第116話 老後2000万円問題
今日は3月31日。
春休み期間中なので授業自体は休みだけど、来週の入学式の演奏に向けて今日も登校して部活はやっている。
顧問の井口先生は転勤でもう不在なので、副顧問の先生はいらっしゃるけど基本的に生徒だけでやっている。
今日で今年度が終わる、つまり明日から2年生になるのだ。
テストの結果補講もギリギリ(マジでギリッギリ)無く、無事に2年生になるのだ。
俺とユリは2年生になり、カナさんとナツキさんは3年生になり、新入生が入部してくる。
これまでみたいに上級生におんぶに抱っことはいかなくなる。
その想いは俺もユリも同じで、自然といつもの練習にも力が入る。
ちなみに入学式に演奏する曲は1曲、入場も退場もド定番の「威風DoDo」。
誰もが知っているド定番曲だから上手い下手が超わかりやすい。
なのでまずは入学式の演奏、新入生に落胆されないようにかまさないとな!!!
…
カナさんがものすごく真面目な表情で口を開いた。
「で、何回も聞くけど、レイジはちゃんと2年生になれるんだよな!?」
「補講も追試も無いし、ちゃんと2年生になれますって!!!つうか昨日も一昨日も言いましたよね!?」
「だってなんか不安なんだもん。あまりにヤバすぎて本当のこと言えなくて、明日になっていきなり「はい実は留年しましたー!」とか言って退部されても困るじゃん?」
「ですから本当にそうなら俺今日ここにこんな平常心でいられませんよ」
「でも実はなんかの手違いで、明日いきなり「佐々木君やっぱ留年だったわ~(テッテレー)」って学校から言われるかもしれないじゃん」
「そのドッキリ怖すぎだな!それもう俺のミスじゃないじゃないですか。ていうかホント信用無いですね!」
「いやほら実際追試とかたまに受けてたじゃん」
「カナさんもたまに受けてましたよね!!!???」
「1教科1回だけだし(マウント取りドヤ顔)。レイジは?」
「2教科で3回…」
「ぬふ(マウント取りドヤ顔)」
「ああああああ!!!だから進級しますって!!!大丈夫ですって!!!」
1年生の時にいきなり追試になったからか、なんかバカキャラが定着してきてるぞ?
いや俺だって全然勉強してないわけじゃない。
ていうか理系科目の数学や物理は結構優秀な方なんだぞ!?
問題は英語と古典…現代日本語じゃないこの言語2科目は本当に苦手。
お前らここは現代の日本なんだぞ?現代の日本語でしゃべれ!と思ってしまう。
英語は中学の時はそこまで苦手じゃなかったんだけど、高校に入ってワードが一気に増えて長文になって、さらにリスニング…今では超苦手。
古典、特に漢文…漢字!漢字なのに!!!よくわかんない!!!
ということでこの2教科が圧倒的に足を引っ張っている。
最近は補講は免れるくらいの点数は取れているんだけど…今後が心配。
「へいへい、じゃあ2年生も勉強と部活しっかり頼むな!1学期に補講で練習休みます、なんて1年生にいきなり見られたら、もうナメられまくるぞ?」
「!!!」
「「佐々木さんはまた補講で休みなんですか?困った人ですね。もういないものとして進めましょう」とか言われちゃうよ?」
「か、かわいそう!すごくかわいそう俺!」
「「なんでそんな風に後輩から言われてまんざらでもない表情をしてるんですか?そういう扱いされるの好きなんですか?本当に気持ち悪い人ですね?近寄らないでくれますか?」とか言われちゃうよ?」
「気持ち悪っ!すごく気持ち悪い俺!」
「でもマジで、後輩に変な姿見られないように頑張れよ?」
「うっす!2年生の目標補講を受けない、です」
「追試はいいのかよwww」
「そこはそのぅ…ダメそうなときもあるかもしれないじゃないですか…念のための保険っていうか、ねぇ?」
「wwwまぁいいや、頑張れよ!補講になったら罰ゲームなwwwジュースでも買ってもらうか?言葉責めか?」
「…新年度なんで改めて頑張ります!」
「おう!よろしく頼むぞ!」
…
言葉責めってどういうことだ?
さっきのカナさんとの会話に出てきた架空の性格のキツイ1年生みたいな感じか?
