第10話 となりの芝生
数日前のこと。
「一般バンドの福浦市民吹奏楽団の定期演奏会のチケットが1,000円のところを特別に500円で買えるので、行きたい人は後で申し出てください」
と、顧問の井口先生がおっしゃったのだ。
福浦市吹は数年に一度は全国に出場しているレベルの一般の吹奏楽団で、身近でこのレベルの演奏が500円で聴けるのはかなり貴重だ。
というわけでトランペットパートは(シオさんによって半ば強制的に)全員でに行くことになった。
でもまぁ最初から俺も行こうか、と思ってたし。
去年まで隣の市にいたユリはキラキラと目を輝かせていた。
ずっとナマで聴いてみたかったのがついに聴ける!って。
やっぱり誰だって、上手い演奏聴きたいもんです。
…
土曜日。
午前の休日練習を終えた俺たちは楽器を片付け、各自昼食をとり、演奏会に行く人達はそれぞれ固まって会場の県民会館に向かっていった。
あ、ちなみにこういう場合多分自転車がメインになると思うんだけど、他の人の迷惑になるので広がって走るのはダメ、ゼッタイ。
広がらないと話せないけどダメ、ゼッタイ。
一列に並ぼうね!レイジお兄さんとの約束だよ!
う~ん、4月の中旬、お花見できそうなとても心地よい気温、ぽかぽか。
天気もいいし、日向ぼっこしたら気持ちよさそう。
あ、やべ。このままじゃ演奏会寝ちまう…。
いい音楽って心地いいから結構眠くなっちゃうときあるんすよね。
ん~、暖かくて…って!
こんな風に意識を朦朧とさせながら自転車走らせるのもダメ、ゼッタイ。
…
県民会館に着いた俺たちは駐輪場に自転車を置き、入り口に向かっていった。
「やっぱり他校の人たちもけっこういますねぇ」
ユリは周りをキョロキョロ見回す。
「そりゃあ、ここら辺じゃ一番の全国レベルの演奏だからねぇ、みんな見に来るでしょ!」
シオさんがユリに話しかけていると…
「レイジ!!!」
突然どこかから俺を呼ぶ声。
俺以外も「?」な感じでキョロキョロ。
すると向こうから他校の生徒が走ってきた。
あ、あれは…。
「レーイジ!!久しぶりー!やっぱ西校でも吹奏楽やってたんだね~、ペット?」
あー、この元気ッ娘は間違いなく(てか目の前にして間違いも何もないのだが)中学生時代のペットパートの同期、宮城渚だ。
ナギサは結構頭も良かったのでここら辺では一番偏差値が高い福浦高校に行った。
急なことでびっくりしている俺の後ろでは「なんだあのかわいい娘は」だの「レイジも隅に置けないわ」だの「ふざけんな」だの勝手なことをダベるオーディエンス。
「な、ナギサもこれ聴きにきてたんか、てかお前も吹奏楽続けてんのな」
「うん続けてる!私達はペットパートみんなで来たんだよ」
すると後ろからクイクイと俺の服を引っ張る人が…カナさん。
「(小声でニヤニヤしながら)レイジ、この娘だぁれ?彼女?」
「ん、あ~ぁ~、えーっとこいつは俺の中学時代同学年でいっしょにトランペットやってて、今は福浦高校のペットやってるナギサっす」
「んまー!ウチのレイジがお世話になりまして!ありがとうございます!」
「何その保護者目線!?」
俺がナギサの紹介をするとペットパートのメンバーがぞろぞろとこっちに集まってきた。
「あ、えっとこの人達が今のフク西のペットパートな」
「あ、そうなんですか~、わたしレイジと同級生で中学時代同じパートでした、宮城渚です」
深々とお辞儀するナギサ。
それを見たカナさんたちはまた「まぁいい娘」だの「レイジと違って出来てるわ」だの「レイジにはもったいないわ」だのと。
だからなんすかその保護者目線。
その後せっかくなんでこっちのパートメンバーを3年生から順に紹介。
シオさん、ミズホさん、カナさん、ナツキさん。
「で、最後が俺と同学年のユリ」
「えと、松川由梨です。よろしくです」
「ナギサです!よろしくね!」
同学年だからいうことか、ナギサはユリをまじまじと見ている。
興味深々。
「同い年か~、どこの中学校?」
「えっと、伊東市の…」
「え、隣の市?引っ越してきたんだ?」
「うん、だからこっちのこととか全然まだわかんなくて…」
「そっか、まぁすぐに慣れると思うし、同い年の人にいろいろ聞いたりして…って正直レイジは頼りないけどね!」
「なんでそこで俺が出んの!?しかも印象悪いな!」
どことなくユリは緊張している。
別に緊張するような相手でも無いだろうに…?
