第118話 一緒のスタートライン
「みなさん初めまして。今日からこの吹奏楽部の顧問を担当することになりました吉井理香です。中学から大学まで10年間吹奏楽を続けてはいましたが、吹奏楽部の顧問は初めてです。なので至らない点は多くあると思います。…いーっぱいあると思います。ですがみなさんと一緒に吹奏楽をやっていきたい気持ちは本当です。新卒の顧問が来て私以上に皆さんも不安だと思うのですが、是非みなさんと一緒に成長していきたいので、その…よろしくお願いします!」
行けた。
無難に、まともに、キョドらずに挨拶できた!
みんなの様子は…と恐る恐る視線を向けてみると…
パチパチパチパチ!!!
みんな笑顔で拍手してくれた。
良かった、マジで良かった。
とりあえず門前払いはなさそうだ。
さて次どうしようかな、と考えていると、さっき助け舟を出してくれたカナちゃん、だっけ?あの子が「せんせー」と言いながら手を挙げた。
この子多分めっちゃお調子者だけど、めっちゃ良い子!
しかもトランペットだ。
仲良くやっていきたい!
「はい、なんでしょう?」
「先生は吹奏楽部で10年間トランペットやってたっておっしゃってましたけど、そのぅ…なんというか…すっごく上手なんですか!!!???」
「すごい質問だなおい」
カナちゃんの横のクールビューティーなトランペットの子のツッコミで場が盛り上がる。
でも確かにすごいざっくりした質問だ。
「いやぁだってさぁ…なんて聞いていいか…ストレートに聞くのもさぁ…」
「何についてだよ」
「いやぁ、だからさぁ~…」
あぁきっとこの子が聞きたいのは…
「学生時代の出身校とか、コンクールの実績とかでしょうか?」
「そう!それ!リカちゃん察しがいい!」
「先生の呼び方!」
またクールビューティーなトランペットの子のツッコミで場が盛り上がる。
なんかいいコンビだね。
でも確かに一番気になるけど聞きづらい質問だよね。
「出身は福浦市です。高校は福浦高校で大学は初芝大学になります。両方とも吹奏楽部やってました」
「「「福浦高校!!!!!」」」
みんなから驚きの声が湧き上がる。
まぁそうよねぇ、福浦市の吹奏楽界隈では福浦高校はネームバリュー高いもんね。
自慢でもあるけど、ちょっと重荷にも感じる微妙な感じ。
「あれ、先生新卒ですよね?ってことは福浦高校にいたのって、6年前くらいですよね!?ってことは…ええええええ!!!???」
誰かが大きな声でそう言った。
多分この子地元の吹奏楽事情のオタクだね。
そういうやたら詳しい子一人はいるよね。
「なにどうしたんよ?」
「いや、6年くらい前の福浦高校って…黄金期って言われてるんだよ!もちろん今もすごいけど、その頃は3年連続全国大会金賞取ってたりするんだよ!もしかして先生、そのころの生徒さんなんですか?」
なんかみんなの視線がギラついてきた。
うー、困った。
下手にハードル上がらないといいんだけど…。
「ま、まぁその…2年と3年の時に全国大会金賞でした…」
「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」
「パートリーダーとか、部長とか、やってたんですか?」
「ペットパートのパートリーダーと、生徒指揮を少々…」
「「「うおおおおおおおお!!!!!」」」
めっちゃ盛り上がってる…ハードル上げすぎんといてよ…。
ううううううう、こうなることはわかってたけども、気持ちはすごくわかるけども…なんというかなぁ。
なんか、経歴が先行してしまって、そのぅ…。
「じゃあ先生私と同じですね!」
カナちゃんが声を上げる。
「トランペットのパートリーダーと生徒指揮なんですか?」
「そうでっす!おそろでっす!益田加奈です!福浦高校とか全国大会とかもありますけど、それ抜きにしても今の私と立場がほぼ一緒じゃないですか!すっごく嬉しいです!ですからいろいろ教えてください、先輩!私、かわいい後輩ですよ~」
