第120話 タレコミ
昨日の夜久々にユリちゃんからメッセージがきた。
>ナギちゃんねぇちょっと聞いてよ!
>久しぶりー。テンション高いけどどうしたの?
>今日からウチ新しい顧問の先生になったんだけど、凄く若い女性の先生だったの!この前大学卒業したばかりの新人先生なんだって!
>ほぇ~、いきなり顧問なんて大変だね
>でね、その先生、なんと福浦高校の卒業生だったんだって!しかも吹奏楽部でトランペットでパートリーダーで生徒指揮!
>設定盛り盛りだな!てかうちのOGなのか!
>そ、この前まで大学生だったから5~6年前くらい?
>まじか!5~6年前って言えば福浦高校吹奏楽部黄金期じゃん!え!なんかいろいろ凄くない?その先生なんて名前?
>吉井理香先生だよ
>うわー、明日みんなに聞いてみよーっと!
ってなわけで部室に入るなりみんなにこのこと聞いてみた。
さすがに5~6年前だから名前聞いただけでピンとくる人はいなかったけど、みんな「え!黄金期メンバー!?しかも生徒指揮!?設定盛り盛りだな!」という反応、ですよねー。
その後いつものように棚から自分の楽器を取り出そうとしたとき、ふと横目に入ったのは楽譜がおいてある棚。
楽譜係くらいしか基本見ないとこなんだけど、なんか気になって見てみる。
楽譜が並んでるのを上から眺めていくと、真ん中あたりで楽譜じゃないものが並んでいた。
なんだろうこれ、今まで気づかなかった。
1冊手に取ってみると、それは昔の福浦高校吹奏楽部の定期演奏家のパンフレットだった。
パンフレットのほかにも当時のコンクールのパンフレットとか写真とか、意外にもほぼ毎年のものが綺麗に並んでいた。
もしかして、吉井理香"先輩"いるかも。
まだ顔も知らない、名前だけしか知らない先輩。
黄金期の生徒指揮、きっとすごい人だったんだろう。
適当に数年前の定期演奏会パンフレットを広げてみる。
トランペットのパート紹介、名前…名前…いた!吉井理香"先輩"。
この時は1年生か。
写真見てみたけど、どの人かわかんない。
みんな真面目そうで、貫禄あって、いかにも黄金期って感じ。
そうか、この年1年生ってことは、2年後か!2年後のパンフレットみれば、生徒指揮兼パートリーダーだったんだからもっとはっきりわかるかも!
2年後、2年後…あった!
パラパラパラ・・あった!トランペットのパート紹介!
どれどれ…どんな凄いかっこいい写真と紹介文なんだ?
吉井理香"先輩"!!!
…
「松川さん、その写真は今すぐ消してください。みんなに共有なんてしたら松川さんは今年の夏のコンクールは補欠確定です。その福浦高校の子にもデータを消すように言ってください。てか部室のそのパンフは廃棄するように伝えてください!」
ナギちゃんから送られてきた先生が高3の時の定期演奏会の写真2枚。
1枚目は生徒指揮としての簡単なあいさつ文と顔写真は凄く真面目できりっとした感じでかっこいい。
ただもう1枚のパート紹介の写真では、写真のど真ん中で女子にしてはなかなかどぎつい変顔(白目向いている)をしている先生。
ペットパートみんなその顔しているので、先生だけがヤバいわけではないが…ギャップが凄すぎる。
この人は本当にいろいろとギャップがありすぎる。
でも変顔してもかわいらしい感じはあるので、気軽に先生に見せたらこの感じ。
「え、でも変顔してますけど微笑ましいというか、先生変顔してもかわいいじゃないですか」
「補欠確定です」
「えっとでも」
「補欠確定です」
「…さすがにひどいですよぉ!」
「ひどいのは松川さんです!人の過去を勝手に掘り起こすなんて最低です!生徒の前でこんな羽目を外しまくったゆるゆるの写真見られたら、教師としての威厳が益々なくなっちゃうじゃないですか!益田さんに見られたらそれこそもう終わりじゃないですか!」
まぁそこは否定できない。
カナさんに見られるということは、つまりこの部全体に伝わるということなので。
