第41話 王者の風格
福浦高校の指揮者が指揮棒を構える。
パンフレットによると課題曲は俺達と同じ「マーチ「ブラック・スプリング」」、自由曲は「QPよりシンフォニック・コレクション」だ。
自由曲、まさかナギサが定演の時みたい(第24話参照)に冒頭のソロは吹かないだろうが…気になってソワソワする。
指揮者が指揮棒を振り上げると課題曲「マーチ「ブラック・スプリング」」の演奏が始まった。
出だしのファンファーレはしっかり決まっている。
ボリュームもバランスも問題なし、よくまとまっている。
木管のメロディに続いてトランペットの裏打ちの刻みも縦の線が良く揃っている。
音の粒の形もきれいだし、木管のメロディとのパワーバランスも良い。
地区大会なのに、凄く「仕上げてきている」感じ。
裏打ち刻みの部分が終わった後の金管も参加してのメロディ、流れるようで粗っぽさがない。
木管のトリオもまとまっているし、聴いていて心地よい。
トリオ後半のトランペットのミュートを使った刻みの入りも自然。
クライマックスも主旋律と対旋律がバランスよく、流れるように曲が進んでいく。
力みも無し、粗っぽさも無し。
なんというか、大人が演奏しているんじゃないか?というくらいのまとまり感。
圧倒。
課題曲は他の学校と被ることが多く、同じ曲を1日に何回も聞くので段々眠たくなってくるのだが、福浦高校は別格。
圧倒的な空気感を作り、観客席まで巻き込んだ。
あっという間に福浦高校の課題曲の演奏が終わった。
観客は全員息を飲むように圧倒されていた。
静寂の中、舞台上では次の演奏の準備が進んでいた。
続いて自由曲「QPよりシンフォニック・コレクション」
指揮者が指揮棒を構えると一人の女子が楽器を構えた。
ナギサではなかった。
「カスミだ…」
横からシオさんが小声で呟いた。
カスミさんは福浦高校のトランペットパートリーダーで、シオさんと中学校同期なのだ。
シオさんの集中力がさらに高まったように感じた。
指揮者が指揮棒を振り上げるとカスミさんのトランペットソロが始まった。
とても艶っぽく柔らかい、でも芯のある堂々とした音色。
伸びもあって流れるようにソロが進んでいく。
正直鳥肌が立った。
俺は2年後、あんなところまでたどり着けるのだろうか…それくらい綺麗でしっかりした音。
その音色は対旋律が入ってきても埋もれることなく、どんどん主張してくる。
心地いい、とても心地がいい。
シオさんも音はきれいだが、正直カスミさんの音色もすごい。
シオさんの音が剛ならば、カスミさんの音は柔。
周囲を圧倒しながらソロは終了、続いて低音による暗めのパートに入る。
入ってくる木管や金管の音のブレもないし、なによりしっかりしている。
テクニックとかではなく、音自体がしっかりしているのだ。
普段の基礎練習の賜物だろう、それは俺にでもすぐわかった。
木管も、金管も、低音も、パーカッションも、それぞれパートごとにまとまっている。
そしてその音のまとまりが全体を作り、まとまっている。
地区大会の出来ではない。
この人たち、いったいどんだけ集中して練習してるんだ…?
いろいろなことを考えていたら、あっという間にクライマックスになってしまった。
邦人作曲家好きの俺が曲を聴かずに音に集中してしまうなんて…。
クライマックスのメロディ、ナギサやムネの音は単独では聴こえないけど、トランペットパートとしてとても音色がまとまっているし、軸がぶれていない。
流れていくメロディのテンションに負けず、縦の線もきっちりしているし、あくまで冷静に吹いている。
でもものすごい情熱を感じる。
俺だったら…テンション上がって自由に吹いちゃうかもしれない。
俺もユリも、最後は座席から身を乗り出して演奏を聴いていた。
曲は終わりに向かってどんどん盛り上がり、客席のテンションもどんどん上がっていくように感じた。
最後の音が鳴り終わると、また静寂。
多分2~3秒なのだが、すごく長く感じる静寂があり、その後爆発するような拍手。
俺もユリも自然に拍手をしていた。
シオさんは「いやいやまいったね」というような苦笑いをしながら拍手をしていた。
会場全体の雰囲気は、地区大会なのに「ブラボー」出そうなくらいの熱気に包まれており、拍手はなかなか鳴りやまなかった。
こんな演奏の後に演奏する学校、正直かわいそうだ。
俺達は終始圧倒され続けた。
福浦高校の演奏を定期演奏会でしか知らない福浦西高校の1年生全員、いや、会場全体の1年生が終始圧倒され続けただろう。
横を見るとユリも「ふーっ」と息を吐きながらこっちを見てきた。
「すげぇな」
「すごいね」
声には出さないけど、そんなやり取りをアイコンタクトで行った。
…
18校全ての演奏が終了し、結果発表が始まるまでの30分間、俺たちの周りは福浦高校の演奏の話題で持ちきりだった。
「やっぱすごいね、福浦高校」
シオさんが俺とユリに話しかけてきた。
「凄かったです。地区大会なのに荒っぽくなくてすごくまとまってました。地区大会でこの演奏なら、県大会はどうなっちゃうんでしょうか」
「なんか音色も大人びてました。同じ高校生とは思えなくて…私悔しいです」
「そうだね、福浦高校は昔から音のまとまりがすごくいいんだよ。大人びてて、高校生っぽくなくてそこがつまらない、って言う人もいるけど、やっぱ上手だよね。つーかカスミの音色艶っぽさに磨きがかかってるわ」
「カスミさん凄かったです。私もあんな音出してみたいです!」
「お!ユリやる気だね!大丈夫、ユリはまだ2年あるから、今から毎日ロングトーン頑張りな」
「はい!」
「俺も、なんか今から帰って練習したくなってきました。個人だけじゃなくて、パートのまとまりもっと高めたいです!」
「そうだね、私たちも地区大会突破できたらもっかいパートとしての音色のまとまり作り上げなきゃね!」
「地区大会突破できたら…」その言葉に俺とユリはハッとした。
そうだ、最悪今日で最後になるかもしれないんだった、と俺とユリは顔を見合わせて俯いた。
それを見たシオさんは、
「大丈夫だって!きっと突破できるよ。あ、ほら、舞台上に審査員が入ってきた。そろそろ始まるよ!「やったー!」の準備しなきゃね!」
そういって俺たちを笑わせたが、シオさんはちょっと顔が強張って手をぎゅっと握っていた。
俺達は明日以降もいつも通りに練習できるんだろうか…地区大会の結果発表が始まる。