あぁ、またこの子が空気を変えてくれた。
隣のクールビューティーなトランペットの子のツッコミで場が盛り上がるけど、なんかちょっとさっきまでの熱のある盛り上がりとは違う。
福浦高校とか全国大会とか抜きにして私と接してくれる空気感にちょっと変わった気がする。
本当に、この子はこの部活の空気感を操れるくらいの中心人物なのかもしれない。
あの時だって、そうだったように見えた。
なんかすごくほっとした。
みんなに目を向けると、みんなニコニコしながらこっちを見ている。
みんな受け入れてくれそうで嬉しい。本当に…
「わわ!!先生なんで泣いてるんですか!!!」
自然に涙が出ていたみたい。
自分が涙を流しているということを自覚したとたん、止まらなくなった。
「うわ~~~~ん!みんなありがとぉ~~~!ド新人の若造がみんなに受け入れてもらえるか、すっごく不安だったんだよぉおおお!私頑張るねぇ。みんなと一緒に吹奏楽がんばるよぉ!」
なんかすっごく恥ずかしいけど止まらない。
さっきからやらかしまくってて顧問としての威厳とかもう無いに等しくなったけど、知ったこっちゃない!
私はみんなと頑張るんだ!
「先生、私たちも正直どんな方が来るのか楽しみでもあり不安でもありました。でも先生が凄く真面目で一生懸命私たちと向き合おうとしてくれていることは伝わってます。一緒に頑張りましょう」
部長の子がそう言ってくれた。
もうどっちが年上なんだかわかんない。
私は泣きながら「うん、うん」と頷いた。
「先生よろしくお願いしまーす!」
「一緒に頑張りましょう!」
「リカちゃんやっぱかわいいなー」←多分カナちゃん
みんな優しい声をかけてくれる。
ありがとうみんな、私頑張るよ!
・・・
泣き止んで落ち着いた後、みんな一人ひとり自己紹介をしてもらった。
正直いきなりみんなの名前を覚えるのは厳しいけど、それも教師の仕事だ!
トランペットパートは…多分覚えた!
自己紹介が終わったのでじゃあそろそろ今日の練習始めるか!と思ったときに、あ、1個思い出した。
「あ、ごめん。最後に一言だけ」
「なんでしょう?」
「私実は福浦西高校に着任するって決まる前に一度福浦西高校のみんなの演奏聴いてるんだよね。正しくは金管だけだけど」
「え!どこでですか!?」
「大学が初芝大学だったから、この前のアンサンブルコンテスト東海越大会観てたんだよ。大学の後輩の演奏とか福浦高校の演奏聴きに行ったんだけど、そこで福浦西高校の金管八重奏の演奏聴いたんだ!すっごく楽しい演奏で引き込まれた!いまだに印象に残ってる。多分福浦高校にはできない演奏だね。その演奏聴いて、福浦西高校の金管八重奏はすごく楽しそうに一生懸命演奏や練習しているのがわかった。福浦西高校に着任することが決まってからその演奏思い出して、不安もありましたが今日が本当に楽しみでした。想像通り、みなさん真面目で、でも心の底から吹奏楽楽しんでて、そんな部活の顧問になれて嬉しいです!」
「先生あの時客席にいたのか…」
「うん!益田さんがすごく楽しそうにノリノリで演奏してて、すごく印象的だった!」
「はっず!!!!!てか先生もうさっそく生徒のことイジリはじめてますやん」
「益田さんだけだよ」
「ひっでぇwwwでもなんか、運命感じちゃいますね!!!」
「益田さんだけだよ」
「イジリきつくなってますやんwww」
「ふふ、はい!まぁそれはそれで、ちょっと運命っぽいこと感じてるのは本当です。まずは入学式、そのあと定期演奏会、コンクールとやることいっぱいですが、これから一緒に頑張っていきましょう!今日もよろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いします!」」」
私のまったく新しい吹奏楽生活が始まった。