第14話 サイレント・ジェラシー
「お疲れさまっしたー!」
本日の練習は終了。
いやー、疲れた、緊張した。
やっぱ初見大会は精神的にくるわ。
聴いたことある曲であっても細かい部分は難しかったし、さらには二部の太河曲のペットだけのメロディー…えぇ、落ちた時(吹くことが止まること)の全体の空気はすごかったっすよ。
俺が張り切って「この曲知ってますし、イケルと思います!」とか調子こいたこと言っちゃったもんだからハードル上がる上がる。
脂汗ってこういうもんなんだな、と知ることが出来た。
…
「ナツキ様お疲れー!今日の初見のウエストコースのソロ、かっこよかったよ~」
と、ナツキさんに声をかけてきたのは2年生でテナーサックス担当の西野奈々さん。
「ありがと、ナナ。でも知ってる曲だったからなんとか吹けただけだよ?」
「いやー、でもなかなか様になってたよ」
「ありがと」
なんとも無い会話、しかしこれには裏で動めく秘密(でもなんでもないけど)組織が関与していたことを俺は後で知ったのだった。
「ナツキ様かっこよかったよ~!」
「ナツキ様素敵でした!」
続いて話に混じってきたのは、3年生でクラリネットの井上千夏さんと1年生でフルートの種市琴乃。
「え、あ、はぁ…ありがとうございます」
「私クラで対旋律吹いてたけど、ナツキ様のソロ乗っかって気持ちよかったよ」
「わ、私もナツキ様のソロの部分うっとりしてました!」
頭をポリポリと掻きながら苦笑いをするナツキさん。
いいなー、あんなに絶賛されて、褒められて。
いくら知ってる曲でも初見であれだけ吹けりゃかっこいいよな。
たぶん知ってるだけじゃなくて、好きな曲なんだろう。
井口先生に「も少し柔らかく吹けるよう練習しましょう」とは言われてたけど、初見にしちゃ十分。
「あ、あはは、ありがとうございます。でもまだいろいろ練習しなきゃなんですけどね」
「頑張ってね、ナツキ様!」
「頑張ってください」
「頑張って!ナツキ様」
ほぼ同時にずいっと来た「頑張って」に若干圧倒された感のあるナツキさんは頭をペコっと下げて「ありがとうございます」と答えてこっちに向かってきます。
「レイジ、さっきの課題曲「メガドライブ」のペットの対旋律なんだけど…」
「あ、はい。ちょっと待ってください」
すぐさま楽譜を取り出しシャーペンを持つと対旋律についての注意を受けました。
「んまぁ初見だからあんまいろいろ言えないけど、音源聴いて目立つとこと目立たなくてもいいとこくらいは理解しといて」
「はい。あ、あとの後半部分なんですけど」
「ん?なに?」
「えっと後半にもう一回対旋律あるじゃないですか。そこの吹き方なんですけど、どんな感jオスナ!!!???」
「お、オスナ?」
あまりの衝撃にワケのわからない言葉を叫んでしまった。
だってナツキさんの後ろの方にものすごく黒いモノが渦巻いていたのだから。
そりゃあもう漆黒も漆黒。
よく目を凝らして見てみるとどうやらその黒いモノのなかには3つの人影。
それは…種市さんと西野さんと井上さん!
なんだろう、こっちを見ながらブツブツと何かを言っているんですけど?
「…なんで佐々木ごときがナツキ様とあんなに接近しておしゃべりなんか…(たぶん種市さん)」
「…悪い虫が付く前に何とかしなきゃ、どうします?チナツさん?(恐らく西野さん)」
「…とりあえず様子見ながら今後について検討しましょうか(確実に井上さん)」
ひ、ひああああああああああああああああああああああああああっぁああああああぁぁぁぁぁっぁあlsihdf:;aslvfgi
一瞬で感じた恐怖!なんかドロドロしたものに巻き込まれそうな匂いがプンプンするぜ。
なんだ、あのさっきとは360度違う性格は!(←正確には180度です。レイジ君の今後の成長に期待しましょうネ)
身の危険を感じる…これは、昼ドラ!?
