第122話 初めての共同作業
どうも、僕です。
定期的に発生する「主人公なのに全く出てこない時期」を経て、今回もやっと帰ってきました。
主人公の佐々木玲人です。
新しい顧問の吉井先生を迎え、新たな体制で福浦西高校吹奏楽部は再始動しました。
最初はお互い探り探りだったけど、数日たって何となく感覚がわかってきた感じです。
ただ新たな体制とは言ってもまだ新入生は入部してきていないのでこれは仮の姿であって、このあと新1年生を迎えて今年の福浦西高校吹奏楽部の体制が確定する。
そして今日は入学式、入学式の入退場の演奏で新入生を迎えるのもあるけど、吉井先生との初めての本番の演奏だ。
数日間だけだけど一緒に練習して初めての本番、楽しみだ。
いやぁ、でも俺もついに先輩か!
まじでちゃんとしないとな!
マジで!!!
…
入学式の会場である体育館に楽器と椅子を運搬し、一足先に体育館の端っこに陣取る。
一年前は自分が入学式で入場する側で、入学式の後部活勧誘とかいろいろあったな。
入場するときの吹奏楽部の演奏、どんな演奏かすごく意識して聴いていて、トランペットの音色なんか特に気になっていたな。
今度は聴かれる番。
ガッカリさせないように…吹奏楽部の部活勧誘はここからもう始まっているのだ。
入学式が始まった。
新入生入場の合図があり、吉井先生が指揮棒を持つ。
ほんのり緊張感のあるやさしい表情がいきなりピリッとした迫力のある表情に変わる。
最初はびっくりしたけど、先生のこの「指揮棒持ったら人格変わる」キャラもだいぶ慣れたなぁ。
先生の表情が変わるとこっちも良いスイッチが入る感じがする。
体育館は少し寒いし乾燥しているので、唇を潤してからマウスピースを口に当て、息を吸い込む。
演奏曲は入場も退場も「威風DoDo」、しかも今回先生の提案で入場時は新入生も緊張しているだろうから落ち着いた優しい曲調、退場時は新入生のこれからを後押しするために気持ち勇ましい感じの曲調で、と同じ曲を違うアプローチで演奏してみることになっている。
考えたこともなかった提案でびっくりしたけど、面白そうなのでみんな賛成。
なかなかいろいろ面白いことを考える先生なんだよね。
それはみんなここ数日で感じている。
なので今の演奏は落ち着いた優しい曲調のパターン。
新入生が入場し始めたのを見て、先生が指揮棒を振り始める。
先生の指揮も大きくゆったりとした表現、うちらもそれに倣ってたくさんの温かい息を吹き込む。
オーバーになりすぎないようにゆったりと、自然に体もゆったり動く。
演奏しているこっちも心地よい感じ。
先生もピリッとした表情は変わらないけどどこか楽しげな表情で演奏を引っ張っている。
ゆったりとした落ち着きのある指揮の上に演奏が乗っかって、ちゃんとマッチしているのがわかる。
まだ新体制になってから数日だけど、なかなかいい演奏できているのかな。
もちろん前任の井口先生の指導の上にこれがあるのはそうだけど、吉井先生も自分たちの今までをひっくり返さずに一緒に進んでくれることを選んでくれたし、自分たちも吉井先生と一緒に進むことを決めた。
初めての演奏でこんなやさしい息の合った演奏…楽しい。
この演奏楽しいぞ!
