第36話 講習会は、こうすっかい?
どうも、主人公の、俺です。
先日のゴタゴタ(第32~35話参照)もなんとか解決し、あれ以来ユリとミズホさんは今まで以上に仲良くなった。
またパート練習も今まで以上に活気が出てきて、段々みんな思ったことを言い合うようになってきた。
俺はまだちょっと意見言うの苦手だけど、シオさんが理想とする「ワイガヤパート練」への第一歩だと思う。
さて、吹奏楽コンクール地区大会まであと1週間。
今日は里崎勇人先生による講習会だ。
毎年講習会をしてもらっているという里崎先生は、井口先生の高校時代の友人で現在はトランペットのプロとして活躍している。
6月にも一度講習会をしていただいて基礎練習とコンクール曲を見ていただいたのだが、トランペットかつ男子の俺は里崎先生に目を付けられ、重点的に指摘されたり話のオチに使われたりと散々だった。
今回はどうなることやら…。
…
「本日は一日、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
「はーい、よろしく~」
井口先生が指揮台に登壇し、里崎先生は横のピアノの椅子に座り、部長のあいさつにより講習会が始まった。
「それでは一回課題曲と自由曲通しで聞かせてください。6月から1か月でどう変わったか楽しみです。特に佐々木君とか」
さっそくオチに使われた。
プレッシャー、プレッシャー。
井口先生の指揮により、課題曲「マーチ「ブラック・スプリング」」と自由曲「トーマの祀り」を演奏した。
その間里崎先生はフルスコアを見ながらなにやら書き込んだり、頷いたり、ニヤニヤ笑ったり。
いかんいかん、里崎先生じゃなくて演奏に集中しないと!
俺は演奏に集中しなおし、正直細かいミスはいっぱいあったがなんとか最後まで吹き切った。
演奏が終了すると里崎先生が井口先生と入れ替わりで指揮台に登壇し、全体で気づいたこと、その次に各パートで気づいたことをしゃべっていった。
「じゃあ次トランペット!」
「はい」
さすがにトランペット奏者である里崎先生、トランペットパートへの指摘となるとニヤッと嬉しそうな顔をする。
「1か月前よりだいぶ良くなったと思うね。細かいミスもあることはあるけど、前回のような目立つミスは少なくなってきた。刻みもそろうようになってきたし、音も悪くない。佐々木君も前より自信もって吹いているし」
なんだか高評価?
オチに使われてはいるけど悪いことはあまり言われてない?
「ただし課題曲自由曲ともに音の出だしはもう少し練習したほうがいい。多分個人個人わかってると思うけど、強すぎる人と弱すぎる人がいる。そして今回の一番の問題は…」
一番の問題は?
「佐々木君の緊張しまくりの顔かな?」的なオチがくるのか?前回みたいな。
「1stの2人(シオさんとカナさん)の音、正直ちょっと合ってないね。喧嘩してる気がする。もう少し歩み寄っていかないと」
…
里崎先生のあの言葉の後、課題曲と自由曲について講習を行っていただきました。
トランペットパートに関しては刻みの所や音程などについて重点的に指摘をもらい、ペットパート6人はその都度楽譜に指摘事項を書き込んでいった。
そして講習会で終始言われていたことが、さっきのあの言葉の内容。
「うーん、やっぱ1stの2人の音がちょっと喧嘩してるね」
この言葉を何回も聞かされ、さすがにシオさんもカナさんも焦っていた。
「もう一回お願いします」と直訴し、何回かやり直しをしたが、さすがにそこだけをずっとやるわけにもいかず、先に進んでいった。
…
「本日は一日、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
講習会はこの挨拶を持って終了した。
「はーい、じゃあ地区大会頑張ってください。楽しみにしてます。それからトランペットパート、ちょっとだけこっち来て。1stの2人は楽器も持ってきて」
