第25話 妄想、楽しい!
さて定演も終わって夏のコンクール一直線!とも行かないのです。
7月末のコンクール地区大会の前には6月末の期末試験と7月頭の文化祭と野球応援があるので、並行して進めていかなければなりません(あくまでメインはコンクール曲ですけど)。
課題曲(マーチ「ブラック・スプリング」)と自由曲(トーマの祀り、チェンチルセスと主権祀)を中心に、野球応援と文化祭でやる曲も練習しなければいけないのですが、本業は学生なので期末試験もちゃんと対策しなければなりません。
忙しくて楽しくて燃える夏がやってきます。
…
また今日も雨。
そうでした、忙しくて楽しくて燃える夏の前に梅雨でした。
今日で4日連続で雨が降っています。
雨は降っているけど気温は高いのでひどい湿気。
「蒸じ暑い…なんとかなんないんですか!!!シオさん!!!」
「私に言われてもどうしようもないんですけど」
カナはスカートをバサバサ、シオリはうちわで扇ぎながら練習の準備。
この様子だと今日の練習も湿気でうんざりしそう。
「あんたあんまりバサバサやってるとパンツ見えるよ」
「だって暑いんすもん。どーせ誰も見てないですし!」
「一応少ないけど男子もいるだろ…練習中は止めなさい」
「あーい。私汗かきやすいからむしろ透けブラがヤバイっすね。レイジにあれやこれや使われちゃう!」
「…下衆っ」
「ひっでぇwww」
シオリはトントン、とこれから必要な楽譜の束を整えると「バカなこといってないで全体ミーティング行くよ」といい立ち上がりました。
カナは「うい~」と言ってシオリの後をついていきます。
今日は野球応援や文化祭でやる曲の練習です。
…
ミーティングが終わりパートごとに集まるとシオさんは楽譜の束を机の上に置いた。
まず文化祭での曲目はコンクールの課題曲、自由曲、今年の太河ドラマの曲「幕張殿の9人」、ポップスはM∞(ミュージックインフィニティという楽譜出版会社)の「N95(米須剣士)」の4曲だ。
文化祭ではステージ発表のほかに部として売店を出してカップのアイスを売る。
売上げの半分は部費に出来るということで、こちらの準備も進めている。
一方野球応援の曲目は、例年通りの定番曲(ヒッティングマーチとかよく聴くああいう曲です)と、こちらで持っているいくつかのポップスなど。
ポップスは大体サビのみ、野球部マネージャーからベンチ入りする部員の希望も聞いて決めた。
正直野球応援の曲は数が多いのだが短いし難易度は高くないし、文化祭の曲も練習している曲もしくは以前演奏した曲がメインなのでそこまで忙しくはならないはず。
野球応援の曲など今回はあまりパート分けがないのでスムーズに楽譜を配り、個人で楽譜をさらう時間となった。
「私あんま野球応援好きじゃないんだよねぇ。日焼けするし、気をつけてないと音割れるし」
楽譜を配り終えるとシオさんがそう呟きました。
野球部の方には申し訳ないですが、吹奏楽部の中には結構こういう意見もある(主には野球に全く興味のない人)。
暑いし日焼けしちゃう!てのもありますが、特に金管楽器奏者が無意識に野外でがむしゃらに吹くと音が割れてしまうことがあるし、木管楽器は日光で楽器にダメージが与えられてしまう。
「そうっすか?俺は好きですけど」
俺は結構野球が好きで、プロ野球はよく見ている。千葉もっとマフィンズのファンだ。
特にベテランの韋駄天、萩野選手が好きで家に帰ってテレビでやっているとつい見てしまう。
「あんたは楽しみでしょ。でも私野球のルールすらわかんないし。UZRとかWHIPとか言われてもわかんない」
「…すでに結構なの知ってるじゃないですか…」
「父親が熱狂的なシャイアーンツファンだから単語だけは覚えるの」
「あ、父親にテレビ取られて野球嫌いになったクチですか」
「そうそう、私小さい頃アニメとか見たかったのに…」
そういう人結構いるよね、てかその体験でファンになるかアンチになるか野球自体嫌いになるかのどれかだよね。
それか高校野球は見るけど、って人。
「見れば面白いのになぁ」と呟きながら俺は配られた楽譜に目をやった。
確かに曲数は多いけど難易度はあまり高くない。
新しく配られた曲はどれも聴いたことがあり、ポップス系なので楽しそう。
「あ、レイジ。野球応援の曲練習するの楽しいからってそればっか練習するの禁止ね!今日はまぁいいけど、あくまでコンクール曲がメインで練習すること!」
「…へーい」
残念、これから毎日野球応援当日やプロ野球施設応援団をイメージしながら吹きまくろうと思ってたのに!