と思っている間に新入生が全員入場、演奏は途中でフェードアウト(式典系の演奏あるある)。
入学式は進んでいく。
演奏が終わって先生が指揮棒を話すと、無言でにっこり、軽く拍手。
うちらもみんな無言で笑った。
…
入学式が終わり新入生退場、今度は気持ち勇ましい感じの曲調の番。
先生が指揮棒を持ち、またピリッとした表情に。
今度の指揮表現は、明らかにさっきとは違って元気にかっこよく勇ましい雰囲気。
それに倣って演奏もどっしりとした迫力マシマシの重厚な感じ。
低音パート、めっちゃ楽しそう。
低音の厚みがマシマシなので、うちら高音パートもしっかりした厚い音色でその上に乗っかる。
それを聴いて先生もクールな感じで微笑、相変わらず指揮棒持つとめっちゃイケメンだな。
さっきの演奏とは全然違う、同じ曲なのにこんなに印象変わるのか!「威風DoDo」って自分の中では落ち着いた荘厳な曲調というイメージがあったから、この感じは新鮮で楽しい。
1つの曲で2つの曲調、新しい発見…これはなかなか、面白いぞ!?
退場する新入生の足取りもなんか堂々として見える。
見えるだけなんだろうけど、なんか新入生の背中を押しているようで勝手に嬉しくなる。
これからの3年間、楽しくできるといいな!
頑張れよ!
新入生が全員退場し、入学式終了。
演奏は途中でフェードアウトし、演奏が終わって先生が指揮棒を話すとまた同じく無言でにっこり、軽く拍手。
うちらもみんなまた無言で笑った。
…
入学式が終了し、部員のうち1/3は部活勧誘に出かけていった。
残った2/3で撤収作業。
撤収しながらみんな口々に「演奏楽しかった」「私は退場時の感じが好き!」なんて意見を言い合った。
それくらいみんな楽しかったみたい。
俺もすげー楽しかった。
撤収が終了し、部活勧誘組が戻ってきたところでミーティング。
開口一番、先生がちょっと興奮気味に、
「初めての演奏にしてはなかなか良かったんじゃない!?入退場の雰囲気の違いもちゃんとできてたしいい演奏だったと思うよ!」
みんなホッとしたように、笑顔。
その様子を見て先生もホッとしたようで、
「良かったぁ。入退場で演奏変えてみるの提案した時、「新人がなんかバカなこと言い出したぞ?」って思われるかなぁって心配だったんだよ」
「いやぁでも楽しかったっすよ!?なんか新しい発見もできたし、自分のクセなんかも分かった気がします」
カナさんがニッコニコの表情で返す。
楽しかった、だけじゃなくてクセを見出すカナさん凄い。
「でしょ?これって私が高校の頃に式典系の演奏の時やってたんだよ。だからここでもやってみようかなーって。定演とかコンクールだとあまりこういうことやる余裕ないけど、こういう機会だったらやりやすいでしょ?おんなじ曲でもいろんな解釈ができて、でも曲は壊さないように。で、ちょっと一般的なイメージと違う演奏すると楽しかったり、自分なりの新しい課題とかも発見できたり。違う方向から見てみるっていうかね。私もみんなの演奏の感じさらによくわかったよ!」
「福浦高校のそんなノウハウを勝手にパクッて大丈夫っすか?」
「パクってないでしょ!技術の継承!」
「ものは言いようw」
「でもホント、最初にした上出来だと思います!これからまた新入生加わって、新しい体制で定演、コンクールと進んでいきましょう!今日は本当にいい演奏だった!」
先生もみんなもすごく明るい表情で満足そう。
ここ数日いろんな不安があったけど、なんか一緒に歩いて行けそうでホッとした。
「でも指揮棒持つと…?」
「…はーい、まず演奏の出だし、金管高音パートは相変わらず不安定ね。出だしがヘボいと曲が終わるので、そこは毎回意識してください。でそのあとの小節でのクラリネットとパーカッション、もっと縦を合わせてください。細かい音をごまかさない。悪いクセになります。次に被さってくるトランペット、もっとスコーンと、スコーンと。音がヘタレていました。中盤のホルン、もっとアピールして前に出てきてください。ここはあなた達が主役です。もっと前のめりに…ええいもうまだ言いたいこといっぱいあるから!楽器と楽譜出して!」
みんな苦笑しながら楽器を出し始めた。
福浦西高校吹奏楽部、2年目も面白そうだ。