里崎先生がそうおっしゃったので、俺達ペットパート6人は里崎先生と一緒に別室に入っていった。
特にシオさんとカナさんがいつになく真剣な表情で。
「1stの2人の件ね。せっかくだから1st以外の4人にもいい機会だから一緒に聞いてもらおうと思って来てもらいました」
「よろしくお願いします」
「まず、角中さんも益田さんも音はいいものを持っている。マーチにぴったりのはっきりしたきれいな音だ。ただ2人ともちょっと主張が激しすぎるかな。前へ前へ行く気持ちを持つことはいい。で全体の音も意識して聴けていると思う。でも肝心の真横のトランペットの音への意識が少し薄いね。2人は音がはっきりしているから、結果としてちょっと喧嘩したようになっている」
「はい」
「別に2人は仲悪いわけじゃないよね?」
「そうだと、思います…」
「思いますってなんですか!シオさんひどい!」
「ははは、仲はいいんだね」
「はい!」
「自分の音や全体の音を意識するのはとてもいい。だったらついでにもう少し隣の人の音を聞いてみよう。意識するだけでだいぶ変わると思うよ」
2人は顔を見合わせて「はい!」と返事をした。
「角中さんはパートリーダーで益田さんは生徒指揮、だからペットパート全体や全体の音への意識はしっかりしている。そしたら今度は個人として、自分の音以外に隣の人の音を意識してみよう。パート練習の時みたいに」
「はい!」
「じゃあ2人、一回課題曲の頭吹いてみて。それくらいなら覚えてるでしょ?」
そう言われ、シオさんとカナさんは課題曲を出だしから吹き始めた。
シオさんはカナさんの音を、カナさんはシオさんのことを考えながら。
…
「うん、さっきより全然いいね。2人の音が溶け合い始めた」
「はい。私も講習会の時よりもいい感じがしました」
「私も2人の音が今までより合っていた気がします」
「そう、個人のことや全体のことを考えるのはいいことだけど、肝心の隣の人のこと、ちゃんと考えてあげてね」
「はい!」
「1st以外の4人もね、佐々木君も、同じ2ndの唐川さんのこと公私ともにしっかり意識してね!」
「公私!?」
またオチに使われた。
ナツキさんはなんとも言えない顔をしていた。
…
「ありがとうございました!」
「はい、じゃあ地区大会まで頑張ってね」
特別指導を終え音楽室に戻り楽器を片付けていると、シオさんがカナさんに話しかけた。
「悪かったね、こんな簡単なこと気づいてあげられなくて」
「いやいや、私も言われるまで気づかなかったですよ。気づくべきだったんでしょうけど、パートリーダーとか生徒指揮とか、そういうポジションが邪魔してたんですかね」
「そうかもね、全体のことは意識してたけど、カナのことはあまり何も考えてなかった」
「あー、またさらっとひどいこと言ったー」
「信頼してたってことだよ!」
「恥っず!!!」
カナさんもシオさんも笑っていた。
音が溶け合うって、気持ちがいいものだ。
自分の音が聞こえなくなるような不安もちょっとあるけど、全体に融合していく感じがして気持ちいい。
あ、もちろん音を小さくするってことじゃないですよ?
カナさんもシオさんも満足そうだった。
「いやー、しかしこんなにシオさんのことを想い続けたのは初めてかもしんないです。なんか恋しちゃいそうです!」
「おいなんか気持ち悪いな」
「シオリ、地区大会突破したら俺と付き合ってくれ!」
「おいますます気持ち悪いな」
「ひどーい!後輩が慕ってくれているのに、気持ち悪いはないでしょう?」
「だって気持ち悪いんだもん」
「もー!もー!シオさんの意地悪!…そーだ!里崎先生も言ってたけど、レイジもナツキのこと想いすぎて好きになっちゃったりして!駄目だよーレイジ、ナツキの妻は私なんだから!」
またオチに使われた。
ナツキさんはなんとも言えない顔をしていた。