「ん~。あ、すみません。そろそろ先輩んとこ戻んなきゃっす。そろそろ行きます」
「おー、じゃあな。」
「あ、ナギサちゃん。ペットパートのカスミちゃんによろしく言っといて!中学でいっしょにやってたんだわ」
とシオさん。
「あ、はい。わかりました!」
「じゃあ、そろそろウチラも行こうかね」
「あ、待って!ユリちゃん!」
「?」
ユリを呼び止めたナギサは、自分のバッグをゴソゴソと探っている。
そしてやっと取り出したのは、スマホ。
「ユリちゃん、連絡先交換しよ?」
スマホをずいっとユリの前に差し出すナギサ。
急のことでびっくりしているユリ。
「イヤ…かな…?」
びっくりしているユリを見て少し表情を曇らせるナギサ。
少しの間オロオロしていたユリはにっこりと笑って、
「…うん、しよ!」
お互いにっこり。
ユリもスマホを取り出して連絡先交換。
徐々にユリの緊張もほぐれていったみたいです。
「よかったなー、ユリ。他校の友達出来て」
その2人の光景を見てシオさんがみんなに言った。
「隣の市から引っ越してきたから自分の学校にも他校にも知り合い少ないもんな。今日なんか他人の知り合いとかやたらと出くわすだろうし、不安だったんだろうね」
「最初随分緊張してたもんね、戸惑ってたし」
とミズホさん。
「よかったよかった。緊張も緩んできたようだし」
「うーん…」
「カナどうした?なんか不満か?」
口を尖がらせて不満げな顔のカナさん。
しかし一瞬俺と目が合うとその暗い表情がみるみる豹変していった。
目元は下がり、口は緩み、頬は上がり…これはまさしく…満面の笑顔。
「あたしはユリは拗ねてるんだと思ってたんだけどな~。強力な恋のラ・イ・バ・ルが登場したと思ってね!」
「違ーーーーーーーーーう!!!!!」
とはいいつつ満更でもなかったり。
まぁそりゃ~、向こうがその気なら~考えないこともないっすけど~。
あ、でも今のユリが聞いてたら、きっとなぜか俺が殴られてたんだろうな…。
…
福浦市吹の演奏会開演まではまだ40分、開場まであと10分なのでロビーで待機している。
ふと辺りを見回してみると徐々にお客さんが増えてきている。
やっぱ制服を着た中高生が多いな。
お、あそこにはおばあさんとちっちゃい女の子のペア、お父さんかお母さんが団員さんだったりするのかな?
いいよなぁ、そういうの!
パンフレットを見ながら「ママはどの楽器やるの?」だって。
かっわいいな~。
「んー…」
「どうしたんですか?カナさん。俺の顔になんか付いてます?」
「レイジって、ロリコン?」
「だぁぁぁぁぁあほぉぉぉおおぉあちゃぁぁあ!!!なんで!?なんでそうなるんすか?今までのこの作者のチープな文章表現のどこに「レイジ君ロリコン説」が!?」
「いや、だって小さい女の子見てどことなくニヤニヤって…あと作者のチープな文章表現で「かっわいいな~」って…」
「ニヤニヤしてるのはカナさんでしょーが!「かっわいいな~」だけで認定されたらたまったもんじゃないっす!」
「いやいや、人間にはいろんな趣向があるから否定はしないの。ただこれに関してはあまり表に出すのは…」
「誰の趣向がロリk…」
一瞬時が止まった。
気が付くと俺の目の前で一人の女性が頭を押さえてうずくまっていた。
泣いてるの?どうして泣いてるの?
「イタイ…イタイ…」
彼女は苦痛に顔を歪めていました。
誰がこんなことを…!許せない。
ていうか、よく見るとこの子は…。
「カ~ナさんだよぉっちくしょぉおぉお、って痛ぇ!?いったぁぁあああアッタマ痛ぇぇええええ!」
「うーるせぇっつってんだよ、周り見てみろ!恥ずかしいだろうが!レイジ!ってか反応遅すぎるだろうが!一瞬本気で心配になっただろうが!」
そこには小声でそう言う顔を歪めているシオさん。
なーるほど、つまりこういうことだ。
俺とカナさんが「レイジ君ロリコン説」について激論を交わしているのがあまりにうるさく、シオさんに殴られたわけだ。
う~ん、名推理。
…ってことはまさか、「レイジ君ロリコン説」が他のお客さん方の耳にも…?
