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スイソーガー~小坂県立福浦西高等学校吹奏楽部~  作者: 闇技苔薄
一年生編

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第33話 出世払い

シオリとユリは部室から出て、校庭の見える通路を歩いていました。

ユリは泣き止んではいましたが、まだスンスン泣いています。

シオリは向かいの自販機を見つけると、


「ほれ、なんか飲む?」


「…いらないです」


「そんなこと言わずに!珍しく奢ってあげるから!私はうーんと、カフェオレにしよっと」


そういうとシオリはカフェオレを購入し、ユリのほうに視線を向け「ほれ、ユリはどうするよ?」と目で訴えかけました。


「…ミルクティーでお願いします」


シオリはミルクティーも購入し、ユリに自販機横のベンチに座るよう促します。


「ほれ、ミルクティー」


「ありがとうございます。あとでお金は返します」


「出世払いでいいよ」


「…いえそんな…」


シオリはペットボトルの蓋を開けるとカフェオレを一口飲み、向かいの校庭に視線を移します。

校庭ではこの前夏の大会で敗退して2年生と1年生だけになった新生野球部が練習していました。

一方ユリは缶を開けずに手で握ったままうつむいています。


「何となく聞こえてたけど、何がどうなってこうなったのか、教えてくれない?」


シオリがそういうと、ユリは少し沈黙した後たどたどしく今日の出来事(第32話参照)について話しはじめました。

ミズホに指摘をしてほしいと言ったこと、その答えは返ってこずにうつむかれてしまい理由がわからないこと、そのことで自分がイラッとしてしまいミズホにひどいことを言ってしまったこと。

ユリは正直にすべてを話しました。

話しているうちに感情が高ぶってきて、また泣いてしまいました。

それを黙って聞いていたシオリは、う~ん、と言いながらユリの頭を撫でて、


「なるほどね。大体何があったかわかったよ。話してくれてありがとう。ユリが声を荒げたことは悪いけど、その前にユリの言ったことは正直間違ってないと思うね」


「…」


「練習の中で意見や指摘がほしいって思うのはごく普通のことだと思うし、ましてやミズホは3年生なんだから積極的に言ってかなきゃいけないよね。強制するわけじゃないけどそういう空気づくりはしてくべきだよね。前からミズホにはそう言ってるんだけどなぁ…」


「でも、私が悪いです。先輩にあんな言い方…」


「ユリ"も"悪い、が正解かな。でもユリの「意見がほしい」って思うこと自体は当然のことだと思うよ。それをしないミズホ"も"悪い。むしろユリ、先輩にああやって思ったこと素直に伝えるのはすごいよ」


「すみません、生意気な後輩で」


「そうじゃないよ!私のパート練習の理想はそういう先輩後輩関係なく意見を言い合うワイガヤな空気なんだ。トップダウンじゃなくてボトムアップ。だからユリのその姿勢は続けてほしいなぁ。これからはパート練習の時も積極的に意見言ってほしい!声は荒げないようにしてほしいけどね」


「…」


ユリは予想外に褒められたことにちょっと恥ずかしくなってしまい、またうつむいてしまいました。

相変わらずミルクティーは手の中でコロコロ、もう温くなってきています。


「私がパートリーダーになってから、ワイガヤなパート練にしたいってずっと言ってたからカナやナツキは意見言ってくれるんだけど、ミズホはあんまり言ってくれなくてね。…実は去年私がミズホに「もっと意見言っていいよ」って言った時に聞いたことなんだけどね…」


「…?」


「ミズホが高校からトランペット始めたのは知ってるよね?ミズホは今トランペットやって3年目。私は中学からだから6年目、ユリは4年目。ミズホとしては私だろうがユリだろうが、楽器経験者としては自分は一番後輩だって考えがあるんだって」


「私のほうが、先輩?」


「そう、一番後輩の私は経験が少ない、だから先輩の意見を聞くのに徹してるって。後輩の自分が的外れな意見を言ったら迷惑かかるから、自分の経験に自信ないからって、そう言ってた。ほら、私たちだって中学1年で楽器始めたばっかの時ってそんな感じだったでしょ?言われたとおり、みたいな。最初だけならいいんだ、でもミズホはそれがいまだに続いてるんだよねぇ。後輩できても自分が一番"後輩"だから。正直それ聞いたとき私もイラッとしたよwで言っちゃたんだよ、何楽な方に居続けようとしてるんだって!」


