第31話 おにゃんこ大戦争
7月末の地区大会まであと3週間。
期末試験も文化祭も野球応援も終わり、やっとコンクール曲だけに集中できる時期になった。
ちなみに今日は地区大会出場メンバーの決定の日である。
うちの部員は63人なので13人は地区大会には出場できないことになる。
トランペットパートは6人と正直多くはないので基本的には全員出場できると思うけど…やっぱりドキドキする。
1年生だし、全体のバランスを考えてトランペットは5人までってことだってないとは言えない。
ドキドキ…あぁやっぱダメかもしんない。
あの時ああしておけば、とかあの時あれやっちゃったのダメだったか、とか、いろいろ不安になってくる…。
…
授業が終わり、部室に来るとみんな若干ソワソワしていた。
1年生以外でもやっぱりコンクール出場メンバーの決定日てのは落ち着かないもんなんだろう。
顧問の井口先生が現れて、部活開始。
「えー、では練習始める前に地区大会出場メンバーを発表します」
井口先生はメンバー表らしきものを見ながらパートごとに出場メンバーの名前を読み上げていく。
オーボエ、フルート、クラリネット、サックス…ホルン、トランペット…
「えー、トランペットは、角中、荻野、益田、唐川、松川、佐々木の6人」
…やった、地区大会メンバーに選ばれた。
大丈夫だとは思ってたけど、俺は小さくガッツポーズした。
「次トロンボーン…」
トロンボーン、低音、パーカッション…
「以上50名が地区大会出場メンバーとなる。残念ながら出場できない部員のためにも、50人は今まで以上に頑張ってください。また県大会でも同じメンバーとは限らないので、今回メンバーに選ばれた人も、気を抜かないように」
「はい!」
全員で大きな声。
63人全員に改めて気合いが入った。
結果、出場メンバーから漏れた13人は全員1年生だったのでさすがに泣いているような人はいなかったけど、みんな残念そうにうつむいたり、悔しがっていた。
俺だって、ペットパートが7人以上いたら出られたかわからなかった、そう思うと身が引き締まった。
…
ミーティングが終わり各自個人練習になる前に、トランペットパート全員で集まった。
「というわけで、ペットパートは無事全員出場できることになりました。てか全員出ないと人数的にまずいしね。そういう意味ではみんな勝ち残ったというわけではないので、大会出られない13人のためにもより一層気合い入れて練習してください」
シオさんがそういうと5人全員で「はい!」
「泣いても笑ってもあと3週間でコンクールは始まるんで、頑張ろう。この6人でもっと楽器吹きたいもんね!」
「はい!」
みんなニコニコしてるけど、しっかりした表情。
もう3週間しかないこと、その3週間でどこまでできるのか個人個人で考えている。
俺もユリも、1年生だからと言って上級生に引きずられているだけではいけない。
「私もちょっと厳しめに言っちゃうことあるかもしれないけど許してね。それと、みんな思ったことは言ってほしい。変だな、とか、こここうしたほうがいいとか、思ってたら口に出してね。怒らないから。言わないで悔いが残るようなことはしたくないからね」
「はい!」
「それじゃ、個人練習入ってください。30分後に2人ずつパート練、そのあと全体合奏あるから15分前に再度集まってね」
いつもニコニコしているミズホさんもニカニカしているカナさんも、みんな引き締まった表情だった。
もちろん俺もユリも、ナツキさんも、そしてシオさんも。
それぞれ気持ちを新たにして個人練習に臨んでいった。
…
コンクール課題曲は「マーチ「ブラック・スプリング」」、自由曲は「トーマの祀り チェンチルセス、主権祀」。
1stはシオさんとカナさんのツートップ、2ndは俺とナツキさん、3rdはミズホさんとユリというパート分けになっている。
改めて楽譜を見直すと、気合いが入る。
コンクールに出られる!すごく嬉しい!
俺は再度小さくガッツポーズをした。
でも嬉しいだけじゃなくて、今まで以上にちゃんとやらないと!という気持ちももちろんある。
課題曲も自由曲もしっかり練習しないと、それだけじゃなくてシオさんからの課題(第8話参照)も毎日練習して、個人のレベルも上げなくては!
