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第115話 春が来る前に


「離任式あったからもうみんなわかってると思うけど、私は4月から別の高校に転任することになりました。引っ越しとかいろいろあるので、ちゃんとしたまとまった練習は、今日がおそらく最後になると思う」


井口先生はゆっくりと口を開き、坦々と話し始めた。

みんなは黙って聞いている。


「こういうのは直前まで公表できないとはいえ急にこんなことになって本当に申し訳ない」


井口先生はぺこりと頭を下げる。


「いろいろ感じることや言いたいこともあるだろうけど、決まったことなので…すまない。さぁこれから新入生迎えて定期演奏会、そしてコンクールに向かってまた新たにみんなでやっていこうっていうのに、それを一緒にできないのは私も本当に寂しい」


そうなんだよ、これからまたみんなで一緒に音楽を、このバンドを作り上げていこうって思ってたのに。

仕方ないことなのはわかってるけど、やっぱりすんなりは受け入れられない。


「でも今まで私とみんなで積み上げてきたものが全て失われるわけじゃない。もちろん次の顧問の先生とすんなり意思疎通ができるとは限らないし、もしかしたら私と新しい顧問の先生とは少し音楽性が違う可能性だってある。でも、みんなが今まで積み上げてきた根本は失われないし、残ってるはずです。それを、次の顧問の先生に伝えていってほしいです。そうすれば私とみんなで積み上げてきたものは無駄にならないはずです」


次の顧問の先生かぁ。

なんかあまりピンとこないな。

数日後から吹奏楽部の顧問の先生が変わるんだろ?

つまり指揮者、指導者が変わるんだろ?

てことは今までと多少なりともやり方が変わったりするわけだろ?

演奏の内容、音楽の方向性、いろいろ変わっちゃうのかも?

ていうか、どんな人が来るんだろうか…。

うーん、なんかモヤモヤは晴れない…。


「あと、一つお願いがあります。多分みんな今、そして次の顧問の先生と接してからも多少の不安や不満が出てくると思います。それを次の顧問の先生に全部感情的にぶつけないでほしい。感情的に突っぱねるんじゃなくて、話し合って、お互いを受け入れながら、理解しながらまた積み上げていってほしいです。次の顧問の先生を一方的に突っぱねることはお互いを理解するのに遠回りになってしまう。それでは後々みんなが後悔してしまうと思います」


新しい人がどんな人かがわからない不安。

今までと環境が変わってしまうという不満。

そういやたまに聞くよな、コンクール強豪校とかで顧問の先生が変わると大変だって。

部員は次の顧問の先生のやり方に反発したり、最悪親が出てきたりとかするらしい。

新しく赴任する先生も常に比較されたりして、大変だよなぁ。


「先生!」


部長が手を挙げた。


「こんな時に先生に聞くのはアレかもしれませんが…その…」


「なんだい?」

「次の顧問の先生はどんな方なんでしょうか?うぅ、すみません、先生とのお別れなのに次の先生のこと聞いてしまって…」


「まぁ、そりゃどんな人か不安だよね?わかるよ。うーん、まだ誰が吹奏楽部の顧問やるかも確定していないからはっきりは言えないね。でも、新しくこの高校に音楽担当で来る音楽の先生は吹奏楽経験者だよ。学生時代がっつり吹奏楽やってたらしい」


それは少し安心。

つーかがっつりってどれくらいだろう?

もしかしていわゆる強豪校?


「もちろん次の顧問の先生には私がどんな風にやってきたか全部伝えるよ。すんなりみんなといっしょになれるよう、その人にも頑張ってもらう。だからみんなも上から目線じゃなくて受け入れる気持ちを持っていてもらいたい」


