第16話 学生の本業
「レイジとユリは、ちゃんと本業の方は問題なくやってる?」
シオさんの突然の一言にウチらは顔を見合わせ、お互いの頭の上の「?」マークを確認。
「本業?」
「そ、本業。学生は勉強するのが仕事だよ。今月末の中間テストの対策はしてる?ってことだよ」
レイジとユリは再び顔を見合わせ、お互いの頭の上の「!」マークを確認しました。
「ある程度はしてます!(ユリ)」
「あんまりしてないっす!(レイジ)」
同時に発した言葉はお互いの意図とは全く違い正反対だったので、レイジとユリは三度顔を見合わせお互いの頭の上の「?」マークを確認。
ユリは明らかに「え、やってるよ!みたいな顔してたじゃん。ていうかしてねーのかよ」という表情。
一方のレイジは「あ、ユリさんはちゃんとやってはったんですね?」という表情。
お互いはじわじわと引きつった笑顔へと変化していき、エヘ…エヘヘヘヘ…となんだかわかんないけど笑い始めた。
「はいはい、仲いいのはわかったから、とりあえずレイジ君はどういうことかな?もうゴールデンウィークも終わったよね?もう中間テストまで2週間だよね?」
「えっとまぁ、最初だしなんとかなるかな…と」
「おー、えらい自信だなぁ!こりゃー期待してるよ!間違っても6月の定演前に補講やら追試などに引っかからないでな!んまぁその自信なら余裕でしょ!」
レイジとユリは四度顔を見合わせた。
レイジは変わらず引きつった笑顔、エヘ、ヘヘヘヘ。
一方のユリは「うわ~っ」という表情に変わっていました。
「ユリちゃんはちゃんとお勉強してて偉いね~。おーよしよし」
ナデナデ、ユリは急なことに一瞬ビックリしたみたいだけどシオさんに頭を撫でられると照れくさそうにエヘヘ、と笑った。
和やかでほのぼのした風景。
そして次にシオさんはこっちの方を向いてにっこりと笑いました。
「定演直前に補講とか再試に引っかかったら、めちゃめちゃ怒っていくからね!」
スタスタ、と静かな嵐は過ぎ去っていき、オレはまだ引きつった笑いのままでしたが若干脂汗が浮いていました。
…
「あんましてないって・・・マジ?」
「だだだだだだだだだだだって、高校最初じゃん?そそそそそそそんなに難しく無いっしょ…?」
「あんた英語とか国語とか語学系苦手じゃなかったっけ?」
「高校最初だし…」
「中学校の最初の英語のテストみたいに"My name is Tom"とか"Oh! That is a big plane"とかそんなの期待してない?」
「バッカ!さすがにそれはないだろ!そ、それよりお前こそ数学とか化学とか理系科目ニガテって言ってたじゃねーか!」
「残念ながら、ある程度はやってますから」
「裏切り者ーーーーーーーーーーーー!!!」
「駄目だこいつ…早く何とかしないと…」とでも言いたげな呆れ顔のユリを目の前に、俺はみるみる青ざめアワアワしてくる。
「あぁ、小さい子がママに怒られるとこんな感じなのかねぇ」とこっそり様子を見ていたらしいシオさんとミズホさんにも気づかずに、ユリは腰に手を当てて仁王立ちのまま俺の前に立ちはだかる。
部活をやっていた方はだいたいわかると思うが(強豪校は知らないっす)、フク西吹奏楽部は基本的に試験一週間前にテスト休みに入る。
その間自主的に個人練習などしても全然いいんだけど、試験勉強を優先できる期間だ。
問題なのはそのテスト後の日程。
二週間後に中間試験があるということは、もう一週間後にテスト休みに入るということ。
試験期間は3日間で、その後約2週間後には定期演奏会があるのだ。
つまりもう実質練習できるのは3週間!
しかしテストで失敗してしまうと当然再試や補講がある教科があり、恐らくそれが入るのは試験後の一週間辺り…定演前だってのに!
