第38話 ウィーアートランぺッターズ!
全日本吹奏楽コンクール地区大会当日。
朝5時半、俺は目覚ましのアラームよりもかなり先に目が覚めた。
よくあるよね、こういう本番の日に限って早く起きちゃうこと。
今日は8時に学校集合して楽器を積み込み、終わり次第会場に向かって楽器の準備、演奏の準備、と午前中にイベントが集中している(ちなみに俺たちの演奏は18校中7番目であり、だいたい出番は11時過ぎくらいなのである)。
午後は楽器の積み込みはせずに楽器の積み下ろしに向けて学校へ直行、積み下ろしと片付けが終わり次第会場に戻ってほかの学校の演奏を聴く、というスケジュールになる。
他の学校の演奏がいっぱい聴けないのはちょっと残念だが、ムネやナギサのいる本間高校の演奏(15番目)はなんとか聴けそうなので良かった。
俺は30分ほど布団の中でぬくぬくしてから布団から出て顔を洗った。
「あら、もう起きたの?おはよう。いつもと違って早いじゃん、いつもと違って」
母さんが朝の挨拶と余計な一言を言ってきた。
「おはようーっす」と軽く受け流すと、
「何その返事。今日は本番なのに大丈夫なの?お父さんと見に行くから頑張ってね」
おう、両親ともに見に来るんか、嬉しいような恥ずかしいような。
「おーっす」と微妙な返事をして、トイレに向かった。
…
朝食を食べ、早起きしたのでいつもよりのんびり支度ができる。
しまった、気合入れすぎて髪の毛にワックスつけすぎた…一か所だけガッチガチやん。
じゃあこうしたら、あれ?じゃあこれはどうだ?あれ?
…。
うん、やり直そう。
俺は母さんに「寝癖がひどいのでシャワー浴びる」と悲しいウソをついてワックスを洗い流した。
どうせ移動や楽器積み込みによる汗で髪の毛ぐっちゃぐちゃになるのはわかってるんだよ。
でも本番の日くらいしっかり髪の毛セットくらいしたいじゃん。
そういうお年頃じゃん。
髪の毛を洗い終えて鏡を見ると、どうせ髪の毛乾かすといつもの自分になるのはわかってるけど、そこにはいつもよりもちょっとイケメンがいた。
あるよね、髪濡れた状態での自分一番イケメン説。
あれなんでなんだろうねー、と思いながらドライヤーで髪を乾かし、再度ワックスを手に付ける。
軽めに、自然に、全体になじませる感じで…。
よし…なんとか「佐々木君今日めっちゃ気合入ってるねー」と言われない程度にはなった。
どうせ移動や楽器積み込みによる汗で髪の毛ぐっちゃぐちゃになるのはわかってるんだよ。
いいんだよ、いいんだよ…。
のんびり支度、と言いながら結局いつもの忙しさくらいになってしまった。
母さんの「今日頑張ってねー」を軽く受け流し、急いで家を出て自転車をこぎ始めた。
移動が多いので今日の昼食をコンビニで買い、学校へ向かった。
さぁ、全日本吹奏楽コンクール地区大会の始まりだ!
…
学校に着くと既に来ていた人たちで荷物を部室の入り口付近に集めていた。
俺が到着してすぐにトラックが到着、急いで、でも慌てずに楽器を積み込む。
楽器を積み込み終わり、運転士の方に「よろしくお願いします」というと、「ふぅ、ちょっと休もうかね」という間もなく会場へ向かう。
みんな慌ただしく自転車にまたがり、会場へ向かう。
ちなみに前も言ったけど、他の人の迷惑になるので広がって走るのはダメ、ゼッタイ。
開場に着くと既にトラックから荷物は降ろされていた。
「あ、レイジおはよう!楽器積み込みお疲れ!」
「シオさん、おはようございます」
今回トランペットパートのうち学校で積み込みをしていたのは俺だけだったので、今日初めてトランペットパートと合流。
「昨日はよく眠れた?今日は頑張ろうね!」
シオさんはお母さんみたいなことを言うけど、いつも通り。
「レイジのトランペットはこっちだよ」と楽器が置いてある場所に案内されると、トランペットパートが勢ぞろいしていた。
「あー、レージ、おはよう!」
カナさんが俺を発見、右手をピシッと上げて挨拶をしてくれた。
それに反応してミズホさん、ナツキさん、ユリもこっちに気づいた。
「おはようございます。楽器降ろしていただいてありがとうございました」
「むふー、いいってことよ。カナちゃんにすっごく感謝しなさい」
「カナはパーカッションの組み立てしてたじゃん」
いつものカナさんとナツキさん。
ミズホさんはそれ見てニコニコしてるし、ユリは真面目な顔でやる気になっている。
みんないつも通りなのでちょっとほっとした。
そうだよね、これが今年のペットパート。
いつもの感じで、いつものように笑って、いつものように演奏して、上の大会行くんだ。
俺はそう思って自分の楽器ケースを撫でた。
「あー、レイジ!今「みんないつも通りなので、ちょっとほっとした。そうだよね、これが今年のペットパート。いつもの感じで、いつものように笑って、いつものように演奏して、上の大会行くんだ」みたいなちょっと真面目っぽいこと考えながら自分の楽器ケース撫でて自分に浸ってたでしょー?」
なにこの人エスパー?