良くはないけど…悪くも…!!!いやいや、良くはないぞ?好きじゃないぞ?嬉しくないぞ?断じてご褒美なぞではないぞ?と考えながら自転車を引きながら帰宅中。
登り坂の中盤くらいのとところで後ろから声をかけられた。
「レイジ!」
「あ、ユリじゃん。どうしたの?」
「いや別に、前にいたからさ…不満?」
「いやいや別に不満では…」
「明日から2年生なんだから、ちゃんとしなさいよ!ってだけ」
「ご丁寧のどうも。カナさんにも同じこと言われたわ」
「もちろん私もしっかりする!」
「もう後輩に対する不安は収まったのか?」
「もうここまで来たら、何とかなれー、かな」
「まぁそうね。実際どんな人が来るかわかんないし、会ってみないとどうしようもない」
「そ、だから悶々と考えるのやめた」
ユリは吹っ切れたみたいですっきりした表情。
こっちのほうがユリらしい。
「いいんじゃない」
「そ、で他人どうこうよりまずはもっと自分自身のこと考えるようにした。部活とか勉強とか進路とか」
「お前すげぇなぁ。俺まだいろいろフワフワしてるわ。特に進路。ユリって何学部行くとか、将来何になりたいとか決まってんの?」
「子供っぽいとか言わないでよ?す、スイーツの企画とか…」
「意外な答え!里崎堂とかのお菓子屋ってこと?パティシエじゃなくて?」
「うーん、それもそれで魅力的なんだけど、お菓子作りっていうかどっちかというとコンビニスイーツの新商品の企画とかそういうの」
「あの「合格か、不合格か?」ってプロに評価されてるあの番組に出てる人みたいな感じ?」
「うん、まさにそんな感じ。でもそういうのってどこに進学したらいいのかなぁ?調理師学校なのか、栄養学なのか、マーケティングなのか…そういうのいろいろ探してみてる。まだざっくりだけど」
「なるほどなー。なんかもっとお堅い、というか手に職みたいな感じかと思ってた。看護師とか公務員とか」
「まぁそういうのも全く考えてないわけじゃないよ。でもスイーツ系のこと職業にできたら自分的に面白いかなぁって。ちなみにレイジは?」
「理系だなぁ。今漠然と考えているのは情報システム科みたいな感じか。システムエンジニアとかプログラマとか。ゲームクリエイターとかもいいかなぁって。ゲーム関係だと専門学校なのか、とかちょっと見始めてる」
「なるほど。大変そうなイメージあるけど、いいじゃん」
「なんだよねぇ。今って小学生でもプログラミングしてたりして、俺全然そういうのしてないからさ。今更入ってもなぁ、て気もするんだけど」
「でも興味あるなら学問として学んでもいいんじゃない?将来全く別の業界に就職したとしても、学んだことは残るじゃん」
「そうねぇ。やっぱ情報系かな」
「なんかレイジもさすがにいろいろ考えてるのね」
「そらそうよ」
「目の前の部活や勉強だけじゃなくて、数年後のこともう考えなきゃいけないのってなかなか大変だね。でも自分自身の人生のことだから、ちゃんと考えていかないと。将来どうなるかなんてまだわかんないけど、考えるのはけっこう楽しいよね」
「そうかぁ~?俺は結構不安、老後とか。70歳まで働いて、いやウチらのころは生涯か?年金もさほど貰えず。でも現役時代は源泉徴収でいっぱい持ってかれて、物価は上がって、円安は止まらず、と思いきや一気に円高に触れたり…どんどん世代間の分断は進み、将来の若者に老害呼ばわりされて…」
「すんごい先までネガティブに考えててウケる」
「しょうがないじゃん。それなりに事実なんだから」
「まぁそうねぇ。将来の生活とか周りの環境とかって自分の力だけじゃ変えられないからしょうがない面もあるし、不安にもなる。でも数年後自分が何を学んで何したいか、くらいはちょっとでもポジティブに考えていいんじゃない?就職して安定して家族出来て、とか事業立ち上げて大成功する、とか、全部ネガティブに受け身になっちゃったらどれも手に入らないよ。せめてそこくらいは前のめりで。老後とかずっと先のことは、もう何とかなれ、なのかな。もちろんNISAとかiDeCoとかで多少備えるべきだとは思うけど、老後のために今を全て捨てるのはもったいないよ。年取ってお金ある程度余裕出来ても体が動かない、とかもあるじゃん」
なんかお互いにかじりかけの知識でもっともらしいワード並べて真面目ぶっているのが面白い。
この認識合っているんだろうか、時事ネタちゃんと理解しているのだろうか、政治とか経済とかよくわかんないけど漠然とした将来への不安はある。
ユリは俺よりしっかりしているのに、なんか将来に向けてポジティブな考えがあって意外だった。
「…お前本当にZ世代か?」
「もちろん多少の諦めや割り切りはあるよ。でも人生ずっと諦めてたらつまんないじゃん?学生のうちの今くらい、多少ポジティブになってもいい思う」
「…そうだなー。もうちょい今後どうしていきたいかちゃんと考えてみるか」
「それがいいよ。それしながら目の前の勉強や部活楽しめばいい」
「なんかユリいろいろ全体的に吹っ切れた?」
「うん、ウジウジ悩んでいてもしょうがない。うまくいかなかったらそれはその時考える。カナさんのマインド。ちょっと似てきたかな」
「だからさっきおんなじこと言われたのか」
「そうかもね。後輩にナメられないようにシャキッとしなさいよ?」
「はーい」
…
ユリと別れて家に帰り、自分の部屋に入った。
「システムエンジニア 魅力」で検索すると、「ブラック」、「デスマーチ」、「残業」、「パワハラ・カスハラ」等のワードの中から「モノづくりの楽しさ」とか「自身の成長」とかのワードも出てきた。
昔からモノ作るのは好きだったな。
モノを作る仕事は、やっぱ楽しいかもしれないし、自分に合っているかもしれない。
不穏な言葉もいっぱいあるけど、やりたい方向性ちょっと定まってきたかも。
俺の人生、ちょっとは楽しみだ。