「お、おいレイジ大丈夫か?熱でもあるのか?」
「へ?あ、あぁ、大丈夫です。えと、えーっとさっきの話の続きは「メガドライブ」の後半ですよね?えと、あー、後半は後半は今晩ははは…」
「か、帰るか?」
遠くでは「あー、佐々木君がナツキ様に心配されてる!あー!悔しい!私もナツキ様におでこにちょこんと掌当てられて熱測ってもらいたいのにぃ!もうこうなったら佐々木君には一度ガツンと言って自分の立場ってものを解らせてあげなきゃ!」だと。
そこまでされてないし、井上さん、あなたは後輩でなに想像してるんですか。
あー、コレはもうアレだ、アレ。
よくある展開。
「お、ナナ!こんなとこでなにやってんの?」
アレ3人組の後ろに登場したのはカナさん。
「はぁ~、このメンツはアレですな?「ナツキ様ファンクラブ」ですな?」
はい正解でしたー、やっぱそうでしたー。
「なによー、今大変なとこなんだからジャマしないでよー!」
「んー?なにが大変なの?」
「佐々木君がナツキ様に急接近して大変なんだから!」
「どれどれ、ってただ普通に合奏後の話し合いしてるだけじゃん!」
ケラケラと笑うカナさんを3人はジトーッと見ます。
「もう!カナちゃんは何も解ってない!さっきなんか佐々木君に熱があるんじゃないかってナツキ様が心配してたんだよ?」
「そりゃ心配くらいするでしょう!しない方が嫌なヤツっすよ」
「むー、私だって心配されたいのにぃ~!!!そうだ、カナちゃん!お願いだからこれからずっとパート内で佐々木君とナツキ様が接近しそうになったら全力で食い止めてくれない?お願いっていうか…これは先輩命令よ!?」
ビシィっと突き出された人差し指はピンッと伸び、どこまでもまじりっけの無い澄んだ印象。
両サイドの種市さんと西野さんも同調し、ピシッと指差し。
なにこのかっこいい構図。
「あー、大丈夫っすよ。2人がくっつく事はないっすから」
「なんでそう言えるの?」
「ナツキは私の「夫」ですから」
ビシィっと突き出されたこの言葉はピンッと伸び、どこまでもまじりっけの無い澄んだ印象。
あっけに取られている俺を心配してくれていたナツキさんも、いつのまにかにこの真剣10代しゃべり場に気づいたらしく苦笑いしながら見ていました。
「ダメー!カナちゃんがナツキ様の嫁だなんて認めないんだからぁー!!!」
「そうそう!カナ、撤回しなさい!」
「独り占めはよくないですよ~」
「ほほほほほ、私はナツキのあ~んなことやこ~んなことも知ってるんですよ~?」
「あんなこと?」
「こんなこと?」
ナツキ様ファンクラブ会員の3人は生唾をゴクリと飲み込みながら身を乗り出しました。
ソワソワしだす3人に、むふふふふ、と得意げな笑顔を見せながらカナさんはかなりもったいぶっています。
「例えばナツキはおヘソのすぐ横にホクロがあるとかですかね?」
「な、な、なんでカナちゃんがそんなことまで知ってるわけーーー!?ありえないぃぃぃいい!」
「去年の夏の合宿でのお風呂のときに見ただけだろうが…」と呟くナツキさん。
そろそろこの場所離れたほうがいいかしら?
話が生々しすぎる。
「あとはですねぇ~、ナツキはカワイイもの好きで…」
「それくらい知ってるもん!」
「たまーにかわいい猫ちゃんのパンツを…」
あれ?横にいたはずのナツキさんがいないぞ?
ゴッシャァアアアァアアアアアア!
「ニャオオオオオオオオオオオオン!!!」
涙を浮かべるカナさんと怯えつつもそのかっこ良さに若干悦ってる3人を尻目にナツキさんがこっちに戻ってきました。
「…いろいろ大変っすね」
「あの3人はまだいいけど…口の軽くてバカな「嫁」を持つとホンット大変だわ」
あ、猫ちゃんパンツは否定されないんですか、マジですか、マジですか。