しぶしぶ返事をし、個人練習のため楽譜を譜面台に広げた。
やっぱり新しい楽譜をもらうのは嬉しい。
全て難易度は高くないので、とりあえず全ての曲を吹いてみることにした。
…楽しい!ヒッティングマーチ楽しい!宇宙船体ヤマト、必殺仕分け人、ルヴァン賛成、偉い打ち、寒くなれ、ガッチャンマン…楽しい!
おぉ、西京音頭!青のビニール傘使ったら楽しそう!
あ、トンボー!「おーおーおーおーおおーおおおおーおー!おおおーおーおーおーおおおおーおー!」ってやりたい!!!
いかん、楽しい、楽しいで!ワイは今すごく楽しいで!輝いている!ときめいている!!!
頭に浮かぶ、野球応援の光景…俺は今、孔子園の内野席にいる。
福浦西高校は地区予選を快進撃、公立では珍しく県代表として初めての孔子園となる。
夢の舞台、8月の焼けるような暑さ、いつもならエアコンの効いた部屋で麦茶を飲みながらの観戦。
でも今日は違う、今自分は孔子園の舞台にいる。
試合は9回裏福浦西高校の攻撃、2-2の同点、ツーアウト2塁、一打サヨナラの場面。
俺はもう唇がジワジワしているが力の限り演奏する。
汗だくでバテているけど気にしない。
横にチアガールがいるけど気にしない。
他の吹奏楽部員の女子が汗で透けブラしてるけど気に…しない!
3ボール2ストライク、相手ピッチャ-の渾身のストレートをバッターが捕らえる。
ボールはセンターの前に落ちていき、センターはダイブ。
ボールは…!!!!?
「落ちたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「落ちたーーー!じゃねぇ!!!」
スパーン!と後頭部に鋭い痛み。
目の前には丸めて筒状にした楽譜を持ってこっちを睨んでいるシオさん。
???あれ?
「あれ、ここは…孔子園じゃ…」
「妄想終了!もう今日の練習終わりだよ!さっさと部室に戻りなさい!」
どうやら個人練習の時間夢を見ていたようだ。
長く、熱く燃えるような。
…
ミーティングが終わると当然シオさんに呼び出された。
シオさんの後ろにはペットパートの他のメンバーも居た。
カナさんなんかは明らかに野次馬の「なんか面白そう」みたいな顔。
…公開処刑?
「レイジは孔子園にいたの?」
いきなりのシオさんの発言、死にたい。
「孔子園で演奏してサヨナラで勝ったの?」
「…」
「センターが取るか、落ちるか、緊迫のラストだったの?それで落ちたーーー!なの?」
改めて考えると恥ずかしすぎる、殺してくれ。
「そういうのは自分の部屋の布団の中でモゾモゾやらなきゃダメだよ~」
カナさんの追い討ち、この人心の底から楽しんでない?
その後もカナさんやシオさんにあれやこれや言われ、ミズホさんから心配そうに見られ、ナツキさんから呆れ顔で見られ、ユリから「バッカじゃないの?何やってんだか」というお言葉をいただきました。
最後にシオさんの「孔子園の時期は私達だってコンクールあるんだからしっかりしてよね?優先順位を間違わないように!」という言葉で公開処刑は終了。
何か高校3年間のうちの1つの黒歴史になりそう。
みんなも妄想は自分の部屋の布団の中でやろうな!
お兄さんとの約束だぞ!