ロングトーン、アタック練習、タンギング…基礎的なことも疎かにはできない。
あと3週間、あまり時間はない。
でも3週間でできることは、あまりないようでいっぱいある。
完璧にはできないかもしれないけど、やれることはやってやる!
で、みんなで上の大会目指すんだ!
シオさんとミズホさんともっと一緒に楽器を吹きたい。
いろいろ教えてもらいたい。
いろいろ話したい。
この6人で、もっと過ごしたい。
よし、頑張るぞ。
…
30分後、課題曲「マーチ「ブラック・スプリング」」の1st, 2nd, 3rdに分かれてのパート練習。
2ndの俺とナツキさんは2人で練習することになった。
…
「じゃあまず、課題曲の出だしをやります」
「はい!」
ナツキさんがメトロノームを動かし「1…2…3…」と拍を数える。
ブレスして出だしの軽快なメロディーを吹き始める。
課題曲「マーチ「ブラック・スプリング」」の出だしはとても軽快で明るいメロディー。
明るく弾むような音が求められる。
うむ、初っ端の音ミスった。
「ストップ。出だしが弱い。私は音がキツかったな。レイジはシオさんからの課題(第8話参照)で意識してることを意識しながら、もう一回」
うむ、さすがナツキさん。
ストレートに良し悪しをはっきり言ってくださる。
しかし自分の反省も入れてくるあたりはすごいな。
そうだった、シオさんからの課題のことを思い出せ。
音の形、イメージ、ブレスして止めずにその勢いのまま楽器に息を吹き込む…。
俺は課題曲の楽譜の一番左上に、「シオさんの課題を思い出せ!」と大きく書いた。
しかし、演奏の評価の半分は曲の出だしで半分決まる、とはよく言ったものだ。
最初の出だしでその団体の演奏のイメージが少し固まってしまう。
あ、この団体音固いな、とかこの団体芯が弱いな、とか。
後半盛り返したとしても、やっぱり第一印象って大事。
だからみんな、曲の初っ端は気も使うし、ものすごーくいっぱい練習する。
「1…2…さ…」
「…」
「…」
「?」
拍を数えるのが急に止まり沈黙が続いたので、どうしたのかとナツキさんを見てみると、ボーッと校庭を見ていた。
そして若干口元が緩んでいる、てか若干ニヤニヤしている。
俺は不思議に思ってナツキさんの視線の先を見てみると、そこには1匹の猫。
ノラ猫かはわからないけど、結構カワイイキジトラ猫が校庭をトコトコ歩いている。
猫は校庭を歩いたり、顔を洗ったり、あくびをしたり。
そのたびにナツキさんは聞こえるか聞こえないかくらいの声で「お!お!」と独り言を言いながらニヤニヤしている。
この人こんな表情するんだ。
しかし今は練習中!