「そ、そんなに俺のこと心配されたら勘違いしちゃうだろ!」
「そりゃあ心配だもん…」
「…えっ…(トクンッ)」
一瞬男(♂)の顔になった俺だったが、
「レイジが定演直前に補講とか引っかかって、吹奏楽部全体に迷惑かかる光景がもう見えるもん。そうしたらなんかペットパート全体が微妙な目で見られるかもしんないじゃん」
「オレの心配じゃねぇのかよおおおおおぉぉおぉぉお!」
「心配されたがる前にちゃんと勉強してろよぉぉぉぉおおおお!!」
ユリがだんだんとイライラしていく感じの空気を読み取ったのか、俺は申し訳なさそうな「フリ」を再開します。
「あんなフリじゃお母さんの目は誤魔化せないよねー」とこっそり様子を見ていたらしいシオさんとミズホさんにも気づかずに、腰に手を当てて仁王立ちのまま俺の前に立ちはだかるユリの顔はヒクヒクし始める。
さすがにヤバイと思い、俺は恐る恐る口を開く。
「だって…現代文と英語ってか選択肢どれも正解に見えちゃうんだもん」
「それはちゃんと読解できてないんでしょ?だから準備して慣れてくのが必要なんでしょ」
「なんかコツとかないの?各問題の最後の「筆者はなにを述べたいのか」とかさっぱりわかんねーよ。だってどれも言ってるじゃん」
「そういうのは一見どれも言ってそうに見せてるの。よく見れば正解以外には文章中には一回も言ってないことが混ざってるんだよ、これは英語もいっしょ。レイジは見事に出題者の術中にハマってるの」
「き、きたねぇヤツらだ…」
「レイジがちゃんと勉強すればいいだけでしょうが!」
こういう問題の正解は「筆者が述べてるもののみ書いてある選択肢」が正解なことが多いらしい。
それ以外の選択肢には一見正解に見えるように部分的に正しい答えが書かれているけど筆者が言っている意味に合っているように見えるが文中には一切書かれていないものが混じっている。
文中に書かれていなければ筆者は「述べて」いないのだ。
「とにかく、ペットパートや部全体に迷惑かけないようにちゃんと勉強しときなさいよ!そうしないとカナさんやシオさんにネチネチいじめられるよ」
「いや…たぶんお前が一番口うるさく言ってきs…」
「なんか言った!?」
鋭利な刃物のようなユリの視線が俺に向けられたので、ビクッとしながら言うのを途中でやめた。
「う、うんまぁわかったよ、ちゃんと今日から準備するよ」
「そーそー、ちゃんと勉強しなさいよね」
あれ、なんかまだ入部して2ヶも月経ってないのに上下関係みたいのが出来上がってる?
もしかしてオレって今もう既にユリに頭上がんない?
やべー…なんか悔しいというかなんというか…なんとかしないと。
と、今回の件では頭が上がらなくて当然なのに2人の関係に主従関係が芽生え始めてると勘違いしている俺は、「負けないようにしないと」としょうも無い決意をしたのでした。
こういうただの会話で勝ち負けを意識している時点でそちらの負けのようなものなのですが…男ってカナシイ。
でも、噛み付いてしまうのよね。
「下手に出ればえらそーに~、お前はオレの母親かよ・・・」
「レイジが子供なんじゃないの?」
「あ、おめーバカにしただろ?ぜってーおめーよりいい点数とってやる!」
「別にそんな勝負とか興味ないし…」
「すぐに勝負に持ち込もうとして、やっぱ子供じゃーん」とこっそり様子を見ていたらしいシオさんとミズホさんにも気づかずに、腰に手を当てて仁王立ちのまま俺の前に立ちはだかるユリの顔は今度は呆れ始める。
もうわかった、降参だ。
「つーかもう、わかった!不本意だけど勉強教えてください!」
「人にお願いしてんのに「不本意だけど・・・」とか付けてるし・・・」
「そうだ!じゃあオレの家庭教師になってくれ。里崎堂のケーキいくつかおごるから」
里崎堂のケーキはここらでは結構有名な洋菓子店であり、特にモンブランは最近ネット上でもじわじわと全国的にも有名になりつつある。
隣町から越してきたケーキが大好きなユリも当時から噂を知っており、引越しの次の日には店を訪れてモンブランとショートケーキとミルフィーユを購入していったらしい。
ちなみに3つで一人分…一応両親にもモンブランを一個ずつ買っていったらしいが。
「里崎堂のケーキ・・・モンブラン?」
「うん!」
「ショートケーキも?」
「うん」
「ミルフィーユも?」
「う、うん」
「イチゴのタルトも?」
「う・・・」
「フルーツのロールケーキも?」
「・・・」
「期間限定いちごのシフォンケーキも?」
「(今日天気いいなぁ)」
「チョコレートの・・・」
「ちょっと待って、ユリさん。さすがに要求多すぎでしょ?」
さすがに制止したが、なにやらユリは不満げ。
「だってレイジの家庭教師でしょ?学校で教えるならまだしもレイジの部屋に入らなきゃいけないんならそれくらいしゃーないでしょ?なにされるかわかんないし」
「あいかわらず信用ねーのな!」
「…ま、じゃあひとまず5個でよろ」
「ちょ…普通1個だろ?」
「個数言わずにまず買ってくれるって言ったじゃん!んふー、モンブラン、イチゴのタルト、シフォンケ~キ~」
ヤバイ、このままでは負けてしまう。
しこたまケーキを買わされてしまう、そ~んなのはイ~ヤだ。
しょうがない、禁じられたあの技を…リスクは高いが、やむを得ん!
そう決心した俺は全身の力を抜き、大きく深呼吸をして、最後の必殺技、魔法の言葉を繰り出したのだ!
「…そんなに食べたら、太るぞ」
「太るぞ」それは魔法の言葉。
女の子の機嫌を一気に損ねることができる魔法の言葉。
とどめの一撃。
魔法の言葉と言っても、禁忌なんですけどね。
この後レイジがユリの機嫌を直すのにとてつもない時間を費やしたのは言うまでもないし、想像つくでしょう?
男って、デリカシーが無いのね!失礼しちゃう!
…
結局の家庭教師の件は、ユリの機嫌を損ねたのでもちろん却下。
そんな軽々しく思春期の女の子を男の子の部屋に上げるなんて、いくら女子の多い吹奏楽部とはいえ簡単なことじゃないんですから!