
ユリがお茶を取ってくれた。
俺はポカンとしながらもお茶を飲む。
ユリはその間に目の前のビニール袋を取り、バッグからティッシュを取り出す。
俺が吐いてしまう時のための準備をしているのか!
「ちょっとやめてよ、絶対吐かないでよ!この席やだー。汚い」みたいなこと言われると思ってたので、意外。
「カナさん、レイジの座席ちょっと倒しても大丈夫ですかね?」
「うん、大丈夫だよ。ナツキ寝てるし、荷物もないよー。てかティッシュ足りる?貸そうか?」
「ありがとうございます」
ユリはカナさんからティッシュを受け取ると俺の前に体を倒し、座席をゆっくりと倒してくれた。
「悪い」とジェスチャーすると、
「バスん中でずっとスマホなんていじってるからだよ、バカ」
ユリは口を尖らせて言う。
座席が少し倒されると、波も去っていったのもあってだいぶ楽になった。
うとうと…俺はそのまま寝てしまった。
…
「ほれレイジ起きなさい!」
シオさんの声で目を覚ます。
外を見るとバスはホテルに駐車しているところだった。
どうやら菅野平高原のホテルに着くまでずっと寝ていたようだ。
はっとしてガバッと起きたらまだちょっと頭がふらふらする。
俺はお茶を飲みながらシオさんに「ありがとうございます」と寝起きの喉の開いていない声で言った。
「お礼を言うならユリに言いなよ。レイジが寝た後もずっとレイジが吐くんじゃないかと待機してたんだよ?」
俺は恐る恐るユリのほうを見る。
ユリは何事もなかったように窓の外を見ている、シオさんの声聞こえているはずなのに。
「いやー、ユリ凄かったね!すっごいテキパキしてたんだよ!」
カナさんが後ろから体を乗り出してそう言った。
そうだ、ビニール袋とか、ティッシュとか、お茶取ってくれたりとか、座席倒してくれたりとか、いろいろやってくれてた。
「いい嫁ですなぁ、ねぇナツキさん?」
「こっちに振るな」
「つまんないぞナツキさん!レージとユリがくっつくチャンスじゃないですか!」
「じゃあそっとしておけばいいのに」
「恋のキューピットやるの!」
「引っ掻き回すだけ引っ掻き回しておもしろがってるようにしか見えん。うるさいからそっとしときなって」
なんかこの会話さっきも聞いたぞ。
バスは完全に停車し、みんなバスを降りる準備をし始めた。
俺はデジャブを聞き流し、荷物を整理しているユリに声をかけた。
「さっきは、ごめん」
「別に。さっきも言ったけどずっとスマホなんていじってるからダメなんだよ…」
「うん、ごめん」
ユリは俺とは目を合わさずテキパキと荷物を整理しており、さっき借りていたティッシュをカナさんに返した。
俺も前の席だったのでさっさと荷物を整理してバスを降りた。
もちろん運転手さんに「ありがとうございましたー」は忘れない。
「レイジ君さっき「ごめん」しか言ってなかったでしょ。駄目だよ、ちゃんとユリちゃんに「ありがとう」って言わないと」
後ろからミズホさんがこっそり指摘してくれた(興奮気味に顔を赤らめてハァハァいいながら)。
たしかにそうかも。
そう思い、バスを降りたユリを追っかけ、
「ユリ、さっきはありがとう。おかげで助かった」
「べ、別に。隣でまき散らされても、困るじゃん…」
ユリはちょっと顔を赤くして俯いた。
「うん。帰りは気を付けるよ。てか帰りも隣になるかは分かんないけど」
「うん…ほ、ほら、楽器積み下ろしとかもあるから行かなきゃ!」
「そうだな。ユリ、お、俺さ、お前のこと…」
「私のこと…?」
「お前のこと…す…」
「す?」
「す…」
「すっ~~~~~…!?!?!?!?!?」
「すげーお母さんみたいだなって思った!ありがとう!」
ガターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!
「ばかーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ユリは怒って行ってしまった。
褒めたつもりだったのに…。
てかみんな、なんでズッコケてるの?
なんかシオさん、ミズホさん、ナツキさん、カナさんがこっち来たぞ?
ニヤニヤしてるような、怒ってるような表情で。
!?!?!?!?!?