「先生は次の学校でも吹奏楽部の顧問やられるんですか?」


「まだ決まってないけど、できたらやりたいね!県大会でみんなと会えたら嬉しいね」


みんなが少し明るい雰囲気になった。

そっか、先生が新しい学校で吹奏楽部の顧問になれて、お互い県大会に進めばまた会えるんだ。

井口先生が指揮してる姿を客席から見る…変な感じだけど面白そう。


「私も新天地で頑張る。次の顧問の先生も頑張る。だから、みんなも頑張れ!」


井口先生は優しく笑った。

ちょっとぽっちゃりした優しいおじさんだけど、指揮棒持つと少し怖くなる。

でもみんなこの先生好きだった。

いい関係築けてたと思う。

それが無くなっちゃうのはすごく悲しいし、もういっしょに演奏できないのは寂しいけれど、先生に教わったことが消えちゃうわけじゃない。

それを生かしながら次の先生とまた新しい音楽を作り上げていく。

そして県大会で井口先生と再会して、新しいみんなの音楽を聴いてもらう。

俺の心の中にそんな風な新しい目標が追加された。

多分他の部員みんなもそうじゃないかな。

なんとなく部室が和やかな雰囲気になった。


「先生!」


今度は副部長が手を挙げる。


「今年定期演奏会の曲決めが例年より早めだったのは、先生の転任が決まってたからだったんでしょうか?」


「そう。言えないのは苦しかったけど、せめてある程度固まった状態にしておきたかったからね。次の顧問の先生もそうだし、みんなもいきなり新しい先生になっていろいろ決めなきゃいけないのは大変でしょ?まぁ次の顧問の先生と新入生から曲決めの楽しみを減らしちゃったのは申し訳ないんだけど」


やっぱそうだったんだな。

わかってたから、残ったうちらや次の顧問の先生のためにいろいろ進めてくれてたんだな。

本当にいい先生だ。

ありがたい。

それは他のみんなも同じ感情で、ちらほらすすり泣く声が聞こえてくる。

その後も少し先生のインタビューは続いた。

先生は真摯に話せることを話してくれた。

先生が願っているのは、次の顧問の先生とうちらが手を取り合って定期演奏会、コンクールに一丸となって向かっていけること。

今の2年生の最後の半年を後悔してほしくない。

だから次の顧問の先生のことをフラットに接して受け入れてほしいってこと。

すごく、すごく先生の気持ちが伝わってきて、すすり泣く声は大きくなってきた。


「せんせー!」


鼻声のカナさんが手を挙げて立ち上がった。


「なんか一緒に演奏しましょうよー!私じゃなくて、先生の指揮で!」


「おう、もちろん最初からそのつもり!」


「わはははは!じゃあなにやります?」


「うーん、定演でやる予定の課題曲、『フロンティア・ソニック』にしようかな?あれ結構みんな練習できてるでしょ?」


「わっかりましたー!はいじゃーみんな演奏の準備ー!」


こうして俺たちは楽器を準備し、井口先生の指揮での最後の曲『フロンティア・ソニック』を演奏した…つもりだったけど、みんな熱が入ってしまい、結局普通に合奏練習になってしまった。

先生は最後に教えられることは全部教えようとして熱が入ってるし、俺たちは最後にいろいろ吸収しようと熱が入っていた。


「じゃあ最後に一回通して今日の練習は終わり!」


ホントにホントに最後の演奏。

みんなこの時間を噛みしめるように、集中して、大切にこの演奏を味わった。

その時間はあっという間で、すごく楽しくて、心地よくて。

演奏が終わるとまた少しすすり泣いてる人もいた。

先生もちょっと涙目。


「いい演奏でした。みんな今までついてきてくれてありがとう。本当に楽しかった。お互いまた頑張ろう。で、県大会で会おう」


「「「はい!」」」


「じゃあ今日の練習はおしまい。お疲れさまでした!」


「「「お疲れさまでした!」」」



練習後みんなで集合写真撮ったりして、練習が終わってもなんか今日はすぐ帰る人はいつもより少なかった。

先生と話したり、部員同士で思い出話したりと井戸端会議みたいなものが終わっては始まり終わっては始まり…。

「本当にもうそろそろお開き!帰りなさい!」と先生に言われようやく解散。

思ってもいなかった急なお別れ、でも言い別れ方ができた。

本当に、いい先生に出会えてよかった。

ありがとうございました。

県大会で会いましょう!


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