第121話 純潔・威厳・無垢
「もしもし、ナギちゃん。急にごめん、今ちょっとだけ話せる?」
「今日の練習は終わってるから今なら大丈夫よ。どしたの?ユリちゃんが電話かけてくるなんて珍しい」
「ちょっと重大案件で…」
「え、なに?ヤバイ感じ?」
「ヤバイかも…」
「…どうしたの?」
「うちの新しい顧問の吉井先生の件で、昨日さ、ナギちゃんが見つけて送ってくれた先生の当時のパンフレットの写真…先生に見せたんだよね」
「あぁあれね!「懐かし~」とか喜んでた!?吉井先生って結構かわいい系だよね?学生の頃の写真、めっちゃかわいかった!でもキリっとしてるとこもある感じ」
「ただその…せっかく送ってもらって悪いんだけど…生徒指揮あいさつの写真は問題なかったんだけど、パート紹介のあの写真…」
「あ、あぁあの変顔の。うち毎年こんな感じなんだ。伝統っていうの?」
「そっち見せたら急に、「もしこれをみんなに共有したら、松川さんは引退までずっと補欠メンバーです!」って言われちゃったのよ…そこそこみんなに見られちゃったけど、ファイル共有はしないってことで許してもらったけど…」
「はははwwwそりゃ大変だったね!でもそんなブチギレされたのか…」
「ウチに来たばかりでこんな写真見られたら教師としても顧問としても威厳がなくなる!ファイルとして共有されて残り続けたらデジタルタトゥーとして死ぬまで語り継がれる!って…」
「確かに来たばっかであの写真は威厳なくなるなw悪いことしちゃったかも…謝っといてよ」
「でね、いきなりなんだけど、今から先生がナギちゃんと話がしたいって」
「は!!!???今から!!!???」
「あ、もしもし。お電話変わりました。私今年度より福浦西高校に赴任し吹奏楽部顧問となりました、吉井と申します」
「は!はぁ!福浦高校2年の宮城渚と!も申しまっす!」
「宮城さんね!福浦高校2年生吹奏楽部トランペットパートで佐々木君と中学の同期の宮城さんね!」
「ひぃっ!そ、そうであります!」
「松川さんからもう聞いているかもしれないけど、私、福浦高校吹奏楽部トランペットパートのOGなのね。つまりあなたの先輩」
「承知しております!」
「そんな先輩がね、これから新社会人として教員生活がんばるぞ!って時に、後輩がこういう背後からの攻撃みたいなタレコミ入れるって、どういう魂胆なのかなって」
「全然悪気は無かったんです!申し訳ございませんでした!ただ単に懐かしんでいただけるかと思いまして…気分を害されたのであれば謝罪します!ただ悪意はなかったことは信じていただきたいであります!」
「うん、そっかそっか。確かに懐かしかったよ」
「ですよね!?この変顔ってウチのパートの伝統的なものじゃないですか!?私も去年やりました!」
「そうだね。そういう伝統は悪くないと思う。私もあの頃は楽しくやってた。でもそういう画像を本人の許可なく他人に転送するっていうのは、ちょ~っとばかしネットリテラシーが低いんじゃないかな?最近の若い人はすぐに写真撮ってシェアするけど、第三者のことまで本人に許可を得ずに勝手にシェアするのはどうなのかなって。この画像が西高のいろんな人に共有までは行かなくても見られて、益田さんの目に入ったらどうなるかな?」
「…恰好の…ネタに…」
「もうされてるんだよぉおおおお!!!ちっくしょおおおおおおお!!!」
「ずびまぜんでしたー!!!」
「益田さんの!あの!「いいネタ見つけた!」っていう!あの!顔!」
「ごべんなざーい!!!」
「はぁ、はぁ…まぁもうそれは過ぎたことですのでいいです。そっちにあるパンフレットの原本も処分しなさいとはいいません。ただ、あなたのスマホに入っている画像は消してほしいです」
「わ、わかりました…」
「オンラインストレージに自動バックアップしてたらそれも消してください。とにかくこのインターネットという広大な無法地帯からはすぐに削除してください。消し忘れが残っててどこかで忘れたころに出てきたら困ります」
「わかりました。この電話の後すぐ削除します。軽率な行動してしまい申し訳ございませんでした」
「わかってくれて嬉しいわ。宮城さんがちゃんとした生徒で良かった。急なことでびっくりしたでしょ?ごめんなさいね。定演とか何かで機会があったらまたお話ししましょう」
「え、まだ怒ってる…?」
「あぁ違う違う!ただの福浦高校吹奏楽部OGとして、お話ししたいだけ。あ、これじゃただのウザイOGか」
「そんなことないですよ~」
「お互い頑張りましょう。定演やコンクールでの福浦高校の演奏楽しみにしてます。宮城さんは出てないと思うけど、この前の東海越大会の時の福浦高校金管八重奏の演奏はすごく良かったです。あなたの音色も楽しみです!」
「!!!は、はい!!!」
「じゃ、またね」
「失礼しまっす!」
…
ああああああああああああああああ!!!めっちゃ怖かった!
今の顔も知らないしどんな人かもわからないからめっちゃ不安だった!
最初の声色の圧凄かった。
あれは本当に怒っている声だった。
確かに最近の若者は何でもかんでも軽い気持ちでアップロード、共有しすぎかもしれない。
もちろんSNSで不特定多数の人が見られるところにポンとアップするのは論外だけど、その人の了解も得ずに勝手に共有しちゃダメだよね。
風景の写真なんかとはわけが違うんだから。
そこは反省。
あぁでも許してくれて本当に良かった。
さっきの吉井先生の「お互い頑張りましょう」は、きっと本当に心からの言葉だよね?
優しい、温かい声だった。
不愉快な気持ちにさせてしまったのに、気を使ってもらって、凄く嬉しかった。
今度ちゃんと会って話してみたい。
普通に話せばきっとすごく優しい人なんだろうな。
東海越大会の演奏聴いていたのか!
私の音も、ぜひ聴いてみてもらいたい…ユリちゃん達羨ましい。
はぁ…吉井先生…きっと美人で、スタイルが良くて、パッチリ二重で、黒髪ロングの清楚系で、服は派手すぎないシックな感じで、笑顔が優しくて、生徒想いで常に寄り添ってくれて、趣味は料理とガーデニングと古民家カフェ巡りで、イケメン彼氏がいて、実家の両親も仲が良くて、猫か小鳥を飼っていて、休日はとっておきのアールグレイを楽しんで、でもダメなことをしたときはちゃんと叱ってくれる!
はぁ…吉井先生…好き。
…
ゾクゾクッ!!!???
「先生大丈夫ですか?」
「いやなんか急に悪寒が…」
「具合悪いんでしたら無理なさらず…」
「いやなんかもうちょいネットリした感じの…」
「…?」
「いや、何でもない。大丈夫だよ」
「あ、ナギちゃんから画像消しましたって返信きました」
「そう、良かった。ちゃんと話が分かいい子で」
「ナギちゃんはしっかりしてますから…あ、また返信。「私も是非先生と直接お話ししてみたいです!私の音聴いてみてもらいたいです!(ハート)って伝えて!」だそうです。良かったですね!先生!」
ゾクゾクッ!!!???