「私はもっとキリッとした真面目でクールなかっこいい先生を目指してるんです。そんな中そんな写真が広がったら、もう終わりじゃないですか!」
まだ諦めてなかったんだ。
「でもこれ見たらみんなもっと先生への親近感わくと思うんですが…」
「ネタ枠としてね!」
これも否定はできない。
あぁでも良かった。
みんなに見せる前に先生に見せといて。
先にみんなに見せてたらもう引退まで先生に目を付けられるとこだった。
ていうかもう夏のコンクールも定期演奏会もアンコンも出場させてもらえなかったかもしれない。
「わかりましたよぉ…すみませんでした」
「そうです。それでよいのです!みんな未来だけを見ていけばよいのです!」
そんなこんなで渋々その画像を削除しようとしたとき、背後で気配が。
「お、ユリ何見てんの?え、なにこの写真~…」
あ、カナさんだ。
あ、先生終わった。
あ、先生が死んだ魚のような目でこっちを見ている。
私は…悪くn
「だめーーーーーーーー!!!」
「…先生」
「な!!!なんですか!!!」
「楽しい学生生活送ってたんですねぇ(ホッコリ)」
「絶対思ってないでしょ!(ホッコリ)じゃねぇよ!顔がニヤニヤしている!」
「え、この写真、パート紹介って書いてあるから当時の定演パンフ?もしかしてナギちゃんからのタレコミ?やるなぁ、あの子」
「え、あ、まぁ」
「先生、めっちゃかわいいじゃないですか!なんか親近感増します!(ホッコリ)」
「絶対思ってないでしょ!(ホッコリ)じゃねぇよ!顔がヘラヘラしている!」
「そんなことないですよ。昨日まではいったいどんな先生が来るんだろうってみんな不安だったんですけど、この写真みんなに見せればさらにみんな心開いてくれますって!」
「絶対に嫌だ!デジタルタトゥーになって定年退職するまで面白可笑しくネタにされるのは絶対阻止する!」
「定年まで弄られるのはさすがにないでしょwww」
「いいや!益田さんは一生これをネタにします!断言できます!あなたはそういう人です!同窓会とかしたら絶対話題に出しますし、私の結婚式とか葬式とかでも絶対話題に出します!絶対呼ばないけどね!!!」
「葬式www」
「「遺影にしようぜ!!!」とか言いそう!」
「遺影でイエーイ!(白目)って感じですかwww」
「ん?」
「あ」
「はい滑った」
「ごめんなさい」
…
「でも福浦高校の黄金期ってもっとずっとピリッとしてると思ってました。楽しそうにやってたんですね!」
「そうでもないのよ。意外とノリがうっとおしかったのよ。でも楽しかったのは本当かな。一生懸命練習するときはする。遊ぶときは遊ぶ。オンオフが結構しっかりしてたね。そういう感じはこの福浦西の吹奏楽部でもやっていきたいかなぁ。だからみんなも協力してほしいなあ」
「はい!みんなで楽しく一生懸命な部活したいです!」
「だよね!だからこそ、その写真はみんなには見せずにもみ消してほしいのよ!で、タレコミした福浦高校の子にも、記憶を消してほしいのよ!」
いい感じに話が収まりそうになったその時、滑りまくって涙目で敗走したカナさんが戻ってきた。
「あ、ごめんなさい。先生の昔の白目写真観られるよ!って言ってみんな引き連れてきちゃいました」
「益田さん!!!!!!!夏のコンクールも定期演奏会も出演禁止決定!」
「ひでぇwwwww」
「ていうか退部!退部しろ!退学しろ!!!」
「パワハラ教師による行き過ぎた指導www」
その後その写真は部員の結構な人に観られたのだった。
ただ画像ファイルの共有は無し。
これについて今後執拗なイジリをした人は夏のコンクールも定期演奏会も出演禁止、ということで落ち着いた。
私はイエローカード、画像の削除とナギちゃんへの記憶の消去依頼をすることでお許しを得ました。
ちなみにカナさんはもう許されないところまで行ったとのことらしく、すでに終身名誉コンクール補欠だそうです。
本人は笑ってましたが。