「おほん!おっほん!」
俺はわざとらしく咳ばらいをする。
「ひ!ご、ごめん…。おほん。では、もう一回出だしからやります」
ナツキさんはいつものクールな表情に戻って、そう言った。
俺たちが課題曲の出だしを吹くと、猫はスタタターッと逃げて行ってしまった。
ナツキさんの音が少し寂しそうになった。
…
全体合奏の終えての本日の練習終了後、ナツキさんが怒ったような真剣な表情でこっちにやってきた。
「レイジ、今日は悪かった。コンクール前だというのに集中力に欠けていた。反省してる」
「いや、そんな謝らなくても…」
「いや、先輩としてとても恥ずかしい。示しがつかない。許してくれ」
ナツキさんは俺に頭を下げる。
怒ってたわけではないのか、よかった。
ナツキ様どうしたのかな?佐々木君に頭下げてる…とヒソヒソ声が聞こえてきたので、
「ぜ、全然気にしてないですよ!頭上げてください。ただ、猫に見とれてたってだけじゃないですか!」
…
一瞬の静寂の後、周りの部員はどっと笑い始めた。
「ナーツキー、また校庭で猫に見とれてたのか~?」
カナさんがとっても嬉しそうにこちらにやってくる。
カナさんの後ろからも「ナツキ様、かっこいいかつかわいい!」だの「相変わらずだね~」とか聞こえてくる。
ふとナツキさんに目を移してみると…顔を真っ赤にして涙目でこっちを睨んでいた。
あ、はい。地雷踏んだ。
「確かにナツキは猫とか犬とかカワイイもの大好きだからな~」
「…るさい(プルプル)」
「だからって練習中に後輩の前で見とれてちゃ、いかんでしょ~」
「…ぅるさい(プルプル)」
「まぁナツキは昔からそうだから仕方ないにしても!コンクール前に後輩の前でそれはよくないですなぁ~!」
「…うるさい!!!だから悪かったってレイジに謝ってるだろ!!!」
「うわー!ナツキがキレたー!!!」
カナさんは笑いながら走って逃げて行った。
ナツキさんはハァーッとため息をつくとまだ顔を真っ赤にしながらこっちに向き直った。
「…ナツキさんすみません。ちょっと声が大きかったです」
「いや、元はといえばこっちが悪かったんだし。ただああいう感じになっちゃうから、もうちょっと声のボリューム小さくしてほしかったかな」
「ごめんなさいでした」
「うん、こっちこそホントにごめん。明日はちゃんとやる」
「はい!」
ナツキさんの顔の色がやっと元に戻った。
よかった、機嫌良くなったみたいだ。
「それにしてもナツキさん、猫とかホントに大好きなんですね」
「うん、好き。でもあんまりオープンにしてないんだ。顔と性格に似合わないから」
十分部員にはオープンになってると思いますがね。
猫の話になったらナツキさんの表情が少し柔らかくなった、ホントに好きなんだな。
「そんなことないですよ。猫とか犬、俺も好きです。ナツキさんは家でペット飼ってないんですか?」
「うちはマンションでペット不可だから…小さいころにねだったりして親困らせたりしたよ」
ナツキさんはそういうとちょっと残念そうな顔をした。
「そうなんですか…それじゃあ無理ですねぇ。ウチはペットは飼ってないんですけど、ばあちゃん家で猫飼ってるんですよ、すごくかわいい」
そういうとナツキさんは無表情ながらもちょっと興味ありそうな表情になった。
耳がピンって立つ感じ。
意外とこの人、表情豊かだな!
「へぇ、名前は?」
「リーンです」
ナツキさんの目がキラッとした。
「性別は?」
「メスです」
ナツキさんの目がキラキラになった。
「年齢は?」
「…10歳超えてますね。俺が小さいころに飼い始めたんで。もうおばあちゃんですかね?昔は結構やんちゃだったんですけど、最近は落ち着いちゃって。でもかわいいです」
ナツキさんの口が緩み始めた。
「品種は?」
「…雑種です。買ったんじゃなくて保健所からもらってきただけですよ。茶トラです」
ナツキさんの眉毛が若干下がり、口元が緩んだ。
「茶トラ…写真とかは?」
「…」
ナツキさんが目をキラキラさせて迫真の顔で詰め寄るようにこっちに迫ってきた。
こんなグイグイ来る人だったっけか。
マジでかわいいもの好きなんだな。
俺は急いでスマホを取り出して、ナツキさんにリーンの写真を見せた。
「…かわいい」
ナツキさんの表情が一気に緩んだ。
さっき校庭で猫を見かけたとき以上の緩みっぷりだ。
いつものクールなナツキさんはどこ行ったですか?ってくらいに緩みまくっている。
ナツキさんは俺のスマホを(ちょっと強引目に)取って、写真をじっと見ている。
「まだ結構写真ありますよ」
「…かわいい」
「動画もありますよ」
「…かわいい」
「…かわいい」
「…かわいい」
…
…
…
「…あのー、そろそろ返してもらってもいいですか?スマホ」
「はぅわ!!!」
10分後、ナツキさんは顔を真っ赤にしながら俺のスマホを手放した。
恐るべし、猫好き。




