第32話 「私、嫌なヤツです…」
今日も全体合奏の前に1st, 2nd, 3rdに分かれてパート練習をしており、3rdのミズホとユリが一緒に練習をしていました。
パート練習を進めるのは3年生のミズホです。
「今最初の出だし私の音弱かったね、ごめん。ユリちゃんはちょっと強めだったかな。もう一回お願いします」
「ごめんね、私Cの入りうまく入れなかったね。うまく合わせるようにしないと」
「最後の締めの音、私もっとはっきり入ったほうが良さそうだね。次はお互いそこも意識してやろうね」
「…」
2人での練習を終え、パートで集まって練習するべく2人で歩いている最中のこと。
ユリはさっきまでのミズホとの練習に違和感を感じていました。
というよりそれはもっと前、4月に入部した直後から感じていました。
ミズホはパートリーダーではないので、あまりパート練習の進行をすることはないのですが、たまにシオリが休みの日や、分かれて練習する際には基本3年生のミズホが進行します。
その時にだけ感じる違和感。
それは…
「あのーミズホさぁん、前々から思ってたんですけど…なんで私への指摘、あんまりしてくれないんですか?」
ユリの、ミズホに感じていた違和感、それはユリに限らず後輩への指摘が極端に少ないこと。
そして指摘をする場合でも、とてもオブラートに包んだ言い方をすることと、必ずその前に自分のミスしたところの反省をしてくること。
またちょくちょく謝ること。
「え…でも私もミスったりすること多いし」
「でも私もそんな完璧じゃないです」
何堂々とそんなことを自分で言っているのか…若干情けなくなりつつ、ユリは言葉を続けます。
「その、私ミズホさんにいろいろ指摘されても怒ったり泣いたりしません。だから指摘してください!その方が、みんな上手くなると思うんです」
「うん…」
ミズホは黙ってうつむいてしまいました。
ユリとしては全然キツく言ったつもりはなく、軽い気持ちで言った感じだったのでびっくり。
というかどっちかというと前向きな意見言ったつもりなんですが?
あれ、私なんかまずいこと言ったかな?
ミズホさんは「後輩のくせに偉そうなことを!」っていうような人ではないし…。
ユリはちょっと考えますが、どうしてミズホがうつむいてしまったのかよくわかりません。
結局「おーい、早く来ーい」とシオリの声がしたのでそこで会話は終了、2人は小走りでパート練習に向かっていきました。
…
練習終了後。
「ミズホさん、さっきのことなんですけど、気分悪くされたようでしたらすみませんでした」
ユリはミズホに向かってぺこりと頭を下げました。
「あ、頭上げて、ユリちゃん…。ユリちゃんは何も悪くないよ。悪いのは私だよ」
ミズホはあわあわしてユリの頭を上げさせました。
ユリはミズホの顔をまっすぐ見て笑顔で、
「でも、私やっぱり指摘してほしいです!」
「うん」
「ミズホさんが感じたこと、ちゃんと言ってほしいです。教えてほしいです」
「うん…でも…」
「…でもって…」
ミズホはうつむいてしまい、長い髪に隠れて表情はよく見えません。
ユリは正直ちょっとイラっとしました。
「でも」って、つまり自分が感じたこと言いたくないってことですか?
一緒に練習しててそれはないんじゃないですかね?
「でもってどういうことですか?ミズホさんは後輩に遠慮してるんですか?遠慮とか、しなくていいですよ」
「…」
ミズホはうつむいて黙っています。
それを見てユリはまたちょっとイラッとしました。
なんですか、なんか言ってくださいよ。
何かこれじゃ、私が一方的にいじめているみたいじゃないですか…。
私、嫌なヤツみたいじゃないですか。
「それとも私と練習するの嫌ですか!?私、何かしましたか!?」
ユリはイラッとした勢いで、心にもないことをちょっとキツめに言ってしまいました。
心の中で「あぁ、私、今嫌味なこと言ってるな」と思う妙に冷静な感じでしたが、言葉自体は止まりませんでした。
あぁ言っちゃったな。
ミズホさんどう返してくるかな。
本音聞けるかな。
周りがユリ達の様子を伺い始めました。
しまった、声が大きくなってしまった。
ユリはハッと我に返り、目の前のミズホにもう一度頭を下げました。
「すみません。言いすぎました」
ちょっとさすがにどうかしてた。
あぁ私すごく嫌なヤツだ。
「…ぅく、っひく…ひっく…」
え、泣いてる?
「ひくっ、そうじゃ、そうじゃないの…」
「え…」
「ユリちゃんと練習するの、嫌じゃ、な、いの…。ユリちゃん、何にも悪くないの…」
ミズホは顔を上げユリのほうを見ました。
泣いていました。
私、最低だ。
正直ミズホさんがなんで意見を言ってくれないのかはわからない。
でもいくらイラッとしたからって、当たっていいわけないし、嫌味なこと言っていいわけない。
ユリはびっくりした後で自己嫌悪し、周りからの視線も感じて恥ずかしかったり、でもやっぱりミズホにちょっとイラッとしていたり、しっちゃかめっちゃかの感情が整理できずに混乱していました。
目の前がぐるぐるする。
「ごめん…ごめんね…」
ミズホはそう言って部室を小走りで出ていってしまいました。
呆然とするユリと、部員たち。
ユリは一回周りの部員たちを見渡し、涙目でうつむいてしまいました。
そこにシオリがやってきて、ユリの頭をコツンと小突きました。
「ユリ、ちょっと落ち着け」
「シオ、さん。私…」
ユリは泣きそうな顔でシオリを見ます。
そのくしゃくしゃの顔を見たシオリは、今度は頭を撫でながら優しく笑って言いました。
「落ち着けって」
「…はい」
ユリはちょっとだけホッとした表情になりました。
その間シオリは後ろを向いてカナとナツキを呼び、
「カナとナツキ、ちょっと悪いけどミズホのこと追っかけてくれる?」
「「わっかりましたー!」」
カナとナツキはシオリにそう言って敬礼し、部室を出ていきました。
「ユリ、ちょっとこっちで2人で話そう」
ユリとシオリも部室を出ていきました。
わからない、ミズホさんが何考えてるのかわからない。
でも、私はミズホさんにひどいことを言った。
シオリに肩をポンと叩かれると、ユリも泣いてしまいました。
「私、嫌なヤツです…」