うっひょーーーーーーーーーー。
「カナも!レイジのことつまんないことでからかわないの!」
「うー、すみませーん…」
しょげるカナさん…といってもこれくらいでヘコたれる人じゃないんだけど。
持ち前の切り替えの早さで数秒後にはケロッとしている。
うらやましい限り。
「アッハハハハハ!カナは相変わらずだね~!」
どこからか聞こえてきた声。
近くのみんなはキョロキョロ辺りを見回す。
わなわなと体を震わせ、若干苦いものでも口にしたような顔をしているカナさんを除いては。
「う~…」っと唸り、近づく気配を感じ取り、カナさんは口を開いた。
「お、お前は、リコピーーーーーーン!!!」
「リコピンって言うなって、何回行ったらわかるんだお前はよぉおおぉお!」
そういって現れたのは、制服を着た一人の女性。
この制服は、福浦東高校の制服だ!
あ、ちなみにここでひとつ行っておきたいことは、俺が福浦東の女子の制服を知っているのはさっきナツキさんに教えてもらったってだけです。
決して俺は制服マニアだとかではないです。
教えてもらっただけです、ホントに!
「えー、中学のときからずっとリコピンだったじゃん。今更変えるのとかムリ!」
「カナが強引に広めたんだろうが!そしていつの間にか手遅れに…つーかもううちの部活でもほぼ広まってんだよ!どうしてくれんだよ!私の高校生活!」
「だーってかわいいじゃーん!リ~コピ~ン!」
「かわいいとかいらん!私はクールな女性を目指すの!」
「クールビューティーwww」
仲がいいんだか悪いんだか、よくわかんないす。
少し経つと彼女はカナさんの後ろの俺たちに気づきました。
「そーそー、別にカナとダベりに来たんじゃないんだわ。今年のフク西のペットの1年生を見にきたんよ」
「あー、偵察っすか。まぁいいや、レージ、ユリ、おいでー」
いそいそと出てくる俺ら。
おどおどとする俺ら。
あなどりがたきボクら。
「えーっと、まずこっちがユリ。でこっちがレイジね。すでにカップル…」
「「ちがーーーう!!」」
最近コレに関しては息が揃ってきた気がする。
「ほー、男の子が入ったんだ!いいな~。あ、私は柳田理子。福浦東でペットやってます。まぁもう見てればわかると思うんだけど、中学時代はカナといっしょにやってました。よろしくね!」
「「よ、よろしくお願いします、す」」
こういう合わせるべき時には合わない、俺ら。
「ふーん、二人ともかわいいわねー。ウチの部に来ない?」
「レイジー!気をつけろー!その女についてくといろんな意味で食われるぞー!」
く、食われる?
一コ年上のお姉さんに?
ちょっと釣り目でかっこいい系のお姉さんに食べられちゃう?
…いろんな意味でってのが気になるけど…。
「んー、レイジ君なら、食・べ・ちゃおうっかな?」
といって笑いながら寄ってくるリコピ…リコさん。
横でユリが目を丸くして、顔を真っ赤にしてる。
ボク…食べられちゃう?てかもういっそのこと…!!!
あ、あああああああああああああああああああああああ!!!
「いや~!リコピンの変態ー!不潔ー!美魔女ー!」
「だーから!リコピンっていうなっって言ってるだろうがぁ!!!」
ぶっ!
思わず噴き出してしまう俺とユリ。。
つい笑ってしまった…てか今笑ってる。現在進行形で。
「な、なんで笑ってんのかな?」
リコさんが引きつった笑顔で聞いて来たので、
「いや…リコさん、か、かっこいいのに、リコピンって…w」
「カ~ナ~!せっかく大人っぽい雰囲気出してレイジ君からかおうとしてたのにお前のせいでー!!!」
「きゃーん!リコピンが怒ったー、こわーい」
インパクトのあるネーミングの商品のCMなんかを一回見ると、一日中その商品名を頭の中で唱え続けることがあります。
キャッチーなネーミングをつけることによって、その商品自体のイメージが変化することもあります。
ネーミングは、販売戦略に欠かせない重要なものです。
パッと見かっこいいイメージリコさんがもう俺の中ではリコピンさんとしてインプットされました。
これは…カナさんの罪は重い…。
「もー!せめて福浦西の1年生にはクールビューティーで売ろうと思ってたのに!」
「ムーリムリ!私がいるから」
「もー!もー!カナのアホー!」
「ね、クールビューティーとか言ってるけど、リコピンって実はかわいいでしょ?」
頷く俺ら。
あぁ、なんかもうリコピンって名前がすごく合ってる気がしてきた。
かっこいい→面白いに変わってきた。
笑う俺らを見て微妙な顔をするリコピ…リコさん。
恨めしそうにカナさんを見るリコピ…リコさん。
うーん、この人はカナさんのライバル兼友人なんだね。
いいよね、こういう関係。
向こうでシオさんが凄い顔してるけど…キニシナイ。