全部当たってたので「何言ってるんですか」とも言えず、苦笑いが限界だった。
「まぁまぁ、私も気持ちはわかるよ。私もさっき「今日は頑張ろうね」って言いながら自分の楽器ケース撫でてたよ」
「ミズホさんはいいんです、美人さんだから。ていうかそれ想像したら…可愛すぎでしょこの高校3年生!ズルい!」
「なんか感情こもっちゃうよね。楽器だけど、ずっと一緒にやってきたんだもんね」
笑って流してほしかったのにミズホさんは大まじめに俺をフォローしてくれている。
本当に大真面目に傷口に塩を塗ってくる。
この人は優しいのか、確信犯なのか、ド天然なのか。
俺はニヤニヤ笑っているカナさんをスルーして「えぇ」となんともいえない返事をした。
「確認します。10時20分から控室Bで音出し、10時40分からチューニングと軽い合奏、11時から本番です。10時10分になったらここに集まってください。はい、では楽器の準備してください!」
部長の指示が聞こえた。
時間は10時ちょうど、そろそろ俺たちの本番が近づいてきた。
部長の指示に従い、俺たちは楽譜をバッグから取り出し、楽器の準備をした。
俺はケースから楽器を取り出し、自分のトランペットを撫でた。
何と言われようと、「頑張ろう」と心で呟いて撫でた。
よく見るとカナさんもトランペットを撫でている。
「カナさんもトランペット撫でてるじゃないですか…」
「女の子はカワイイから許されるの!」
よくわからない理屈で納得させられた。
…
10時10分、俺たちは再度ロビーに集合し、控室Bに案内された。
本日初めての音出し、やっぱりトランペット吹くのは気持ちがいい。
さすがにちょっと緊張してきたかな…口が乾いてきたので買ってきたミネラルウォーターを飲みながら音出しした。
その後各パート軽くチューニングし、全体チューニング。
さらにそのあと全体で課題曲と自由曲それぞれの出だしを軽く練習。
時間が経つのがあっという間、また口が乾いてきた。
飲みすぎるとトイレ行きたくなるから気を付けないといけないんだけど…飲んじゃう。
「さあ本番だ、力抜いて楽しんでいきましょう」
「はい」
井口先生のあいさつで音出しは終了。
時間は10時50分、もう舞台袖に待機する時間だ。
舞台袖に案内されると、俺たちの前の高校が課題曲を演奏していた。
やたらうまく聴こえてしまう。
うーむ、緊張してきた。
ミネラルウォーターは持ち込めないので、もうない。
「レイジ、ユリ、ちょっと来て」
シオさんが小声で俺とユリを呼んだ。
ペットパート6人が集まった。
「本番前の儀式やるよ。」
「ウィーアーのやつっすか?」
「そ!」
シオさんが手の甲を差し出す。
それにみんなが手を重ねていく。
俺は相変わらず女子の手に手を重ねるのが恥ずかしかったのでモジモジしてたが、「早く!」とのシオさんの言葉にあわてて手をミズホさんの手の甲の上に乗せた。
あ、なんかスベスベしてる。
「それじゃいくよ。みんな今日は楽しんでいこう、ウィーアー?(小声)」
「「「「「「トランぺッターズ!(小声)」」」」」」
何となくだけど本番前に気合も入ったし、いい意味で力も抜けた。
口の渇きも落ち着いてきた。
前の高校が自由曲の演奏を終え、会場からは拍手が聴こえる。
「さぁいこう!」
部長の掛け声で俺たちは舞台に入っていく。
ライトがまぶしくて暑い。
席に座り客席を見ると、観客がいっぱい。
定演とは比べ物にならない緊張感。
でもさっきの儀式のおかげか、妙に落ち着いてもいた。
最後に井口先生が指揮台に立ち礼をし、こちらに顔を向けると指揮棒を構えた。
ウィーアートランぺッターズ、シオさんとミズホさんの最後の、カナさんとナツキさんの2回目の、俺とユリの初めての、そして俺達6人での最初で最後の全日本吹奏楽コンクールが始まった。