「…」


「結局そこで考えをちょっと改めてくれたみたいで、以前は話振ってもあまり意見言わなかったんだけど、話を振れば意見言ってくれるようになったんだよ。「間違ってるかもしれないけど」とか前に絶対つけるけどw」


「意見言ってくれてたんですか…じゃあ、やっぱり今回のことは私に何か原因があるんでしょうか…」


「原因か。うーんと、多分原因は私かもだね」


「え?」


「去年パートリーダーになったときは、ワイガヤにしたいワイガヤにしたいって言い続けてたんだよ。それでみんな結構意見言うようになったんだよ。カナなんかうるさくてうるさくて。でも今年に入ってユリとレイジが入部してからは、新入生入部とか定演とか文化祭とかコンクールで忙しくなって、ワイガヤにしたいってあまり言わなくなっちゃったんだ。ユリもあまりそういうこと聞いてなかったでしょ?」


「正直、はい」


「だよね。ごめんね。だからユリもレイジもパート練の時受け身が多かった」


「…はい、すみません」


「私が伝えてなかったんだからしょうがないよ。それでね、今まではカナやナツキも意見言ってくれてたのにユリは言わない。だからミズホは困っちゃったんじゃないかな。全部自分でやらなきゃ、何か言わなきゃ…でも、自分の経験に自信がないから間違ってるかもしれない。で混乱しちゃって考えすぎちゃってさらに言えなくなっちゃったんじゃないかな。本人から聞いてきたわけじゃないから、多分だけどね」


「…なるほど」


「中学から始めた人が大多数だと思うんだけどさ、高校から始めた人や高校から別の楽器に移った人もいる。うちらは中学からずっとトランペットやってるから、違う境遇の人の気持ちわかってない部分もあるんだよね。そこはまぁ言えよ!って感じはあるんだけどね、恋バナの時みたいにw」


ミズホが何を考えていたのか分かった気がしたので、ユリはちょっとだけ心が晴れました。


「ユリも声を荒げちゃったことは謝ろう。私もユリ達に言わなかったことは謝るよ、ごめんなさい」


「そ、そんな」


「だからさ、これからはユリも、ちゃんと意見言ってね!自主的に!」


「はい!」


ユリがやっと笑いました。

それを見てシオリもホッとしたようで、2人で笑いました。


「あの、今ミズホさんは…」


「きっとカナやナツキと一緒に話してると思う。あっちは任せちゃってるからね」


「ミズホさんに謝りに行きたいです。仲直りしたいです」


それを聞いたシオリはニッコリ。

「おう!」と言ってユリの肩をポンと叩きました。


「その前に、そのミルクティー飲んで心落ち着けなよ。せっかく奢ったのになかなか飲んでくれなくてお姉さん悲しい」


「あ…はい!いただきます」


ユリもやっとミルクティーの蓋を開けて飲み始めました。

温くなってるけど、甘くておいしい。

ユリはホッとしてまた口元が緩みました。

ミルクティーを飲み終えて、ペットボトルをごみ箱に捨てると、シオリが「よし!」と言って立ち上がりました。


「部室戻ろっか!」


「はい!あ、えーとシオさん、ミルクティーのお金、やっぱ返しますよ。話聞いてもらって奢ってももらうなんて、さすがに悪いです」


「真面目だねー。かわいい後輩は何も言わずに奢られとくもんだよ。カナなら絶対何も言わずにしれっと奢られとくわ」


「どうせかわいくないですよー」


「出世払い!ユリがちゃんと意見言えるようになったら、返してね!」


「うーん…はい!」


「よし、じゃあそれで!じゃあ行こっか」


「はい!シオさん、今日は、本当にありがとうございました。そして、すみませんでした」


「おうっ!」


感謝の後に謝罪をくっつけるところが真面目なユリらしい。

2人は笑顔で部室に戻っていきました。


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